第四話
週はじめの一日を終え、街中を歩く燐伎と心槻。今日、燐伎の親は二人とも用事があって家を留守にし、朔一も大学院の研究の都合で帰ってくる時間が遅い。つまり燐伎は一人でご飯を食べなければならず、親も夕食用のお小遣いを渡していた。ここで心槻が“一緒にご飯を食べに行こう”と提案し、二人はどこで食べようかきゃっきゃと相談しながらお店を見物していた。
「こづちゃんは何食べたい? 後、どこ行きたい?」
「うーん、回転寿司……は高いし、ピザ屋さんとか行かない?」
そして、そんな二人の様子を道路を間に挟み遠目に見つけた男が一人。彼は周囲に車がいないことを確認し、横断歩道ではなく目の前の道路を普段より大きくした歩幅で横断。そのことに気づいた二人が彼を見ると、男は作り物か本物か常人には判別できない笑顔で話しかけた。
「こんにちは、燐伎さん、心槻さん。先日ぶりですね」
「あ! 陽守のおじさん、こんにちは!」
男――陽守は先日と変わらないにこやかな笑顔を見せる。何故こんなところに子ども二人でいるのかの理由を知ると、彼もまた一つ提案。
「よろしければ私とお話しながらご飯を食べませんか? もちろん奢りますよ」
燐伎はその提案に大賛成だ。人と話すことが好きで、先日知り合った彼と友達になりたい気持ちもある。……が、隣の親友はどうだろう。思わず二つ返事で頷きかけ、それを抑えて隣へ目を向けると、彼女は本当は嫌だと顔の全てに表しながら思いとは裏腹の言葉を吐く。
「……別にいいよ。これくらいで嫌がっていたら将来お察しだし。わたしもこの人のことはもっと知らないといけないから」
そう言う心槻は心底嫌そうだった。
「お子様ランチがありますよ。お二人とも、いかがです?」
「馬鹿にしているの? 子ども全員がお子様ランチ頼むと思わないでよね」
陽守と合流しやってきたのはファミレス。燐伎と心槻はボックス席のふかふかなソファに隣り合わせで座り、その向かいに陽守がいる。
「あ、ボクお子様ランチ食べたい!」
「……そう。わたしはマルゲリータで。バジルとチーズの追いトッピングもよろしく」
二人は早々に頼むものを決め、陽守もメニューを見てよく考える。このファミレスでは洋食が充実しており、心槻が頼んだピザはもちろん、カレーやシチュー、ステーキ、パスタ、等々……メニューの幅にも定評がある。
「では私はハンバーグ定食にしましょうか。丁度お腹が空いていたので、お二人と食卓を囲めるのは幸運です」
その言葉に心槻はまたもや不快感を示す。
「……嘘つき。そんなこと思ってもいないくせに」
「……そうですね。人である以上、話すこと全てが本心そのもの、ということはありません。ですが本当の嘘つきは持てる全てであらゆるものを欺き、僅かな歪さえ悟らせないものですよ」
ちょっと困った、それでも相変わらずの笑顔で返す。それが余計に気に食わないらしく、心槻は机の下でスカートを握りながら頬を膨らませた。
頼んだものが全員分運ばれてきて、皆で料理に手を付ける。
燐伎のお子様ランチはナポリタン、ハンバーグ、サラダ、パン、スープが子ども用サイズでセットになったお得なメニューだ。心槻のマルゲリータは彼女が事前に頼んだ通りバジルとチーズがふんだんに追加されている。陽守が頼んだハンバーグ定食の主役はもちろんハンバーグ。それに甘辛のソースがかかり食欲を誘い、さらにブロッコリーのサラダと、それからご飯とスープが付いてきている。
「こづちゃん! よかったらハンバーグとナポリタンちょっと食べる?」
「じゃあ一口だけ。りっくんもピザちょっと食べない?」
ハンバーグとナポリタンを少し取り、心槻のピザのお皿へ。心槻もピザを一切れ取り、燐伎へ渡す。そして互いに食べ――。
