彼氏は元勇者らしい
はじめて出来た彼氏は勇者らしい。
「俺、実は勇者なんだよね」
そうやって私が告白たあと、顔を近ずけられた。好きな人の顔がこんなに近くに来たのがはじめての事で、すごくどきどきした。田中くんは内緒話をするみたいに、耳もとで囁やいた。
まあ世界は救って引退したし、元勇者かな。桃瀬はこれから俺の彼女になるんだし、伝えておくよ。みんなには内緒な。そうやってニカッと太陽みたいな私の大好きな笑顔が咲いた。
あまりにも突拍子のないことで、びっくりしちゃったけど、田中くんがそうやって言っているのだし、そうなのだろう。
わあ、田中くん。あんなに優しくて、かっこいいのに、更に勇者なんだ。そんな人が私の彼氏なんだ。えへへ、幸せ者だなあ。私。
「んなわけ無いっしょ」
マキちゃんがジト目で私を見ながら言った。マックのポテトを摘んで食べた。テロリテロリという音と、私たちと同じような学生達が、楽しそうにお話ししている声が油の匂いと混ざって充満していた。
マキちゃんにつられて、私もポテトを口に入れる。
「でも田中くん本人がいってるよ?」
「本人が言ってるからって、それが本当って証拠にはならないから!」
「田中くんは嘘なんてつく人じゃないよ」
「あーもう!そんな簡単に人を信じたらまた誰かに酷いことされるよ?今回も騙されてるって」
「私、今まで誰にも酷いことされたことないよー、みんなすごく優しいもん」
本当に恵まれているなあとつくづく思う。このまえの委員会決めのときも、私は風邪で休んでちゃってたけど、クラスの皆はいちばんいい係だって言う飼育委員を残してくれていた。うさぎさんのお世話の為に朝早く学校に行かなくちゃ行けなかったり、お昼休みも、放課後も仕事があって忙しいけど、うさちゃんは可愛くてとっても楽しい。
マキちゃんは黙って、むっとかわいい眉を寄せて、少し下を向いた。
「はあー、ポジティブ過ぎなのか鈍感過ぎるのか…。お人好しもここまでくるとねえ。アンタ絶対将来変な壺とか買っちゃだめだからね!」
ひと息つくようにマキちゃんはコーラを吸った。マキちゃんは高校にあがってからいちばん最初に出来たお友達だ。眼鏡で、綺麗な黒髪を低くひとつに括っていて、肩に垂れた髪が、 光っているみたいに白い肌によく映えている。
「てか、ぼたん。なんであのウワサの厨二病・ステージ5の田中に告白したわけ?あんなん何処がいいのよ」
「ふふっ、分かってないなあマキちゃん。田中くんの魅力が」
田中くんの魅力はいっぱいある。紫外線知らずの綺麗な肌に、細くてモデルさんみたいな体型。目元まで隠れる長い黒の前髪の下には、片目だけ眼帯が付けられていて、それがすごくミステリアスでかっこいい。なのに性格はお喋りで明るくて優しい。ギャップ萌えだ。
「いやそれただの厨二病だから!!」
こんなに大きな声を出すマキちゃんははじめて見た。
「もやしだし、見ため暗いし、たいしてイケメンでもないし。いつもひとりでボソボソいってて、話しかけたら一方通行で異世界だか魔物がなんだかと訳の分からないことを喋る。やけに明るい性格もかえって不気味。あんなんじゃ友達いないのも納得だわ」
「むっちょっとマキちゃんそんな酷くいわないで」
「じゃあ仮に、田中が勇者だとして魔物を倒せると思う?」
「うっ…」
これには言い返せなかった。やっぱり世界を救うには魔王を倒すのだろう。魔王はきっと強くて怖い。田中くんは少し心配になるほど細いし、体育の授業も苦手みたいだ。勇者の剣とか持てるのかどうかも分からない。
それにマキちゃんがこんなにも言っているのだ。マキちゃんはしっかりしていて、真面目で面倒見がいいし、優しいし。
もしかしたら、田中は嘘をついてるのかもしれない。少し疑ってしまった。