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53:やばいわよ!


「さぁ始まりました! ジュエルナイトVSアンコーポ、でいいんですか? そのビーチバレー対決です! 実況はこの私! イエローアイランドのお姫様兼次期CEOの黄龍きりんがお送りします! あと自分で言っておきながら“お姫様”って名乗るのとっても恥ずかしいです! 誰か助けてくださーい!!!」



いつの間にか用意されていた実況席に座らされたきりんが泣き声を上げる。


一応彼女も戦士ではあるのだが、新人も新人。現在のジュエルナイトたちのように視線だけで会話できる能力はまだ練習中であるし、連携も少し危うい。そもそも元から運動が得意ではないことや、変身後のスタイルも遠距離攻撃特化型ということから見学を申し出たのだが……。じゃあ暇だよね、ってことで実況席に座らされたようだ。


まぁアンコーポと間接的な関りはあれど、ビジネスとは初対面。『あの一件はウチのパパが悪いので……』という感覚が強いこともあり、アンコーポに少し思うことはあれど、強い感情を持つことはない。故に実況ぐらいなら引き受けるつもりだったようだが、どこから現れた蜘蛛たちが原稿を用意して来るものだからたまったものではない。



「それと解説はクラフトさん? ですか? 彼女が担当するみたいです。よろしくお願いいたします。」


「おう! よろしくなガキ!」


「あ、ちなみに何ですがクラフトさんはアカリさんたちを見てSAN値が吹き飛び発狂しかけてしまったので、私が“龍の宝玉”で何とかしました。今日一日だけ元通りです!」


「ご、ごめんね。心が弱くって……。」



真っ赤なビキニ姿で解説席に座るのは、ビジネスと同じアンコーポ幹部のクラフト。


きりんが言ったように、アカリたちの姿を見て連想ゲームが始まり、“九条恵美”に到達してしまったクラフトは一気にぶっ壊れた。敵対していたジュエルナイトたちですら哀れに思う様相だったため、きりんが願望器である龍の宝玉を使用し、短期間ではあるが復活させたという形だ。


ちなみに現在“龍の宝玉”は適応者であるきりんによって、周囲の一般客たちへの認識阻害や改変を実行中である。これで騒ぎになる心配はないよ!



「ではまず、ルール説明を行わせて頂きます!」



そう言いながら蜘蛛たちが用意したボードを取り出すきりん。


現在蜘蛛たちの主人は絶賛仕事中、もとい殲滅中なのだが、それに伴うサポート作業はひかりが丘から新たに派遣された配下たちが行っている。つまり今回の一件、イエローアイランドで発生した事件に対応していた蜘蛛たちはお休みを貰っているのだ。誰かに迷惑を掛けない限り好きにしていいと言われた蜘蛛たちは、全力で遊んでいた。実況席は作ったし、審判役として透明化部隊の蜘蛛がネットのポールの上に立っていたりもする。


なおかなりの蜘蛛が気を抜いてしまい、その体を曝け出してしまっているため最悪色々バレる可能性があるのだが、“龍の宝玉”が頑張ってジュエルナイトやアンコーポの者たちにも認識阻害を行っているため問題にはなっていない。凄いね宝玉!



「今回のビーチバレー対決は正式な試合ではありませんので、少しルールが皆さんの知るものと違う可能性がありますが、ご容赦ください! コート内で動けるプレイヤーは二人ですが、交代は自由! 先に10点を取った方が勝利です! 点数の処理は基本バレーボールと同じですが、ネットタッチなどは審判蜘蛛ちゃんが凄く甘めに見ます!」


「一度に触れられる回数は3回だ。あぁ、エネルギー弾などでの接触も1回とカウントされるぞ。……おいちょっと待て、エネルギー弾撃つの? しかもコレ、ボールを介して相手への攻撃ありって書いてるんだけど!?」



クラフトの悲鳴とも取れる純粋な疑問を聞き流しながら、次のボードを取り出し始めるきりん。どうやら今度はチーム説明を行っていくようだった。



「次はスターティングメンバーの紹介に行きます。まずは先攻となります『ジュエルナイト』チームから! どうやら最初はアカリさんとリッカさんが出てくるみたいですよ!」


「えーっと? 朱雀アカリ、ジュエルナイト内の司令塔で、パワーファイター。幼馴染であるリッカとの連携がポイント。んで最近あった怖いことは『夜中起きちゃってお腹空いてたから冷蔵庫漁ったら、目元が隈で真っ黒な師匠に肩掴まれて首を振られた後、簡単なお夜食作って食べさせられた後、その師匠が闇に溶けながら消えていった』とのことだ。」


