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あき来ぬ月よ  作者: 木創たつみ
秋きぬ月夜(20AC年)
2/15

第二話

 望千と初めて出会った日の翌日、いつも通り退屈な授業を受けて昼休みを迎えたサクは、これまた自分と同じように不良扱いされている先輩方と共に技術室でたむろしていた。

 本来ならば授業の際しか開けられないこの教室だが、技術力を鍛える為の練習場として、何も壊さない、道具を悪いことに使わない、悪ふざけしない……等、当たり前の条件付きで昼休みや放課後は生徒向けに開放されていた。と言っても、使うのは不良の者ばかりだったが。また、サクも自分は何も作業はしないものの、技術室でそんな先輩方の作業風景を見ることは好きだ。

「そういや久見哉高の噂知ってるか?」

「え? 何それ」

「OBの先輩方が言ってたんだけどさー……」

 作業の手を止め三年生の先輩方が話し出す。久見哉高とはこの町にある高校のことだ。昨日出会った望千も、制服を見るにそこの生徒だと思われる。その内容を周囲と同じようにサクも聞いていると、何やら気になる話題が耳に入った。

「久見哉高の満月令嬢ってお前らも知ってるだろ? あの何故か伊達眼鏡をかけてる、秀才、容姿端麗、笑顔が可愛い、誰からも好かれる美人、けれど恋人がいるから手出しはできないっていう人」

「あー、いたなそういう人。その満月令嬢がどうしんだよ?」

「それがさー、最近はめっきり人が変わって、ちっとも笑わなくなったどころか月のことしか話さなくなっちまったんだって。久見哉高に行った先輩の間じゃ月に呪われたなんて話になってるぜ」

 久見哉高の満月令嬢についてはサクも先輩方経由でほんのりと聞いたことがある。しかし、満月。そして月に呪われた。それはもしかして――。

「……あの、その満月令嬢って、もしかして榛上望千さんって名前ですか?」

「おっ? 何、サクってば知ってたのか?」

 机の向こうに座っていた先輩の一人がこちらへ身を乗り出して興味深そうに尋ねる。そんな先輩に軽く笑いながら両手をひらひらと振り。

「いえ、名前だけっすよ。オレでも知ってるくらいですし、それに満月は望月って言いますし、もしかしてそうかなーって……」

 少しは本当で、大部分は嘘。昨夜にその満月令嬢――望千に出会ったことは隠さねばならない、持ち前の直感で何となくそう感じた。そもそも、人の事情を勝手に他人へバラすことは本人へ失礼な気がするのだ。別に先輩方を否定する訳ではない、あくまでサク自身のスタンスの問題である。敬愛する先輩方には申し訳ないが、個人の事情が絡むため許してほしい。

「そういや、昨日のテレビ見たか⁉ 前から思ってたんだけど、あの女優ってあいつが恋する二組の例の子に似てね――」

 満月令嬢の話題はすぐに別のものへと移り変わり、それっきり。先輩方は先程までの話などすぐに忘れたように別のことで盛り上がりを見せる。しかし満月令嬢、もとい望千のことが気にかかって仕方ないサクはその話の波を上手く捉えられず、背中に冷や汗をかきながら聞いている風だけ見せて相槌を打つしかできなかった。


 夜になり、昨日のような喧嘩こそしなかったものの、適当に理由をつけて家を発ったサクは約束通り見晴台へやってきた。昨夜の宣言通り、そこには望千が待っており。……いや、待っていたと言うより、月を見るついでにサクの到来も許していたと言った方がいいだろう。今日も彼女は月を見上げている。昨日より時間が早いためか、現在の月は南西付近に位置していた。

「こんばんは、望千さん」

 声をかけるとようやくこちらを向いた。伊達眼鏡と腰元に付けた三日月の飾りが、一瞬月の光を反射して白く煌めく。

「こんばんは、サクくん。今日も月が綺麗ね」

「……そうっすね」

 昨日と同じように望千の隣へ立つ。この日、サクにはどうしても聞きたいことがあった。思い切って望千へ体を真正面に向け、彼女の顔を見る。しかし当の本人は視線など気にせず変わらず月を見たままだ。

「あの、望千さん」

「? 何?」

 声をかけて、ようやくこちらを向く。どうやら月以外眼中に無いとは中々本当のことらしい。そんな彼女に、昨夜話を聞いてからずっと気になって仕方がなかったことについて切り出した。

「何で望千さんは心を奪われたんすか。月が奪ったのは知ってます。月の神って奴は、何でわざわざ心なんて持っていったんですか……!」

 ……望千の口元が少し結ばれた気がした。それだけではない、目線も少しばかり左右に揺れ、その後に下げられた。

「……契約をした、って言ったでしょう。願いを叶える対価に、私は月へ行かないとならない。そのことで、私が辛い思いをしないようにって月の神が心を奪ったの」

 つまり取り引きであり、取引先の温情だ。……気に食わない。

「……何が望千さんの為だよ」

 どういう経緯で、どんな内容で契約が結ばれたのかなんて知らない。その契約とやらに自分は介入しないのだ、本来そこに立ち入る権利など自分には無い。……だが。

「気に食わねぇよ、そんなの」

 重すぎる対価に、温情という名の押し付け、大きなお世話、身勝手な優しさ。それら全てが丸ごと気に食わない。

「なぁ、あんたは本当にそれでいいのかよ⁉ 不満は本当に何一つ無いのかよ⁉」

 こちらを望千が見つめる。月光がレンズに反射して、彼女の目元が上手く見えない。

「……約束は違えられないから。それが神様のものとなら尚更」

「できるかどうかじゃない、あんたの意思を知りたいんだ! ……オレでいいなら力を貸しますから、本当の気持ちを言ってください、お願いします」

 本当にこの世から去っていいのか? 未練は無いのか? 何より、願いを対価に個人の思いを消し去る月が気に食わなかった。だから問う、本当の意思を。

「やることはやったから。後はお月様に任せるわ」

 低空に雲が、上空に無慈悲に笑う月が浮く空の下、淡々と答える。……しかし、その表情は空とは裏腹にどこか晴れない。そして情に厚いサクが、そんな彼女を見過ごせる訳がなかった。

「……逃げましょう」

「……?」

「月の手の届かない所まで行きましょう。逃げるんです。恩着せがましい月なんかに人の人生をくれてなんてやれませんよ」

 真っ直ぐに望千を見つめて伝える。望千も、最初は驚いたような顔だった。本当は心はあるのではとさえ思えるくらいに。……だが、眉尻を下げ悲しげに微笑み、首を横に振った。

「……ごめんね、アナタを巻き込めない。私の運命は決まっているの」

 顔を逸らして再び月を見てはそちらへ手を伸ばし。

「満月の日に、とある場所から私は月へ行く。それは確定事項だから」

 月を手で持とうとしても、当然指の間からすり抜ける。逆光で手の甲が黒く染まった。

「……なら付いていきます」

 その言葉に思わず振り向く。そこには青く燃え盛る強い意志が真っ直ぐに望千の目を射抜いていた。

「あんたの最後を、オレが見届けます。というか、チャンスがあるなら月の神って奴に一発くらい文句言いたいですし。……だから、その旅をオレとしましょう」

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