8話【フォーゼ】ドレス2
フォーゼが目を覚ましたのは、ドアノックの音によってだった。
(え⁉ 私寝てた⁉)
慌てて立ち上がると、かけられていたドレスが床に落ちる。
婚礼衣装が完成し、縫い目を指で確認していたところまでは覚えている。だがそこからは……。
室内はカンテラの火など必要ないほどに朝日で明るい。
見回したがヨハンシュの姿はなく、カクテルドレスは完成した形でディスプレイトルソーに着せられていた。
「フォーゼ王女、まだ眠ってらっしゃいますか? ヨハンシュです。ヨハンシュ・リゼルナ」
扉の向こうからヨハンシュの声が聞こえてきた。
「は⁉ え! あの! はい!」
急いで手で顔を撫でる。起きたまま顔も洗っていない。仕方なく、椅子にひっかけていたショールを頭からかぶり、顔の大半を隠すようにして巻いた。
「ど、どうぞ! というか、昨日はすみませんでした!」
いやなによりまず礼だろう、と自分を叱りつける。
「ドアを開けてもよろしいでしょうか?」
律儀に言われて、さらに落ち込む。
自分は入室の許可さえしていなかった。
「はい! どうぞ!」
「失礼いたします」
断りを入れてから扉が開いた。
顔を見せたのはヨハンシュだ。
自分とは違い、きちんと整えられた髪。服だってそうだ。昨日と違う。今日は上着にズボン。腰に剣を佩いたスタイルだった。
「実は今日、兄も連れてきているのです。通してもよろしいでしょうか?」
「お、お兄様……⁉ リゼルナ侯爵ですか⁉」
声が震えた。
社交界では知らぬものがいないリゼルナ家の兄弟がこの館にそろうなど。
「失礼いたします、王女。お初にお目にかかります」
ヨハンシュの後ろから、端整な顔立ちの男が現れる。
弟とは違い、どこか中性的な容姿の男性だ。線は細いが体格はしっかりとしていて、なにか武芸をしていることはフォーゼでもわかった。
「すみません……。このような姿で」
穴があったら入りたい。
そんな気持ちでうつむくと、察してくれたのか一度だけ目をあわせて微笑み、あとは視線をそらしてくれる。
「弟より婚礼衣装のことを聞きました。やはり人手が多い方がなにかとよいかと。邪魔になりましょうが、屋敷よりメイドと執事を連れてまいりました」
ジゼルシュが言うと、つつつ、とつつまし気な様子でメイドと執事がひとりずつ入室した。深々と頭を下げる。
「いずれも腕に覚えのある兵どもです。まずはこのあと、メイドが手伝いますのでドレスを着用ください。その間に、アクセサリー等の確認をしたいのですが……」
ジゼルシュがそっと申し出ると、フォーゼはばね仕掛けのように飛び上がった。
「そうでした! ヘッドセットと……花! 装飾花! 王城の庭師に頼んで……」
「そちらは執事が用意いたしましょう。よいな?」
「かしこまってございます」
「失礼ながら、お姫様。アクセサリーなどは」
メイドが顔を伏せたまま尋ねる。
一瞬、その「お姫様」が誰を指すのかわからず、ぽかんとしたフォーゼだが、自分だと気づいて急いで首を縦に振った。
「お、お母様の形見が! あ、あれを使用します! これです!」
パタパタと走り、部屋の隅におかれたチェストの引き出しを開けた。
「こちらです!」
平べったい箱をメイドに差し出す。
恭しく受け取ったあと、メイドは箱を開けた。ジゼルシュもちらりと確認をしているようだ。
それは母が父のもとに嫁いだ時に使用したネックレスとイヤリングだ。
母が亡くなると、その宝飾類についてはすべて第二妃が押収した。
この形見だけは、とフォーゼの乳母がそっと持ち出してくれたのだ。
『お嬢様が嫁がれる日に、どうぞお使いください。きっと母上もそれを望まれたはず』と。
「見事ですな」
ジゼルシュが口にするので、ヨハンシュも「どんなのですか」と近寄ってきたが、メイドがぱたんと箱を閉じた。
「結婚式当日まで、こういったものは花婿に秘密とされるのです」
秘密も何も、彼は花嫁衣装を一緒に縫った仲だ。
だがメイドに言われ、なんだかしゅんとしているヨハンシュが可愛い。
「ではこれに合う花や装飾花を」
ジゼルシュが告げ、執事が一礼をしたのを見ると、彼も目だけで確認をしたのだろう。
「ほかにも諸々打ち合わせもございます。我々は玄関ホールを使用させていただきますので、まずは朝食を召し上がってくださいませ」
ジゼルシュがにこやかに言う。
「朝食……」
「コックが届けてくださっていたようです。こちらをいまから用意させていただきます」
一旦廊下に出た執事が、バスケットを持って戻ってきた。
どうやらまた時間を作って彼が届けてくれたようだ。
「執事が用意をしている間に、身支度のお手伝いをさせていただきます」
こっそりとメイドに言われ、ようやくフォーゼは、自分が昨日から顔も洗っていないことを思い出して顔を熱くした。
「さ。殿方はいったん退室してくださいませ」
ああ、消えたい。
そんな思いでショールを深くかぶると、メイドが威勢よく男たちを外に追い出してくれた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
部屋から出ようとするヨハンシュの手を、とっさにフォーゼは握った。
まだ昨日のお礼をちゃんと伝えていないと思いだしたからだ。
驚いたように黒い瞳を大きく開いたヨハンシュに、フォーゼは訴える。
「いろいろとありがとうございました。この感謝をどうお伝えすればいいやら……」
「構いませんよ。我々は夫婦になるのではありませんか。遠慮は無用です」
「いえ、そういう問題ではありませんし、無理に夫婦だとかばっていただかなくても結構です」
この気持ちをどう表現すればいいのか。
フォーゼは本当に助かったのだ。
手助けしようとしてくれるメイドやコックはいたが、甘えることはできず……。
孤軍奮闘でフォーゼは頑張ってきた。
そこに颯爽と現れ、適切な支援をしてくれたヨハンシュは、やはりレオが尊敬してやまないだけはあった。
「いや……あの、俺は王女のことを本当の夫婦だと……」
「わかっています。そういうしかありませんものね。でも、私の前ではどうか本音でお過ごしください」
「あ……いや、違くて……ですね」
「もういい、ヨハンシュ!」
「ぼっちゃま、ここは一旦引き下がり、状況を見極めるときかと!」
「ささささ! お話し中のところ申し訳ありませんが、お姫様のお支度を! 殿方はそと……、侯爵様! ぼっちゃまを連れて外へ!」
なぜだか瀕死のようなヨハンシュを、ジゼルシュと執事が両脇から支えて外に連れ出す。
(きっと昨日のことがお疲れになったのだわ……)
申し訳ない気持ちで、フォーゼは見送った。