「……え、何それ。こわ。」



つい零してしまうきりん。


ちなみにアカリによると、あれが寝ぼけていた故の幻か、それとも本物か、もしくは自分の想像が生み出した別の何かか解らな過ぎて誰にも相談していなかった秘密とのこと。ちなみにこれは事実であり、残業及び悪の秘密結社関連のゴタゴタのストレスで壊れて再構築する寸前まで追い込まれていた九条恵美がやらかしたポカであり、配下の蜘蛛たちからリークされた情報のようである。



「んで、次は青龍リッカ。ジュエルナイトとしての戦いでは速度やテクニックを重視する戦い方をしていて、なんでも上手くこなせるタイプだな。幼馴染との連携は目を見張るものがある。それで、最近あった怖いことは……『電撃を使った後に体内に残った電気を放電するため、足元に広がるアスファルトに手を伸ばした瞬間周辺のアスファルトが全て吹き飛んだ』。……オイこれもエミ関連じゃねぇか! というかなんでアスファルトに電気通ってんだよ!?!?!?」


「あ、すいません原稿作ってくれた蜘蛛さん。出来たら九条恵美関連のはNGで……。あ、はい。クラフトさんのSAN値がまた減って来てるので……。」



資料を実況席の机に叩きつけながら、頭を抱え椅子ごと砂浜に後ろから倒れ込むクラフト。もうそいつは色々物理法則とか当てはまらない様な化け物なので考えない方が良い存在なのだが、真面に戻ってしまったクラフトは技術職。考え始めれば止まらず、過去の死が生易しいほどの連撃を思い出しかけてしまうが、“龍の宝玉”によってシャットダウンされる。


そんなクラフトの様子を眺めながら、宝玉からの『ちょっとこれ以上は勘弁してください』という願いを聞き取り、資料の変更を原稿蜘蛛に要求していた。



「では次! アンコーポ側のスターティングメンバー紹介に移ります! 登場したのはビジネスさんと、その側近であるジョーチョーさん! 営業部の黄金コンビです! ……まぁジョーチョーはたくさんいるみたいなので、ほんとに黄金コンビなのかはよく解りません。」


「まぁうちは戦闘員、上級も下級も湯水のように作れるからなぁ。それで、解説用の資料は……。おい原稿ォ! 『弱い』って事しか書いてねぇぞおい!」


「きゅ。(だってよわいもん……。)」


「あぁもう! アタシが好きにするぞ! いいな! ……ビジネスは空間転移能力の持ち主だ。ルール的に自分のコート内にあるボールだったら能力は使用可能。まぁやり過ぎると審判の蜘蛛から注意喰らうだろうが、上手く使えば順調に点数を拾えるだろうよ。んでジョーチョーは……、お荷物だな、うん。とりまお前の替えは大量にいるし、無理せず頑張れ。」



直属の上司ではないものの、結構酷いことを言われて落ち込むジョーチョー。そんな彼の肩に優しく手を置くビジネス。


ちなみにクラフトの言う通り、本日ジョーチョーがA~Fまでこのビーチに来ているためたとえ出場している彼が消滅したとしてもあんまり困らないのは事実である。ジョーチョーもジューギョーインも、負の精神エネルギーがあればいくらでも作れるし、もし全滅したとしてもあまり困らないのも、事実である。



「はい! というわけで選手紹介が終わったので早速試合開始と行きたいところですが……! なんとこの勝負! 特別ルールが存在します! クラフトさん! 解説を!」


「えー、両チームごとに強力な助っ人を呼び出す権利が1回だけ与えられている。まぁ1点だけ確実に取ってくれる奴って感じだな。んで名前は……『謎の覆面レスラー! イナズマ・スパイダー・レディ!』」


