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あき来ぬ月よ  作者: 木創たつみ
飽きこぬ月余(20BC年)
6/15

第二話

 日そのものは隠れているとはいえ暑さは変わらない湿気った空気の中、陽守と名乗った教祖はじわりと顔に汗を浮かばせながら左手にマイクを持ち、右手を大きく広げて何も臆さずに語る。

「皆さんは日頃、どのように日常を過ごしておいでですか? 学校、会社、家……様々なシーン、様々な人、物事と対面していると思われます。その時、表に出ているのは本当に素の貴方そのものですか? きっと、その場を穏便にやり過ごす為、或いは有利に動かす為に、無意識に自分とは少し違う別の自分……仮面を被っているのではないでしょうか。私が提唱するのはその仮面についてです」

 パーソナ教とは、人が無意識に被る仮面を肯定し、仮面と内なる自分の対話を是とし、その対話の過程で己だけの守護神が生まれ生き方を導いてくれる――という教えだと、事前にネットで調べていた心槻が燐伎に解説する。

「仮面の自分との対話では己の持つ意志と価値観が洗練されていきます。これは言わば自己分析。己の在り方を見つめ、肯定し、さらなる自己向上へ努める……これがパーソナ教の真髄です。そして私は己の守護神と融合した現人神として、皆さんが自分を見つめ直しよりよい人生を送る為の手助けになればと思い、このように布教活動をさせていただいております。理念は四つ。『仮面も素顔も愛すること』『己との対話を重ねよ』『素顔を見せずに人の仮面を剥ぐこと無かれ』『闇を照らさんとする偽りの光を許すまじ』。この四つの理念の下、自己分析、及び自己研鑽に励む……そうしてより良い生き方を模索することが本質とでも申しましょう」

 ――パチパチパチ。周囲から拍手の音と歓声が沸き上がる。気がつけば周囲には二人が来た時の倍以上の人が集まっており、陽守は“ありがとうございます”と何度も礼を言いながら彼らへ手を挙げ会釈する。教祖というよりも選挙中の議員のようだ――燐伎は何となくそう感じた。それは隣の心槻も同じだったようで、コソコソと燐伎の耳元に近づく。

「ごめん、あの人やっぱり胡散臭いかも。嘘ばかり見え透いて、どこかの議員とかと変わらないよ」

「嘘……吐いてるかはわからないけど、お礼の仕方とかは選挙中の議員の人っぽいよな! こう、やたらとありがたがってる感じとか」

 陽守は変わらずお礼を続ける。さて、そろそろまた何か話し出すか――? マイクを再び構えたのを見て燐伎は予測した。その時、陽守と視線がかち合った。……いや、陽守が見ているのは自分ではない。

「……何?」

 隣の心槻だ。笑顔のまま制止した陽守を友人は怪訝そうに見て燐伎の腕を抱き寄せる。陽守の不審な行動に周囲の空気が少し怪しげになり……かけた時、彼は急に演説の終わりを告げた。

「本日は以上とさせていただきます。冒頭でも申しましたが皆さん、暑い中耳を傾けてくださり本当にありがとうございました! いただいたお時間に見合うお話ができておりましたら私も幸いです。では、本日もありがとうございました!」

 再び拍手と歓声がその場を満たす。この人の多さでは、下手に動いたら人波に呑まれて離れ離れになるだろう。周囲の動きがある程度落ち着くのを待ってから帰ろうと話し、その場で待機する。


 ……ある程度隙間が生まれてきただろうか。そろそろ動いてもいいかもしれないと見て、帰ろうかと心槻を誘う。彼女も頷き二人で帰り道へ行こうとした時、先程まで演説をしていたばかりの男が機材を置き去りにして二人の方へやってきた。