「〜! おいしい……!」
同時に声を上げる。ハンバーグの甘さも、ピザの濃厚さも堪らない。おいしいものを食べられ、さらに二人で共有できる……こういう喜びがあるからシェアはやめられないのだ。
「陽守のおじさんもよかったら何か食べる?」
「いえ、私は遠慮しておきます。それと……」
陽守が若干口元を引きつらせながらどうにか笑顔を作りこちらを見る。
「私はまだおじさんという年ではないのです……」
もしやおじさん呼びをやめてほしいのか? だが燐伎としてはこう思うのだ。
「でも年上の男の人だから陽守のおじさんはおじさんだよ!」
「そうよ。諦めて現実を受け入れなさいって」
「はい……」
二人のはっきりとした言葉に彼は力無く返事をした。
……どうせなのだ。この際、陽守について気になっていることを聞いてみよう。目の前の彼は落ち込みを引きずっているようだが、燐伎は気にせず質問をした。
「陽守のおじさんって、何で教祖やってるの? こづちゃんももちろん、兄貴……いとこも陽守のおじさんのこと知ってるみたいだし、パーソナ教ってそんなに有名なんだ?」
その問いにナイフとフォークを持つ手を止め、それらを置く。また演説の時のようにすらすらと語るのか……と思いきや、彼は少しの間を置いて静かに口を開いた。
「隠し事をしても心槻さんにはお見通しですからね。少しぼかしてお話させていただきます。……私には目標があるのですよ。何としてでも、人生を生贄として投げ売ってでも成さねばならない目標が。もちろんパーソナ教が皆さんの支えや救いとなることは大変喜ばしいですが、目的はそれだけではありませんね」
陽守が心槻へ視線を向けたのに釣られ、自分も隣の心槻をちらりと見る。彼女はぽかんとした表情で目を見開き、酷く驚いているようだ。
「……やっと、本当のこと言った」
「今までのことも本心ではありませんが、間違いでもありませんよ。本心と本当は違うのです」
そして今までのように穏やかに笑う。……いや、その目の奥には名前に陽を冠す者らしからぬ、底深い深海の冷たさを纏う、得体のしれない鋭利な暗さが見えた気がして、燐伎は背筋に薄ら寒いものを覚えた。隣にいる親友も同じようで、息を呑む音がかすかに聞こえた。
「……と、これで回答になりましたでしょうか?」
彼の声で現実に引き戻される。……そうだ、ここは地上のファミレスだ。まだ残暑で、暑さに負けぬようエアコンが効いた店内だ。
「うん、ありがとう! 陽守のおじさんの目標、叶うといいね……!」
「……応援しているから」
「ありがとうござ――えっ」
陽守が二人の応援に感謝を述べようとし、途中で違和感に気づく。燐伎も少し遅れて違和感の正体を察知し、隣を勢いよく見た。……心槻が、あの大人嫌いで陽守に態度を悪くして当たっていた心槻が、陽守を応援したのだ。
「……何?」
当の彼女は二人の視線を一気に全て引き受け困惑している。
「いやー、こづちゃんが珍しいことをするもんだなーって!」
「別に……陽守のおじさんは認めるに値する人だってわかったから、それ相応の態度を取っただけだよ」
どこがおかしいのかわからない様子の彼女に、燐伎は疑問を持つ。それを心槻もわかったようで、説明を追加した。
「陽守のおじさんのこと、大嘘つきで信用ならないって思っていた。でも、どんな思想を持っていたとしても、持ってるのがもし冷たい欲望だったとしても、その人自身は決して冷血なんかじゃなくてちゃんと熱い血が流れているってわかったから。だから……認めてあげる」
「熱い血、ですか……ははっ、光栄ですね。ありがとうございます」
何か興味を引かれるところがあったのか、僅かに声を小さくしてその言葉を繰り返してからまた笑顔を見せた。