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おやすみ前の短いお話

だって放っておけなくて

作者: 夕月ねむ

 背の低い藪が点在するだけの荒野。そして、どこまでも続く青い空。隠れる場所なんてありゃしない。私は必死に走った。けど、振り切れるはずがなかった。


 何せ、今私を追いかけているのは竜である。


 どうしてこんなことになったかと言えば、ついさっき火竜の寝床に忍び込み、そこに落ちていた鱗を何枚か失敬してきたからだ。


 仕方ないじゃない。お金が必要だったの。馬鹿な家族の借金のせいで、このままだとどこかに売られるかもしれないのよ。

 なんで私が?

 借金した本人が身売りしなさいよ!


 口から心臓が飛び出しそうなくらいに走って、でもやっぱり無理だった。巨大な竜の身体が影を作る。上空から、赤い火竜が降りてきた。


 もうだめだ。この竜に獲物を甚振る趣味がないといいけど。せめて、ひと思いに……


「ご、ごめ……ごめん、なさい!」

 覚悟を決めるなんて、できなかった。気付けば必死に謝罪していた。怖くて、怖くて、許して欲しかった。

「う、鱗、返す。返すから……!」


 両手で握り締めていた鱗を差し出せば、火竜が私の前で首を傾げた。

『要らないの?』

 頭の中に声が響いた。


「…………え?」

 今、喋った、のか?

 この火竜が?


『それ、ゴミだから全部持ってっていいよって、言おうとしたら急に走り出すし』


「………………え?」

 ゴミって……この鱗が?


『焦ったよ。君、真っ直ぐ森の方に進もうとしてるんだもん。ジャイアントグリズリーの巣があるから、危ないよ?』


「………………それって」

 私が危険地帯に入り込もうとしてたから、止めに来た、のか? この火竜が?


『僕、人間と話すのはすごく久しぶりなんだ。怖がられてるから、仕方ないけど。別に食べたりしないのに』


「……そう、なの……?」

 この火竜は人間を食べないと言う。

 鱗はくれるみたいだし。追いかけて来たのは、私を止めるためで。もしかして良い人……いや、人じゃないけど。


『あ、ちょっと待って。話しづらいよねぇ』

 火竜の身体が虹色に光り、輪郭がぐにゃりと歪んで、小さくなった。光が消えたら、そこにいたのは若い男……


「ちょっと! 服を着なさいよ、服を!!」

 なんで全裸なのよ。お前は野生動物か!?


 野生動物だったわ!!


「そっか。人間は布を纏うんだっけ。今、魔力で何か作るから、ちょっと待って」


 少し待ったら、なんかずるずると身体にシーツを巻き付けたみたいな姿になっていたけど、布と服の区別がついていないのか。そうなのか?


「どうして鱗が欲しいのか聞いていい?」

「えっと、それは……」


 私は火竜に全て話した。借金のこと、家族と上手くいっていないこと、身内が馬鹿すぎること、身代わりで売られそうになっていること、この鱗が高く売れること。


 話し出すと止まらなかった。誰かに愚痴を聞いて欲しかったのだ。火竜は親身になって聞いてくれた。泣き出した私を慰めてくれた。


「でも、君が借金を返してあげる必要はないんじゃない?」

「売られちゃうのよ!?」

「逃げればいいよ。僕が守ってあげる」

「…………あなたが?」

「その代わり、友達になってよ。話し相手が欲しかったんだ」


「本当に守ってくれるの?」

「うん」

「でも……」


 私は周囲を見回した。荒野である。火竜が住処にしている岩山が見える。うん……何もない。本当に何も。


「あのね。私は人間だし、ここでは暮らせないわよ?」

「そうなの? じゃあ、僕が町に行くよ」

 え。こいつが?

 もしかして、私がコレの面倒を見るの?

 ああ、でも。売られるよりは……






 ……と、いうのが馴れ初めなのだと、この国を守る守護竜の妻でもある巫女は、恥ずかしそうに語った。









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