「そこのお二方、どうかお待ちください……!」

 辺りを見回すが、自分たち以外に二人組と見られる者はいない。どうやら自分たちに用があるらしい。

「何? わたしたちに何か用?」

 すっかり帰るつもりでいた心槻は、胡散臭い大人に話しかけられてすっかり不満げだ。だが後にその不満はさらに募っていくことになる。

 そんなことは露知らず、陽守は人当たりのよい笑顔で二人へ話しかけた。

「まさか貴方がたのように小学生の方まで私の演説を聴きに来てくださったことが嬉しく……何とお礼を申し上げましょうか」

「ボクは演説が気になったこづちゃんに付いてきただけだから、お礼ならこづちゃんに言ってよ!」

 その言葉を受けて陽守が心槻へ続けて礼を言うと、心槻は友人の腕を抱いたまま背中へ半分隠れた。

 そんな心槻のことが気になって仕方ないのか、陽守は改めて自らの名前を告げて。

「よろしければお二人のお名前を伺っても?」

「いいよ! ボクは根緒燐伎!」

「……榛上心槻」

 ……心槻の名前を聞いた途端、陽守は目を大きく開いた。かと思えばすぐ柔和な笑顔に戻り、いかにも懐かしむ様子で嬉しそうに語り出す。

「やはりそうでしたか。私は昔に貴方のお姉さん、望千……さん、に、お世話になったのですよ。そして実は赤ん坊だった頃の貴方とお会いしたこともあります。覚えてはいないと思いますが……まさかここで再会が叶うとは。その腰元の飾りも、私がまだ赤ん坊だった心槻さんへお譲りしたものでして」

 にこやかにすらすらと述べるが、しかしそれが悪手だった。心槻が絶対に聞きたくない言葉を、事情を知らないとはいえ彼は真正面から言ってしまった。

「あっそ。で? 何? きみもお姉ちゃんみたくなれって言ってくるの? 最低。行こう、りっくん」

「ま、待ってよこづちゃん! ごめんね、陽守のおじさん! こづちゃんってあまりお姉さんのお話聞きたくないみたいで……」

「おじ……いえ、こちらこそ無礼な振る舞いをしてしまい申し訳ありません。……私はこの付近で定期的に活動をしておりますので、いつかまたお会いできる日が来ることを願っております。では、お気をつけてお帰りください」

 そう笑顔を見せる陽守はやはりどこか胡散臭かった。


 駅前で陽守と別れ、心槻と共に帰り、その心槻とも途中でばいばいをしてから家に帰った燐伎を一番最初に出迎えたのは、彼女が兄貴と慕う伊達眼鏡をかけたいとこ。

「りっちゃんおかえり〜!」

「ただいま、兄貴!」

 学校で王子様扱いされりっくんと呼ばれる燐伎だが、家では可愛がってくる家族からりっちゃんと呼ばれている。それは大学院に通う為に燐伎の家に下宿しているこのいとこ――新津朔一からもそうだ。燐伎も学校ではかっこよく振る舞うよう意識するが、家では家族相手に甘えん坊の姿ばかり見せていた。

「ご飯もうできてるよ、今日は友達と遊んでたのか?」

「うーん、そうっちゃそうかな? こづちゃんと宗教の演説聞きに行ってたの!」

「へぇ! 宗教の……うん?」

 歩きながら話を聞いていた朔一の足が止まる。それはそうだ、大切な家族が宗教の話題を持ち出して聞き過ごせる訳が無い。そこで燐伎は急いで追加の説明をする。

「社会勉強の為に行ったんだよ! それに神とかそういう話はあまり出てなくて、人生では自己分析が大事みたいな内容だったから! パーソナ教の、陽守のおじさんって人が話してたんだよ!」

「ふーん……」

 手を洗ってくるからと走って洗面所へ向かった燐伎の後ろ姿を見送りながら、朔一は一人スマホで検索をかける。出てきたのは先程いとこが話していた宗教の公式サイトと、その教祖の写真。

「この人、どこかで……」

 どこかで会った気がする。しかし今は思い出せない。公式の活動内容に目を通す限り、そこまで怪しさは感じられない。また、活動地域にこの辺りも含まれているため、もしかすると遠目に見たことがあるのかもしれない。妙に気にかかるが今は考えても何にもならないと判断し、洗面所から帰ってきた燐伎と共に居間へ向かった。

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