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あき来ぬ月よ  作者: 木創たつみ
飽きこぬ月余(20BC年)
5/15

第一話

 それは、二〇BC年九月一日の、残暑と西日が厳しく鮮烈な……それでも暑さに負けない子どもたちが遊びに誘い合う騒がしい放課後のことだった。

 蓮隅市内にある私立小学校に通う、学園の王子様と評判で学校の皆からりっくんと呼ばれる少女――根緒燐伎ねおりんきは家に帰るべく青いランドセルに教科書やら筆箱やらを詰めていた。今日の夜ご飯はきゅうりとわかめと海藻のサラダが出ると事前に親から教えられており、給食と同じくらい、もしくはそれ以上においしい母親の手料理を両親、そして兄貴と呼び慕ういとこと食べることが楽しみで仕方ない。

 必要な物を全て詰め終え、先程帰りの会で担任から“現実でもネット上でも悪い奴に気をつけろ”と注意があったこともあり早く帰ろうとランドセルを背負おうとした燐伎だったが、彼女に日頃から仲がよく互いに普段隠す内面を知り合う、親友と呼べる一人の同級生が話しかけた。

「りっくん、この後真っ直ぐ帰るの?」

 長い黒髪を下の方で二つに結い、腰元に太陽を象った丸い飾りをぶら下げた少女、榛上心槻はるうえこづきが赤いランドセルを背負って隣へやってくる。同級生からこづちゃんと呼ばれ(、燐伎もそう呼んでい)る友人に燐伎はうん! と大きく頷いた。

「ママが待ってるから! 急にどうしたの? あ、今日も一緒に帰る⁉」

 今日は金曜日。手料理もそうだが明日から始まる休みも楽しみというのもあり、さっさと家に帰ろうとする。しかしそんな燐伎を見て、心槻はやや困ったように目を横へ逸らした。何やら違う用事があるらしい。気まずそうに言い淀む心槻だったが……友人として思いを正直に伝える。

「そのことなんだけど……ちょっと一緒に行きたい場所があって……」

 心槻から提案するとは珍しい、ここは話に乗らねば義が廃る。微妙に口ごもるところが少し不思議だが、燐伎は背負いかけていたランドセルを机に置き、そのランドセルに寄りかかって身を乗り出した。

「何? どこ行こうか⁉」

「……宗教の演説」

「ふーん! 面白そう……うん?」

 一回納得しかけ、改めてよく考える。宗教の演説? もしや友人は宗教にハマりかけている……? よぎった推測に不安になるも、それを察した……とは少し違うか、反応を予測していたらしい心槻は追加で説明をした。

「パーソナ教って新興宗教、知っている? 最近ネットとか若い人とかの間で流行っているみたいなんだけど、調べたらちょっと賛成できそうだったから気になって。で、今日この後、近くで教祖の人が演説するんだって」

 なる程、だから興味を引かれたということか。しかし宗教……いかにも怪しげなその存在がどうにも気にかかる。触らぬ神に祟り無し、こういったものは近づかないでおく方が極めて安全だ。……だが普段警戒心の強い心槻が気になると言うのなら、それは気になる。とてもとても、気になってしまう。

「……うん、行こうぜ! ボクも聞いてみたい! 人は止めるかもだけど……社会勉強とか言うし大丈夫だよ、気に病むことなんて何にも無いぜ!」

「! ありがとう……!」

 ならば善は急げ。家族に帰りが遅くなる旨を連絡用に持たされている子ども用のスマホで伝え、今度こそランドセルを背負う。同級生たちに“また明日”と挨拶をすると彼らからも同じ文言を返され、二人で教室を出た。


 小学校を出て、目指すは付近の駅。心槻が調べたところによると駅前の広場で演説が行われるらしい。正月の初詣やお盆の墓参り以外で宗教とはまるで無縁の自分がその演説を聞きに行くとは、昨日の自分であればまさか思いもしなかっただろう。……それにしても。

「こづちゃんって、人……っていうか大人のこと嫌いなのに、大人が集まる所に行きたいって言うの珍しいよな?」

 心槻は大人を酷く嫌う。正しいことを言っているようで実際は自分の我を通したいだけのことを、いかにも世の為人の為のような口ぶりで語る……そんな大人が大嫌いだと、燐伎は知っている。他にも家庭環境に大きく不満があるそうで、一度心槻の親に会った時も違和感は覚えたが、そのあたりの事情はプライバシーのことなので深く聞きはせず心槻が話したい時にその思いを聞いていた。

「わたしも本当は嫌だよ。でも……あの理念を掲げる人なら信じてもいいのかなって思って。それに大人だけじゃなくて子どもとか若者にも人気らしいから」

 子どもを始めとした若者に人気だからそれを信じ、まずは大人という属性に囚われず判断しようとした、ということだと燐伎は察する。そしてその理念とやらは演説を聞けばわかるだろうか。友人が認めかけているその存在が自分でも気になってきて、気づけばいつの間にか好奇心、未知なる領域へのわくわくを抑えられなくなっていた。

 この蓮隅市出身の燐伎とは違い心槻は遠くの街の生まれで、学校に通う為に幼いながらこの街で一人暮らしをしている。そのためこの街では親の束縛を受けず、多少自由に動いても支障は無い。それを最大限に利用することで、今回のように宗教の演説を聞きに行くことができる。

 ……何やら人の声が多くなってきた気がする。夕方になっても冷めない熱に包まれながら雑談に夢中になっていたが、賑わう声の方を向いていつの間にか駅前まで来ていたことをようやく知った。

「わ……! もう人が集まってる!」

「本当だね。余程噂になっているんだ」

 西日が建物に隠れた駅前の広場では、大人数と言う程ではないが十数人が一角で待機していた。自分たちも待機しようと人混みの中に入ると、九月の初めということもあり、人が集まっているせいでかなり蒸し暑い。こんなことで熱中症にならぬよう、登下校用に持ってきていた水筒で水分補給をしながら待機。

 現在時刻は午後五時二十五分。演説は五時半頃から始まるようで、しばらく待っていると向こうから台を持ちリュックを背負った一人の男がこちらへやってきた。彼の登場に群衆が盛大に湧く。

「りっくん、あの人が教祖」

 ネットで調べた時に顔写真でも見て知っていたらしく、男を指差し説明する。

 教祖の男は道を開けた人々の間を通り、中心辺りで台を置きそれに登る。置いたリュックからマイクと小型スピーカーを取り出し、セットを終える頃には五時半丁度。

 周りは背の高い人たちばかり……社会人の中に若者も混ざっているとはいえそれらは主に中高生以上で、二人には壁も同然。教祖が遠くから来た時は小学生の燐伎たちにもはっきり視認できたが、人混みに入った今は中々姿を見づらい。二人は一度人混みを離れ、遠方から背を伸ばして何とか教祖の姿を確認する。ああ、蒸し暑さが少し柔らかいだ。

 少しだけ涼しい位置から教祖を眺める燐伎には、彼は人のよさそうな顔に見えた。穏やかな笑顔の彼はマイクを口元に持っていき、人々の顔を軽く見渡してからついに待望の第一声を放つ。

「皆さん、本日はこんなにも暑い中お集まりいただき誠にありがとうございます。私はパーソナ教の提唱者……教祖と言いましょうか、陽守ひのもりと申します」

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