第七話
パーソナ教のホームページに記載されていた電話番号から陽守へ連絡を取り、金曜日の午後五時半頃にカフェで落ち合い、他人に聞かれぬよう陽守の家に移動し会議をすることとなった。
「陽守のおじさんのお家ってどんな感じだろう? 教祖だし、やっぱり豪華なお家に住んでるのかな?」
「さぁね、知らない。でもきっと陽守御殿でワイン飲みながら薔薇を浮かべたお風呂に入っているよ、知らないけれど」
……と、好き勝手予想しながら時は移り金曜日。
学校を終え、二人は揃って外へ出る。燐伎は放課後に大人の友達に会うこと、それで帰りが遅くなること、ご飯は自分たちで食べてくることを事前に家族に伝えており、了承を得ている。何やら陽守を知っているらしい朔一にだけは陽守に会うことも話しており、彼は“陽守さんなら”と、登校時に安心して送り出してくれた。
カフェに到着したのは午後五時頃。夏本番よりも落ち着いてきたとはいえまだ暑い中歩いて生じた熱エネルギーと、会議を前に昂る心を冷房が冷ましてくれる。
燐伎は抹茶オレ、心槻はアイスティーを注文し、後から来る陽守がわかりやすいよう手前側の席へ。
「夜ご飯はどーしよっか? ママにはついいらないって言ってきちゃって……」
「じゃあ陽守のおじさんとの会議が終わったらどこかで食べようよ」
「いいな、それ! 賛成!」
飲み物を飲みながらあれこれおしゃべりをし、十数分が経っただろうか。カフェに誰か人が入ってきたかと思えば、その人は二人の姿を確認するなり近づいてきた。
「お待たせいたしました。既にいらっしゃっていたのですね」
「こんにちは、陽守のおじさん! ボクたちが早く来すぎただけだから気にしないで!」
では早速陽守御殿へ行こうか――と、飲み物を飲み干そうとする燐伎と心槻だったが、その前に陽守が一つお願いを。
「……せっかくですし、持ち帰りで何か注文してもよろしいでしょうか? 本業を終えた帰りで喉が渇いておりまして……家にも来客用の飲み物は置いていないので、よろしければお二人の分も注文しますよ」
その申し出はありがたく、二人は一つ返事でその提案に乗った。
燐伎のみかんのスムージー、心槻のレモンスカッシュ、陽守のカフェオレを(全て陽守の奢りで)注文し、三人は陽守御殿こと陽守の家へ。ただし、その家は燐伎たち二人が思い浮かべていたものとは全くの別物だった。
「これが、陽守御殿なの……?」
心槻が思わず呟く。それもそうだ、二人が思い描いていたのは広く庭付きの一軒家。そうでなくても何階もある高層マンションの最上階や、そのあたりだ。しかし。
「陽守御殿って……お二人はどんなものを考えておいでだったのですか……」
三人の目の前にあるのは二階建ての古びたアパート。ボロアパートと言ってもいい。外観から察するに部屋も恐らく狭いだろう。実際、陽守に案内されて中へ入るとそこは浴室と台所を除き、畳が敷かれた六畳一間の生活空間だった。真ん中辺りには写真立てが置かれた小さな座卓が、向かって左側には教祖としての仕事か本業とやらの仕事に使うのか、横に長い机とその上にパソコンが置いてある。机のラック部分には、持ち主には似つかわしくない、黄色いリボンが巻かれたオレンジ色の兎のぬいぐるみストラップがS字フックを使いかけられていた。
「狭い部屋ですが、どうぞお寛ぎください」
「うん、本当に狭い部屋だね」
「こづちゃん⁉ えーと……狭いけど整った部屋だね!」
何とかお世辞を言い改めて室内を見渡すと、先程ちらりと目に入った写真立てが気になった。それは心槻も同じく――いや、気になったことは同じだが、得た思いは違った。
「これ、お姉ちゃん……」
写真立てに入っていたのは、まだ若く見える――恐らく高校の制服と思われるワイシャツに身を包む陽守と、その横で同じくワイシャツを着た心槻の姉、望千の写真。二人とも幸せそうな笑顔でピースをしている。そして望千がかけている伊達眼鏡が朔一の物とよく似ている……と言うより、むしろ同じにしか見えないことが、燐伎に一つ不思議を生じさせた。
「先日もお話したように、私は望千さんと面識がありまして。これは高校時代に撮ったものなのですよ」
「ふーん……まあいいよ。それより月予さんのことで話をしないと」
連絡を取った際に、事前に心槻と月予のことで相談があるとは話していたが、何があったかをここでより詳細に伝える。
「月予め……やはり心槻さんにまで手を伸ばす腹積もりか。どれだけ過ちを繰り返せば気が済むんだ」
「まあまあ、落ち着いてよ陽守のおじさん! ボクたちはこづちゃんが納得できる選択をする為にこうやって話し合いしてるんだからさ!」
ついカッとなり低く唸る陽守へ声をかけ宥める。燐伎の言葉にそれもそうだと陽守も落ち着き、今一度冷静さを取り戻した。
そこで、燐伎が心槻の話を聞いてからずっと気になっていたことを議題に挙げる。
「そもそも月予さんって、現世……この世界との縁を貰って、その縁の力で現世に干渉して、皆を守ってるんでしょ? 何でそんなことしてるんだろう?」
その疑問にいち早く心槻が答えを返す。
「それはあんな人でも一応神様だからじゃないの?」
心槻も月予の行動理由について考えていたようで、その返事は明瞭だ。しかし。
「神様が人を守るのは全然おかしくないってボクも思う! パーソナ教だって、自己分析で生まれた守護神が自分を導いてくれる〜みたいな教えだろ? でも、神だから無条件に必ず人を守らなきゃいけない、とはならない気がして……何か理由があると思うんだ」
言われてみればそれもそうだ、と心槻と陽守も頷く。
「現状、理由は本人にしかわかりません。ですが、私は心槻さんが月へ行くことは決してあってはならないと思っています。例え代わりに望千さんが帰ってくるとしても、それは心槻さんの犠牲の上に成り立つものです。……これ以上悲劇を繰り返してはなりません」
陽守が反対することは薄々わかっていた。どうしてそこまで月の神へ拒否反応を示すのかはそれこそ本人にしかわからないが、彼の意見には賛成できる。
「ボクもこづちゃんにいなくなってほしくない! でもこづちゃんが何を思って、その最後にどう決めるかが大事だから。……こづちゃんはどうしたい?」
親友を思う問いに、心槻は覚悟は決まっていると笑顔を見せ。
「わたし、生きるよ。月じゃなくてこの世界で。わたしを思って認めてくれる人がいるんだもん、その思いを捨てられる程わたしは薄情じゃないよ」
その本心を聞き、燐伎と陽守も安心して笑った。
「ならば抗いましょう、月へ。私はこの身に代えても心槻さんを月からお守りします」
「ボクもできることは何でもやるよ! こづちゃん、一緒に生きよう……!」
協力者は、自分を一人の人として認めてくれる人はここにいる。その勇気と安堵に、心槻は力強く笑った。