7話【ヨハンシュ】ドレス
「よし、できた」
仮縫いの糸をひっぱってギャザーを寄せ、良い感じにしたまま縫うという、軍隊では使用したことのない技を使ったヨハンシュだったが、見事達成した。
カンテラに近づけ、仕上がりを確認する。問題ない。
ほっとして振り返ると。
フォーゼは椅子にもたれかかったまま、眠っていた。
室内はすでに暗い。
カンテラを出したのはいつだったか。
『縫い目が見えない』とどちらかが言い出し、フォーゼがカンテラを用意してくれた。
そのあとも無言で縫い続け、ヨハンシュのほうはなんとか形になったところだ。
(この数日、眠ってなかったのだろうな)
針を針山に戻し、立ち上がる。
起こさないように気を付けながら彼女に近づいた。
彼女のほうも、出来上がっているように見える。
ドレスをひざかけのようにしながらも、指はしっかりと縫い目を押さえていた。たぶん、さわって確認をしていたのだろう。そこで寝落ちしてしまった。
(結局、食べてないのか)
テーブルに置かれているのは、裁縫箱とバスケット。
バスケットのなかには料理が入っていたようで、気を遣った彼女から『もしよかったらこれ』と勧められ、肉を挟んだパンをひとつ、いただいた。
いただいたものの。
彼女の方は食べている気配はなかった。
そっとバスケットの蓋を開ける。やはり手つかずでそこにあった。
(いったい、どうなっているんだ?)
結局、引継ぎに行ったという使用人はついぞ帰ってこなかった。コックもだ。
彼女はこの館内で放置されているのだろうか。
王の意に沿って婚約と破棄を繰り返し、莫大なカネを国庫に入れた立役者であるというのに?
カンテラの火にほのかに照らされた彼女の頬を見ていぶかる。
細い。
そして白い。
その華奢さも肌の色も病的なまでだ。
もちろん美しい。それは間違いない。
陶磁器人形のようであり、絵画のなかの美女のようだ。
そういった工芸品がもつような。生気のない美しさが彼女にはある。
(モーリウスの毒婦、ねぇ)
どちらかというと、モーリウスの病人だ。
使用人を制限され、食事さえ満足に与えられていない可能性がある。
(異母妹王女が関係しているのだろうな)
そもそも、花束を渡して帰ろうとしたヨハンシュが引き返した理由。
それは単純に『あんなにバカにしている義姉に素直に花束を渡すだろうか』ということだった。
捨てるとかならまだしも、ボロボロにして『こんな花を贈ってきたのよ』とか言われたらたまらない。
兄から与えられたヨハンシュの使命は『妻を溺愛し、惚れさせること』なのに、会う前から嫌われてしまう。
王城の門まで来ていたのだが、ヨハンシュは取って返し、ふたたびフォーゼの館に向かって歩く。
途中、倉庫がずっと続くから、本当にここなんだろうかと不安で仕方なかったが、小さな平屋が見えてきてほっとした。
そしてなにより。
自分の勘が正しかったことを知る。
扉の前に踏みつけられ、叩きつけられてボロボロになった花束が捨てられていたのだ。
ヨハンシュはそっとそれを生垣の側に隠す。
まだこの時点ではナナリーがやったのか。それとも受け取ったフォーゼが『あんな男からの贈り物なんて!』とぐちゃぐちゃにしたのかはわからなかった。
だが、館に入り、必死に婚礼衣装を縫うフォーゼに出会い。
手紙のことも知らず、使用人すらおかれていないこの状況を見て。
ナナリーがやった、と確信した。
(もろもろ、これは兄上と相談だな)
ヨハンシュはため息をつく。
そしてフォーゼの肩口までドレスを引き上げてやり、念のため不要なカンテラを消した。
そしてそっと館を出る。
施錠しようにも鍵がわからない。それに早朝には使用人が来るかもしれない。
ヨハンシュは足早に王城の門に向かった。
とっぷりと夜がふけたこんな時間に厩舎に出入りするのは不自然だろうか。どこにいたのかを尋ねられるだろうか。いや自分など辺境住みだ。誰も知るまい。そうたかを括っていたのに。
自分が思うよりも顔を知られているらしい。
『お疲れ様です、ヨハンシュ卿』とねぎらわれ、なんなら『あの、握手してもらってもいいですか』とまで言われた。
結婚話ですっかり忘れていたが。
黒鷲の軍神として凱旋してきたのを、そこで思い出した。
なので衛兵たちは戦勝報告の件で遅くなったのだろうと思っているようだ。
結婚前なのに婚約者の家に長居した不埒者と罵られずに安堵しつつ、ヨハンシュは王都の侯爵屋敷に馬を走らせた。
この時間ならもう兄上は眠っておられるだろうかと案じたが。
