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あき来ぬ月よ  作者: 木創たつみ
飽きこぬ月余(20BC年)
10/15

第六話

 週が明け、見た目はいつも通りに通学路を駆けていく。違うのは内側、気持ちの問題。

 時期の他に走っていることもあり、先週と変わらず今日も暑い朝の道を行く燐伎の脳内には、この晴れ空とは対照的に親友への不安がもやのように広がっていた。ただでさえこの間の金曜日にあんなことがあったのだ。そこに恐らく今回も受けたであろう実家でのストレスを考えると、心槻のメンタルが心配で仕方がない。

 学校に着き、教室に入り、普段と同じように同級生へ挨拶をする。明かりの点いていない教室は暗く、窓の外の青空が一層輝いて見えた。

 ……他の子と席でおしゃべりをしながらしばらく待っていると、燐伎が気にする彼女が入口から今日も静かに入ってきた。その顔を見た瞬間に燐伎は立ち上がって。

「おはよう、こづちゃん!」

「……うん、おはよう、りっくん」

 やはり元気は無い……が、その顔はいつも実家から帰ってくる度に抱えている疲労や怨恨とは少し違う。どちらかと言うなら、そう、困惑が近いかもしれない。

「こづちゃん、大丈夫だった?」

 金曜日のことを受けての心情と、実家で起きたことと。心配通りやはり何かあったようで、心槻はいつも以上に元気が無い。目線を合わせては気まずそうに逸らす。俯きがちに逸らした目も瞬きをしながら不安定に左右へ揺れている。しかしもう一度燐伎をしっかりと見て。

「ちょっと話あるんだけれど……よかったら人気の無い所で話さない?」


 心槻の要望により、図書室の前まで来る。図書室内もあまり人はいないが、そこでおしゃべりするのはマナー違反のため、その一歩手前の廊下で二人は向き合う。

「で、どうしたの? やっぱり親御さんと何かあった?」

「それもそうなんだけれど、その……月予さんのことでちょっと……」

 ――。

 時は土曜日の夜に遡る。

 勉強漬けの一日を終え、明日も同じく苦行に身を投じなければならない絶望と、明日の夕方まで頑張れば解放され蓮隅市に戻れる喜びに縋りたい気持ちで胸がいっぱいになりながら自室のベッドで横になっていた。自室と言っても、姉のお下がりだが。

 実家での扱いに何もかも嫌になりながら仰向けでぼーっと天井を見ていると、ふとカーテンの隙間から強い光が差し込んだ。月光か? 気になりカーテンを開けて外を見ると――そこには昨日出会ったばかりの月予が宙に浮き穏やかに手を振っていた。思わず窓を開け話しかける。

「月予さん……だよね。何しているの?」

「こんばんは、心槻さん。昨日はちゃんとお話ができなかったから、改めてお話したいなって。今、いいかな?」

 別に構わないが、もしバレたらあの親が何と言うかわからない――と不安を募らせていると、それをわかっていたように月予は優しく告げる。

「今、この部屋には結界を張っているからご両親の心配はしなくていいよ」

「ならいいよ。で、何?」

 窓辺に寄りかかり月予を睨む。この男が姉を攫ったせいでそのシワ寄せを自分が受けているのだ、少し攻撃的な態度になってしまうがそれくらいは許してほしいものだ。まあ、目の前の彼は気にしていないようだが。

「僕は人の持つ現世との縁を貰って、その力で初めてこうやって現世に干渉できる。そして現世を守っているんだ。そして、この前は望千さんの現世の縁を貰って、居場所が無くなった望千さんを月に招いた。……君たちが言うように、奪って攫った。ここまではいいかな?」

 理屈をようやく知り、こくりと頷く。それを見て月予も頷き返し、本題に入った。

「ここからが大事なこと。僕は人を月に招く時は心を奪っているんだ。現世のことを思い出して辛くならないように。だけど、望千さんは心が再生した状態で来てしまった。本人は決して口にはしないし隠しているけど……現世への思いが強くて心を痛めているのがよくわかってしまってね。そこで君に提案したいんだ。――望千さんの代わりに月に来ないかい?」

 ――。

 つまり、望千を現世に返す代わりに心槻が月へ行くことになるかもしれない、と。

「月予さんは満月の日に答えを聞かせてほしいって言っていた」

「満月の日って……二十九日? 再来週の金曜日、だよね……」

 親友が全てを捨てて月に行ってしまうかもしれない。止めたい。止めるべきだ。だが。

「私は……月に行くのもありかなって思っているんだ。月に行けばもうあの馬鹿な人たちと関わらなくて済むし、お姉ちゃんも帰ってくるんだからあの人たちにとっても望み通りになるでしょ」

 心槻は今まで並々ならぬ苦労を強いられてきた。それから解放されるのならば、それが心槻にとっての幸せになるかもしれない。しかし、彼女は月予の提案に即答はしなかった。それは。

「……でも、りっくんと離れたくない。まだ人生を楽しめていない。楽しめない人生なんて放り投げて捨ててもいいけれど、全てを捨てる覚悟が決まらないの……」

 心槻も心槻で消せない未練がある。だからこうして自分に相談してきたのだと燐伎は悟る。

 ……自分はどう声をかけるべきだろう。人の人生を左右する問題だ、迂闊に軽率な答えを出すべきではない。だから、自分の正直な思いを伝える。

「ボクは……こづちゃんがいなくなったら寂しい。他の皆もそうだよ。こづちゃんはお姉さんの代わりになることを望まれたかもしれないけど、こづちゃんの代わりなんて誰にも務まらないしどこにもいないんだよ。ボクは、これからもこづちゃんと一緒にいたい!」

 ……その言葉に、目の前の彼女は今日初めての笑顔を見せた。そして徐々にその顔は歪み、目から彼女の切ない思いがこぼれた。

「もう……そんなこと言われたら、全部の苦しみを受け止めて、このまま生きていたくなっちゃうじゃん……!」

「うん、生きてほしい。湖の月……水面に映った誰かの写し身じゃなくて、こづちゃんはこづちゃんだよ。他の誰でもない、榛上心槻を生きて」

 手で彼女の目元を優しく拭う。その後にハンカチの方がよかったかもしれないと気づき、慌ててハンカチを取り出した。

「もう、りっくんってば本当に人たらしなんだから……」

「そんなことはないよ! ボクはただ、こづちゃんが大事なだけ。……ボクはこう思ってるけど、こづちゃんが納得する答えを出してほしいな! ……そうだ。陽守のおじさんなら、月予さんのこと知ってるかも……陽守のおじさんにも相談しよう!」

 彼なら力になってくれるかもしれない――その提案に、心槻も力強く頷いた。

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