「これ突っ込んでいい奴です? というかどっちなんです? と、とりあえず何故か中継が繋がっているみたいなのでお話伺ってみましょー!」



“九条恵美”なのか、“蜘蛛”なのか。まぁ実際は同一人物ではあるのだが、“覆面レスラー”って言ってるし“九条恵美”の方だろうと思う彼女たち。何故かきりんが若干メタい視点を獲得し突っ込んでいいか迷ったようだが、とりあえず蜘蛛たちが中継用の大きな画面を繋げているのは確かだ。


朝からどこかに行っている“九条恵美”へと、通話を繋げる。



「イナズマ・スパイダー・レディさーん! 聞こえてますかー!」


『ぐ、ぐはぁぁぁ!!!』


『あぁもう。数だけは多いんだから、さっさと死んでよ。』


『で、デスカンパニーに! 栄光あれぇぇぇ!!!!!』


『はいはい、地獄にご招待ー。……えッ!? なんでカメラ廻してるの!? ちゅ、中継!?!?』



暗闇でよく解らないが、何者かが爆発四散する姿と、いくつもの高層ビルたちが地中へと沈んでいく姿が画面に映し出される。そしてとても慌て始める、画面の向こう側の主。『ここカット! カットして!? 解ってるよね“龍の宝玉”!』と叫ぶ声は、明らかに“九条恵美”のもの。


それに応え、宝玉が適応者の泣き声である『ひぃぃん!』のような音を出しながら現実改変を行うことで、良い感じになる。みんな、なにも。みていない。いいね?



「ア、ハイ。じゃ、じゃあ気を取り直しまして、イナズマ・スパイダー・レディさーん! 聞こえてますかー!」


『はーい! 聞こえてますよー! 何故か急にカメラ廻されて、マスク被らされたイナズマ・スパイダー・レディですー。呼んでくださったチームに確実な一点を差し上げますねー! あぁそれとこの企画考えた蜘蛛と、名前決めた蜘蛛。終わった後私の元に来るように。』


「「ぴぎゅいッ!?」」


「あ、はい。うん。とりあえずありがとうございましたー!」



断末魔のような悲鳴を上げる蜘蛛2匹に、それを哀れに思いながらも『私も巻き込まれた側です!』の顔をしながら中継を切るきりん。可哀想だが、やっぱり自分の身の方が大事なのだ。わざわざ怒り狂う鬼を小指で吹き飛ばせるような存在の元に行きたい奴はいないだろう。



「は、はーい! じゃあ色々ありましたけど! とりあえず試合開始でーす!!!」






 ◇◆◇◆◇






真夏のビーチバレー対決。


その勝負はまさに白熱。熾烈を極めた……!


ここではその様子を一部抜粋して述べさせて頂く。


まず初手。ジュエルナイト側のサーブから始まったのだが……。何故か暴力性が増加しているアカリが初手で師匠こと『イナズマ・スパイダー・レディ』を呼び出したかと思えば、一点を取るついでにビジネスとジョーチョーを諸共吹き飛ばす様に指示。けれど、それが良くなかった。



『アカリさん? 私が言うのも何ですが……。そんな子に育てた覚えはありませんよ?』


『あ、ひゃい。』


『お説教です。審判、退場指示を。』


『きゅ、きゅい……。』



一応、可能なのだ。ボールに自身のエネルギーを注入し、電撃を纏わせながらスパイクを打ち込めば、ビジネスどころかこの周囲にいるすべての生命体を“九条恵美”の状態で吹き飛ばすということは。けれどお遊びでそれをするのは無しだし、幾らストレス発散中とはいえ暴力性が上がり過ぎているため、諫めなければならない。と言うことで、マスクを自分で剥がし“九条恵美”としてお説教するためアカリの首根っこを掴みながらちょっと離れた場所に引きずっていく彼女。これによりジュエルナイト側から退場者が出てしまった。



『……う、うん! とりあえず切り替えていきましょう! ユイナ先輩! お願いします!』


『えぇ、任されました。玄武の守り、ビーチバレーでもご覧入れましょう。』



その後はアカリの代わりに最年長のユイナがプレイヤーに。武器防具の使用が何故か禁止されていないため、彼女は盾を持ち出しすべてのボールを綺麗に拾い上げることを可能にしてしまった。更になんでも上手くこなすリッカが的確にボールを打ち込むことで、試合を有利に進めていく。