兄どころか使用人一同ハラハラしながらヨハンシュを待っていたらしい。
速攻、兄の執務室に連れて行かれた。
「ヨハンシュ」
寝間着ではあったが、兄はこの前の同じく執務机に両肘つき、両指を組み合わせて眼光鋭く自分を見ていた。
「フォーゼ王女に花束を届けると言って出て行き、かように遅くなった理由とは」
「それについて兄上に……」
「みなまでいうな!」
ばしりと制された。
「この兄とてただじっと待っていたわけではない。いろいろと推測してみた!」
「は……あ」
「推測1 慣れない王城ゆえに迷い、王女のところに到着した時間自体が遅かった。推測2 王女と出会い、意気投合して会話が弾んだため、気づけばかような時間になった。推測3 互いに一目会ったそのときから恋に落ち、離れがたくこんな時間までイチャイチャしていた! さあ、いずれだ!」
さあ、いずれだ、と言われてもとヨハンシュは戸惑ったが、おそるおそる口を開いた。
「その4 フォーゼ王女とともにドレスを縫っていた、が正解です」
「………」
「あの、兄上。聞こえていますか?」
「聞こえてはいるが、理解が追い付いていない。いまなんと言った、ヨハンシュ」
「ですから、フォーゼ王女と一緒にドレスを縫っていたためにこんな時間になりました」
「それがはじめての共同作業とでもいうのか、ヨハンシュ」
「……まあ、そうですかね」
そうなのかな、と自問していたら、バンと机を叩かれた。
「どういうことなのだ! さっぱりわからん!」
「いや、だからそれをいまから説明させていただきます」
ヨハンシュは、慌てて頭を抱えるジゼルシュに近づいた。
そして順を追って報告をする。
花束を持参したこと。ナナリー王女一行に出会ったこと。彼女たちがフォーゼを蔑んでいる様子だったこと。だが、『お姉さまに渡してあげる』と言われて花束を渡したこと。渡したものの、そんな彼女がフォーゼ王女に渡すだろうかといぶかしんだこと。結果、彼女の館に行ってみると、花は捨てられ、婚礼衣装をひとり縫っていたこと……。
「なるほど。さすが我が弟ヨハンシュ。みごとな洞察力と裁縫力だ」
「恐れ入ります」
「ということは、衣装はなんとかなりそうなのだな?」
「ええ。明日……そうですね。数時間もあれば。実際に着てみないとわからないところもあるでしょうから」
「してアクセサリーなどは?」
「アクセサリー?」
ヨハンシュは目をまたたかせた。
「いや、なくてもよさそうですよ。シンプルですが美しい衣装ですし」
「なにをいうか。ドレスだけではたりん。ヘッドセットは必要だし、首元を飾る宝飾品もいる。首元をすっきりみせるのであれば、イヤリングが必要だ。お前はシンプルと言ったが、いったいどのようなドレスなのだ」
「どのような……。え、と。こんな? つるんとした?」
「つるんとはなんだ、つるん、とは」
「こう、しゅっとした」
「しゅっとって……」
兄は、弟の語彙力に絶望したような顔をした。
「まあよい。その様子であれば王家からの支援は期待できぬな。とすれば」
「とすれば?」
「全面的に我が侯爵家が入っていかねばならぬ」
「そう……ですね。少なくとも食糧支援は必要です」
「戦の話ではないぞ?」
「俺も兵糧の話をしているわけではありません。食糧と人的支援がまったく不足しているのです。マジで」
「……フォーゼ王女は愛されているのではないのか? あれだけ王家に尽くしているのに」
「そこなんですよね……」
しばらく互いに顔を見合わせていたが、ジゼルシュは「まあよい」と口を開いた。
「なんにせよ、一世一代の結婚式に難癖をつけられてはかなわん。粗末な格好で王女を披露した、とかな。確か不敬罪でお家とり潰しになった例もあったな」
「そう……ですね」
「だとしたら、我が家が全面支援して華々しく王女に登場していただこう。ただ」
「ただ?」
「表立って動くわけにはいかん。それこそ『王家が王女を虐待しているとでもいうのか!』と言われてはかなわん。そうだな。わたしと……」
しばらく思案顔だったジゼルシュだったが、机の端にあるベルを鳴らした。
「お呼びでしょうか」
すぐに執事長が入室する。
「明朝すぐ、お忍びでわたしとヨハンシュがフォーゼ王女の館に行く。針仕事に堪能なメイドと機動力のある執事をひとりずつ」
「かしこまりました」
執事長がすみやかに退室する。
「では明日。結婚式前にフォーゼ王女にご挨拶といこうか」
こうして。
ふたたびヨハンシュは、兄たちを連れてフォーゼの館に行くことになった。




