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あき来ぬ月よ  作者: 木創たつみ
秋きぬ月夜(20AC年)
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第一話

 それは、二〇AC年九月上旬の、物静かな暗闇を三日月の刃が切り裂いたように明るい……月の光が嫌に目立つ夜だった。ああ、気に食わない。

 中学校の制服で幼馴染から譲ってもらった、私服としても使っているぶかぶかの学ランを着たまま、月が無言で照らす誰もいない夜の街を少年、新津朔一にいつはじめ――人呼んでサクが無我夢中で走る。星月夜に惹かれたのではない。ただ、未熟な身では形容できぬ怒りともどかしさに突き動かされ、とにかくどこかへ逃げたくてアスファルトの上の小石を蹴飛ばした。つまりは家出だ。

 理由は些細なこと、もとい、いつものこと。学校で不良扱いされることを知る親は“悪いことから足を洗え”と執拗に言ってくるのだ。だが、サクは己の行為を悪いこととは全く思っていない。弱いものいじめをする者をぶちのめすことは悪いことか? 喧嘩以外の不良行為はせずきちんと授業やテストを受けているのにどこに落ち度がある?

 日頃からそのような不満は抱えていたが、今晩激しく苛立った理由は自分を可愛がってくれる先輩方を貶されたことだった。

「ちっ……」

 ああ、思い出すだけでも腹が立ってくる。不条理を押し付ける大人も、本質を見ずに表面だけ見てレッテルを貼る大人も、それらに立ち向かえない弱い己も、何もかもが気に食わない。だから、走る。怒りを燃料にして燃え盛る衝動を発散する為に手足をひたすら動かし続ける。

 ……気がつけば街の丘まで来ていた。この辺りには見晴台があるはずで、せっかくここまで来たのだから登ってみようかと、先程までフルに稼働させていた足をゆったりと進める。

 別に風景に興味は無い。それよりも先輩方がバイクを弄る光景を見る方が好きだ。そもそも自分の住むよく知った町の風景を改めて見る必要も無いだろう、だからサクはこの見晴台へ来たことはあまり無い。最後に来たのは確か……小学生の時の遠足だっただろうか。

 ふもとに取り付けられた木製の階段を歩き、登り切る頃には丁度三日月が西付近に見えていた。先程も述べたように、現代っ子だからなのか別に風景への興味は特に無い。だからこの風景も特に気にする必要は無い。無いのだ。だが、一つだけ見過ごせないイレギュラーが生じていた。

「……」

 少女が――眼鏡をかけて町内にある高校の制服を着た、恐らくサクより年上だろう少女がこちらに横顔を見せて月を見上げていた。遠目に見る横顔だけでもわかる、その人は美しい。現代的な可愛さではなく、古来より変わらぬ人類の美貌をその身に備えている。艷やかな長い黒髪を弱い夜風にさらりとなびかせ、見る者全てを虜にしてしまう。……だがその目は虚ろげで、それでいて恍惚としているように見え、サクは奇妙な心地悪さを感じて学ランの裾部分を無意識に握った。だが無視することもできないと、少しばかり嫌な気持ちだが試しに話しかけてみる。

「……あの、すんません。お姉さん、こんな時間に何してるんすか。もう二十時過ぎてますよ」

 ……話しかけられて初めて他者の存在に気がついたのか、それとも関わりが無い限り存在しないも同じと考えていたのか。いずれにせよ、ぼうっと月を見上げていた少女は首だけ音も無く動かしてサクを見つめた。その眼鏡越しの目はこちらを向いている一方で、無表情なせいか、こちらを見つめる意思がいまいち感じられない。

「何って……月を見ていたの」

「そりゃ見ればわかりますけど……」

 聞きたいのはそういうことではない。向こうもそれを理解したようで、体をこちらへ向けて微笑んだ。

「――私はお月様の光に焦がれたの」


 ……どういうことだ? 虫が電灯に集まり焼かれる現象ならわかるが、人間が月の光に焦がれるとは?

「つまりどういうことです? オレにもわかるように言ってください」

「私、お月様に心を奪われたの」

 要するに月が好きということか? それにしてはよくわからない違和感がある気もするが……今知り合ったばかりの自分が気にするべきことではないだろう。

 月へと視線を戻した少女に近づき、あくまで下手に出ながら尋ねる。

「隣、いいすか。それと……名前を聞いても? ……って自分から話すべきですね。オレは新津朔一。朔が一つって書いてはじめ。でもダチはサクって呼んでるし、サクでいいっすよ」

「私は榛上望千はるうえもち。隣もいいよ」

 許可を得て、サクも望千の隣に立ち同じように月を眺めてみる。変なところは見当たらない、有り触れた三日月だ。九月に見る月は名月と呼ばれるらしいが、生憎風流を解さない自分には正直月の違いなんてわからない。だというのに、隣の望千は眼鏡越しに見つめる月に夢中だ。……感性の違いか?

「望千さんはどうして月に心を奪われたんすか?」

 ただの好きではなく、わざわざ心を奪われたと形容するということはそれ程熱中しているはずだ。そのことが妙に気にかかり、その理由を何となく知りたかった。だが再びこちらへ顔を向けた望千から出たのは期待していた答えではなく。

「月の神様が私の心を奪ったの。私の心は月にだけ全てを捧げるのよ」

「……はぁ?」

 月の神? 月に全てを捧げる? 何のことだ? この女は自分より年上のくせに厨二病真っ盛りなのか――と、思いたかった。いや、望千の言葉が意味不明なのは事実だ。しかし目の前の無表情に戻った彼女が冗談や出任せを言っているようにはとても見えなかった。だから突っぱねることもできず、不可解な言葉と心のもやもやを飲み込むしかない。

「私は月の神と契約をして、願いを叶えてもらう代わりに心を奪われた。だから月が好き。……ううん、月が好きなのは前からだけれど、今は月しか眼中に無いの」

「はぁ……」

 相変わらず何を言っているのかさっぱりだ。それでも、これらは事実であるという確証を嫌でも感じてしまう。――この人は放っておけない。唯一無二の友である直感と正義感がそう囁いた。

「……明日もここにいますか?」

 話をしよう。もし話し合いでわかり合えるならばその手段を取らない理由は無い。

「えぇ。夜はずっと、ここに」

 問いかけへ不思議そうにこちらを見た望千の返答をしっかりと聞き、人知れず拳を握る。

「絶対、絶対っすよ。明日、またあんたと話をしにここに来ますから、待っててください!」

 その言葉に望千が縦に小さく首を揺らしたのを確かに確認し、サクは静かに口角を上げた。

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