『っ! 手ごわい相手! しかし我ら営業部の連携があれば不可能を可能に……!』


『ソウデストモ、ビジネ……ぅぼわぁぁぁ!!!!』


『ジョーチョーぉぉぉぉ!!!』


『実況席からのお知らせでーす。ジョーチョーAさんが負傷しましたため、医務室送りとなりまーす。』



もちろんアンコーポ側も負けていない。リッカのスパイクを顔面で受けてしまうという事故からジョーチョーAが医務室送りになってしまったが、空間把握能力が非常に高いビジネスからすれば、撃ち込まれたスパイクを華麗に受けきるなど造作もないこと。代わりに入って来たジョーチョーBとの連携や、空間転移能力を使用することで、自コート内での自分とボールの位置を巧みに操作し、ライン上を狙う精密機械のようなスパイクを決めていく。


試合が互角のままもつれ込み、8対8となったところで、ようやくお説教が終わったアカリが復帰。



『ごめん! 怒られてきた! 審判蜘蛛さん、反省したから戻っていい?』


『きゅきゅ!(いいよー!)』



そんなこんなでフルメンバーに戻ったのだが、現在コートに出ているリッカとユイナはかなりスタミナを消耗してしまっている。何せ変身せず生身で戦っていたのである、彼女たちの変身アイテムであるナイトジュエルの補助があればあまりスタミナの心配はしなくていいのだが、それがない以上、長期のプレー継続は難しかった。


故に、ジュエルナイト側がメンバーの総入れ替えを決行。アカリとヒマがコートに上がる事となる。



『後は頼んだ、アカリ! ヒマ先輩!』


『確かに相手の転移能力は厄介ですが、打点さえ見れば確実に行けます。』


『はい! よーし、がんばろヒマ先輩!』


『だね! ……と言うかお説教は大丈夫だったの?』



そうヒマに言われ、思いっきり顔を逸らすアカリ。表向きは元気にしているようだったが、その表情を見る限りかなり絞られたのだろう。あんまり触れない方が良いかと思ったヒマは話題を打ち切り、意識を切り替えるようにアカリに発破をかける。


それを観察していたビジネス。次は彼らからのサーブであったが……、一つの策を思いつく。


現在両者ともに8点、デュース制度がないため2点を先に取った方が勝ちのゲームである。そんなところに入って来たのが、攻撃型でスタミナが消耗されていない二人。アカリとヒマは、ユアルビーとダークパール。攻撃力が高いメンバーでありながら、もともとの運動能力が高い彼女たち。これまでの試合でビジネスの転移能力をある程度観察されている以上、対応されてしまう可能性が高いのだ。


故に、ここは少し力技でも押し切るべき。故に使用するのは、ワイルドカード。『イナズマ・スパイダー・レディ』のお呼び出しだ。



『と言うことでサーブをお願い致します、イナズマ・スパイダー・レディさん。』


『別にもう“九条恵美”でいいんですけど。まぁいいでしょう、お任せください。……少し癪だけどちょっと毒の打ち込み過ぎで治るとはいえ後遺症出ちゃって可哀想だし。仕方ないか。』


『? なにか。』


『いえいえ、何でもないですよ。……さてアカリさんにヒマさん。手加減しませんよ?』


『っ! 不味いよアカリ!』



師だからこそ手加減しない。確実に一点を取られてしまう状況に動揺するヒマ。ここで師匠に点を取られてしまうと、残り1点。精神的にも厳しい戦いになってしまうだろう。師匠の性格的にそれこそケガするようなサーブは飛んでこないだろうが、確実に取れない速度のボールくらいは飛んできそうなことは確定している。


まさに絶体絶命な状況。けれどアカリは、一切動じていなかった。何せ彼女には、秘策があるのである。



『よし、使うなら今! 師匠~、こっち見てくださ~い!』


『うん? なんですかアカリさん。』


『行きますよ~? えい、えい、むんっ!』



アカリが選択したのは、全力の可愛いポーズ。


両腕を前に出しながら手を握り、ちょっとだけ頬を膨らませながら自分が出来る限りの可愛さを表現する彼女。かなり恥ずかしそうにしているため、すぐに頬が真っ赤に染まってしまったが……。師匠にはこうかばつぐんだ。


