魔導書の守り手 【月夜譚No.284】
その魔導書を開いてはならないという。
数多くの魔法が綴られたそれは、大半の魔法使いが喉から手が出るほど欲しがる代物であるが、開いたら最後、その者の命を刈る呪いが込められている。これさえあれば大抵の問題が解決されるというほど幅広い魔法が収められているが、願いや復讐を果たした後に魔法を行使した魔法使いは魔導書に殺されるのだ。
自身の命と果たしたい想い――両者を天秤にかけた時、後者に傾くという者は、非常に限られてくる。
懇願するように頭を垂れた少年が次に顔を上げると、その双眸は覚悟を決めた強い光を放っていた。
彼の正面に伸びる階段の上に立った青年は、その美しい容貌に違わず妖艶な息を漏らして、長い銀の髪を翻した。背後の祭壇に置かれた魔導書を手に取り、階段を下りる。
本来ならば、魔導書を人間に使わせてはならない。しかしながら、青年――魔導書を守る妖精の彼に認められた者のみ、それを手にすることが許される。
魔導書の使用を許された者は、実に百年振りだろうか。
強い想いはその者の身をも滅ぼす。
何度も脳裏で繰り返した言葉をなぞった青年は、魔導書を少年に差し出した。
受け取った腕は痩せ細って、魔導書の重みにも耐えられないのではないかというほどだったが、少年はしっかりとそれを受け取った。
自身の未来に破滅が待っていようが彼の想いは揺るがないのだろうと、青年は胸の痛みに目尻を歪めた。