チョコレートコスモスの花言葉
結婚記念日に、妻に一輪の黒いコスモスをプレゼントした。
「ありがとう。『チョコレートコスモス』なんて、初めて貰ったわ」
『ありがとう』と言ってはいるが、妻の笑顔には明らかに嫌悪と侮蔑がこもっている。
僕もまた、妻と同じ侮蔑のこもった笑顔で「どういたしまして」と返した。
「チョコレートコスモスの『花言葉』って、知ってるかしら?」
「知ってるよ。だからプレゼントしたんだ」
花言葉は『移り変わらぬ思い』。
もしかしたら、一般的にそれは美しい感情を想起させるものかもしれない。
しかし、僕達からすればそれは『憎しみ』以外の何物でもないのだ。
妻は恋人を、僕の運転した車にはねられて亡くし、僕は政略結婚で、学生時代にいじめていた女を妻として迎え入れなければならなかった。
お互いに、あなたを一生憎み続ける。
「彼を殺したのが自分だって事、忘れたわけじゃないわよね?」
「何度も言っただろう。『突然飛び出してきたのは彼の方』だ。避けようがなかったんだよ」
それは、現場検証と目撃証言でも立証された事だ。
泥酔した彼が、両手を広げて突然車の前に立ちはだかった。
ブレーキをかけたが、間に合わなかったのだ。
事実を言った僕に対し、妻は笑みを消してさらに僕を睨み付ける。
「きみの方こそ『学生時代に僕をいじめていた』事、忘れていないよね?父さんからの命令じゃなきゃ、君と結婚なんて、したくなかったんだ」
父からは『何かされたら、すぐに私に言いなさい。即座に彼女の家への援助を打ち切ろう』と心配な目で言われた。
それでも『家同士の為に』と頭を下げられ、渋々了承したのだ。
今の所何もされていないし、父に余計な心配をかけたくないから言うつもりもない。
彼女も、自分の行い次第で家が窮地に立たされる事が分かっているから、手を出してこないようだ。
妻は再び、蔑むような笑みを浮かべた。
「昔からご機嫌取りなんてしない所が、あなたの良い所ね」
「そうかな」
「素直に憎しみを向けてくれるから、私も素直な感情を向けられるわ」
素直ではない。
本が友達、と言いたくなる程陰気で、成績も見た目も平凡な僕と違い、妻は容姿端麗で優秀だった。
どう足掻いても手の届かない羨望が、僕にはある。
しかし、感情の大半を占めるのが『憎しみ』である事に変わりはない。
きっと来年も、僕は妻に『チョコレートコスモス』を送るのだろう。