九条恵美の腹部から何故か、隣にいたビジネスの鼓膜を破壊するような強烈な破裂音が響き、何故か口から血を吐き出しながらそのまま後ろに吹き飛んで行ってしまう九条恵美。アカリの可愛いアピールに耐えきれず、退場である。



『あ、アカリ! 恐ろしい子っ! ……ボクも“蜘蛛”さんにやったら効くかな?』


『は、恥ずかしかったけど……、とりあえずよし! ヒマ先輩! ここから押し込むよ!』



九条恵美がどこかで爆散してしまったが、まぁこれで相手の策は崩壊し、ついでにビジネスの鼓膜がないなったことで、勝負は有利になった。アカリの羞恥心という代償を払うことに成ってしまったが、アンコーポ側のペースが崩れてしまったのは確かだった。


とまぁ後はトントン拍子でアカリとヒマが点を決め、試合終了。無事、ジュエルナイト側の勝利である。







 ◇◆◇◆◇






「いやー、すごかったですね! 皆さん! 私も実況してて楽しかったです!」


「まぁ、なんか。凄かったよねぇ。なんでか全然覚えてないけど、とりあえず凄かったのだけは解る。」



そろそろ夕日が沈もうというところ、“龍の宝玉”が途轍もなく頑張ったおかげで何とか様々な物事が崩壊せずに済んだジュエルナイトたちは宿泊しているホテルへの帰路へとついていた。夕日が照らす水面と砂浜に、心を落ち着かせる波音と、程よい疲労感。夏を満喫しきったと一日と言っても、間違いではないだろう。



「んー、にしても今日の晩御飯何かなぁ? あ、そうだ! ねぇねぇユイナ先輩にきりんちゃん。この辺りに美味しいお店とかありますか? 明日は師匠も連れて食べ歩き、とか!」


「あぁ、良いですねぇ。と言っても流石に私もそこまで調査出来てるわけではないので……。」


「はい! この私、きりんに任せてください! イエローアイランドも大好きですが、この町も大好きなんです! いい場所一杯知ってますよ! ……流石にエミさんが満足できそうなお店は知りませんが。」



きりんの言葉につい笑みを漏らしてしまう彼女たち。


そんなお店などおそらく存在しないだろうなー、というかあったら色々と怖いなー、という笑いである。というかもうあの健啖さには笑って頭が現実を理解する前に誤魔化す以外の選択肢しかない。なんで人が30㎏の焼きそば食べてまだ余裕なんですか……?



「まぁ師匠も抑えてくれますし、大丈夫でしょ、うん。」

「一応ある程度食べる時は予約して確認する、っていってたしねー。」

「……怖いもの見たさだけどさ、一回全力見て見たくない?」

「や、辞めておいた方が良いと思いますよヒマさん。」

「そうです! 焼きそば作ってた料理人の人一斉に退職届出してきたんですからね! 止めるのほんと大変だったんですから……。」



彼女たちがそんな雑談をしながら砂浜から上がり、近くのバス停。ホテルまでの直行便が来るところまで歩いていると、後ろからバイクの排気音が聞こえてくる。少し気になってアカリが後ろを振り返ってみれば、白と赤の重厚感のある格好の良いバイクが走って来ていた。


おそらく、眼があってしまったのだろう。そのバイクに乗っていたヘルメットが少しだけ彼女たちの方へと視線を送り、ゆっくりと速度を落としていき、止まる。



「すまない、ちょっといいかい?」


「あ、はい。いいですけど……。」



大人の男性。彼がバイクを止め、顔全てが隠れるヘルメットを外しながら、声を掛けてくる。


いきなり話しかけられたことで少し驚く彼女たちだったが、すでに実戦を経験しているのが彼女たちだ。なんで話しかけて来たんだろうとは思いながらも、代表してそう返す、アカリ。けれど一瞬だけ、その瞳の奥を見てしまう。真っ黒な、悲しみで塗りつぶされた人の眼。けれどそれでも一切輝きを失っていない、恐怖すら感じる目。


何故か、この人から、“正義”を感じる。



「ちょっと迷ってしまったんだ。イエローアイランドの遊園地、でいいのかな? それを探しているんだけど……。こっちであっているかい?」


「う、うん。まっすぐ行けば着くよ。」


「あ、その! すいません! 実は遊園地の方は今閉鎖中でして……。地盤事故ですべて緊急メンテナンス中なんです! 3日後に再開を予定してますので、申し訳ないのですがそれまで待っていただいていいですか?」


「そうなのかい? 困ったな、日帰りの予定だったんだが……。とにかくありがとう。最近物騒だし、気を付けて帰るんだよ。」



そう言いながらヘルメットを被り直す彼。けれど何か思い出したようで、そのバイザーだけを上げながら、こう口にする。



「俺は一郷。一郷翔之介さ。何かあったらいつでも呼んでくれ。じゃあね。」



彼はそう名乗ると、人差し指と中指を立てて軽い挨拶をし、バイクを走らせながらその場を去っていく。少しキザのようにも見えたが、何度も繰り返ししてきたようなしぐさであったため、堂に入っているように見えてしまい、つい見惚れてしまう5人。


気が付けばバイクの音だけが彼女たちの鼓膜を震わしており、彼は消えていなくなってしまった。



「な、なんだったんだろ……。」


「あれ? どうかしましたか皆さん。」


「あ、師匠!」



振り返って見て見れば、自分たちの師である“九条恵美”が後ろに。


砂浜の方を見てみれば少し青い電流が迸っている地点が見えるため、電気の力で加速し、ついさっきこの砂浜に着地したのだろう。物音一切立てずに帰還しているあたり、流石の師匠であったが……。ちょうど今帰って来たようだった。



(やっぱり、相談しておいた方がいいよね。うん。)



そう考えるアカリ。


“彼”が何を思っていたのか解らないが、中学生の女の子に大人の男性が話しかける、と言うのはちょっと事案と勘違いされてもおかしくないことである。まぁ道を尋ねただけなのだが、何故そこで名乗る必要があったのかはよく解らない。とりあえず一番頼りになる大人である、彼女に相談しようと彼女は先ほどのことを口にしたのだったが……。


“一郷翔之介”。その名前を口にした瞬間。九条恵美の顔色が青を通り越して白になる。全身から、血の気が引いている。



「へ、へ、へ、変な人もいる、いるのですね。えぇ、えぇ、ほんと。ほんとに。」


「し、師匠!? 大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫ですとも。へーきへーき。ただちょっと今日はもうお布団に入ってじっとしておきたいと言いますか、もう何もしたくないと言いますか、早く帰りたいと言いますか……。す、すいません。ちょっと体調がアレなので、ホテルまで送ってくださいますか……?」


「も、もちろんです! ほら肩貸して……、っておもぉ! み、みんな手伝って! 私一人じゃ無理な奴だこれ! 師匠何キロあるんですか!?」


「さ、さんびゃくにじゅう……。」


「さんびゃくにじゅう!?!?!?」



その後、5人全員で師匠をホテルまで運んだ彼女たち。精神的な理由で体調を大いに崩してしまった九条恵美は、3日ほどずっと布団に丸まって震えていたという……。


なお玄武ユイナが家の力を使って後に調べたのだが、“一郷翔之介”を名乗る存在がイエローアイランド周辺にあれから2日ほど滞在した後、飛行機でバイクと共に南米に飛んだことが確認されたそうだ。





〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(講義振替のお知らせ)


本日の『サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!』ですが、担当講師が『我が最高傑作であるクモ女と、ピレスジェットの戦いだぞ!? 講義などしている暇などないわ! 全力で応援するしかないだろう! 諸君らには悪いが休講とする! 共にクモ女を応援するのだ!』と言いながら有休を取得したためお休みとなります。


次回講義の際に担当講師から振替の案内がございますので、しっかりと出席するように。


P.S.

博士が戦闘を見られないどころか、クモ女がずっと震えていたのあまり面白くなかったのか『恐怖心は確かに重要であるし、今はまだ勝率が薄いのも理解できる! そのため戦いを避けるというのもな! しかしなんだその体たらくは! お前は私の最高傑作であるのだぞ!!!』と叫びながら校内の食堂に酒類を持ち込み暴れ始めたため、保護者である怪人クモ女氏の連絡先を知っている方は、一報よろしくお願いいたします。






誤字報告、いつもありがとうございます。

感想、評価、お気に入り登録。どうかよろしくお願い致します。


これにて劇場版は終了となります。ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

第3シーズンもどうかよろしくお願いいたします。



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