中:この関係を変えるとき
「シャルロも変わっているな、犯罪者の俺についていくとは」
国外追放され、国境の森で置き去りにされた2人。野宿のため焚き火を起こし、その火を見つめながら、静かに会話をしていた。
「何を言うんですか、クロムウェル様!貴方は何も悪くないんです。悪いのは・・・」
自分が彼の人生が壊したと、罪悪感に押しつぶされる。一生をかけて償わなければいけない、でも出来ることは何なのか、必死に探す。先程の言葉を最後に無口になるシャルロに、クロムウェルはふぅと息をつく。
「その顔・・・まだ自分を責めてるのか。自分のせいでこうなったんだって、思ってないか?」
心を読まれたようで、思わず目を見開く。その言葉は真実だと、自ら認めているのにも気付かずに。
「確かにイルミナには偉大な力はあるけど、どうも人間として不気味だったからな。従順なフリをして、何か裏がありそうで怖かった。それよりずっと努力していて、信頼できるお前と一緒にいた方が、ずっと幸せだ」
「クロムウェル、様・・・?」
焚き火で照らされる彼の顔は真剣だ。ゆっくりと近付いてくる、彼の真っ直ぐな瞳。顔が近い、そうボンヤリと思っていた瞬間に、頬に口付けをされた。
「な、なっ・・・!?」
慌てるシャルロに対して、クロムウェルはやってやったと満足そうな様子だった。頬への口付けが、あくまで親愛の意を示しているとしても。シャルロは顔を真っ赤にして、挙動不審に・・・そんな反応が面白くて、彼はまた微笑む。
「もう王子じゃないし、人目も気にしなくて良いんだ。人肌が恋しくなったら、お前に存分触れるから。シャルロも好きなだけ、俺に触れて良いよ」
・・・あくまで信頼なのだ。今の彼にとって自分は、かけがえのない存在であるという証明。嬉しいようで、もどかしい。
それでも関係を進める勇気どころか、彼に触れる勇気など無い。シャルロは自分の不甲斐なさに呆れつつ、ただ最愛の人を見つめることしか出来なかった。
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翌朝、肌寒さで目覚めたシャルロ。主はこんなに綺麗な寝顔だったのか、こうして見られるのも今だからだろう。勿論こうなったのは自分のせい・・・とまた自己嫌悪に陥りそうだったが、クロムウェルを心配させまいと気持ちを切り替える。
「ここから僕の実家である、アノス男爵家に向かうのはどうでしょうか。随分小さい実家ですが、2人で暮らすには充分でしょう」
「あぁ、それが良いな。だがここへ行くとなると・・・ヒューリズ王国はもう通れないから、魔境バースを通ることになるか」
世界地図で唯一、真っ黒に示される広大な土地「魔境バース」。常に邪気が湧き出る、魔物の巣窟だ。何世紀も前にヒューリズ王国が魔物との争いに勝利し、魔物を閉じ込めたとされている。一応ヒューリズ王国の支配地だが、現国王は全く手を入れていない。どこかでは、ヒューリズ王国に不満を覚えた魔王が現れた噂がある。
「そういえばシャルロ、調査するべきって言ってたよな。ヒューリズ王国に魔物が急増した理由が分かるかもしれないって」
そういえば、とシャルロは今更のように思い出した。クロムウェルがイルミナの婚約者と決まり、聖女の執務が増えてきたあの頃。「王子の婚約者を少しでも手助けしたい」と、シャルロは独自に魔物が増えた理由を調べていた。勉学の最中、聞き流して良いからと、シャルロはクロムウェルに調査報告もした。
「聖女の力に頼っていては、根本的な解決にならないと思うんです。魔物が急増したことに対して策を施さなければ、イルミナ様が不安定な時に危ないでしょう。クロムウェル様が治める土地が、魔物だらけなんて考えたくありません。
魔物が我が国を目指しているとなると・・・本来の住処である魔境バースに、何かあったと考えられるのではないでしょうか。魔王による統治が、現実味を帯びてます。いつかは現地に赴いて、調査すべきです。
確かに魔境は常に邪気が放たれているため、僕のような並大抵の者が数日いるだけで生命の危機に陥ります。ですがこの調査報告書より、発せられる邪気には周期があると分かったんです!丁度半年後に、1年で最も邪気が弱まる時期になるみたいですよ」
この話を聞くクロムウェルの顔は、いつにも増して輝いていて。「本当に国や聖女のことを考えているんだな」と、褒めてくれたのだ。だがこの直後にあの暴力騒動が起こり、この提案をすっかり忘れていた。覚えていてくれたんだ、とシャルロはまたキュンと胸がなる。
・・・まぁ実際は、国や聖女のことなどこれっぽちも考えていない。王子であるクロムウェルに役立ちたい、その一心で話したのだが。
「丁度今月が、邪気の弱い時期か。なら今の内に進んだ方が良いな」
そうして足を踏み入れた、魔境バース。季節が季節だからか、枯れ木や枯れ草だらけの道が続く。夜行性の魔物が多いため、こんな昼間からは襲われないだろう。邪気が弱まっている時期だからか、シャルロはあまり苦しくない。それでも長居は良くないと、なるべく早足で進む2人。
「朝から歩いて、随分日が高くなりましたね。そろそろ休憩しますか・・・」
そう言いかけて振り向いたシャルロが見たのは、かなり顔色の悪い主の姿。荒い息を隠そうと、ローブで口元を押さえているようだ。「クロムウェル様!?」と駆け寄った瞬間、彼は膝から崩れ落ちる。クロムウェルは咳き込んでばかりで、会話できる様子ではない。
「邪気の症状!?そんな、どうして・・・?」
人によって邪気の影響は変わる。だがクロムウェルはシャルロに比べて、魔力も体力も優れているはずだ。弱い自分が邪気の影響を受けず、強い彼が苦しんでいるのは何故だ?やはり今までのショックで、体力も精神力も大きく削れている・・・?ともかく、今は回復だ。シャルロは失礼しますと頭を下げつつ、クロムウェルの胸辺りに回復魔法を施す。
「申し訳ありません、クロムウェル様。無茶をさせてしまい・・・」
「いや・・・そもそも、ここを通るしかないからな」
回復魔法のお陰で、話せるようにはなった。だが体力を奪われたのか、立ち上がることが出来ないようだ。ぷらんと力を失ったクロムウェルの手は、青白くなっていた。
(この様子・・・体内が邪気で蝕まれつつある!体の中から、浄化魔法をかけないと・・・!でも、そのためには・・・)
回復魔法の鍛錬で習った、強力な浄化の仕方。当時そのやり方を見たシャルロは「絶対に誰かにやる機会などない」と断言したが・・・やらなければいけない時が、来てしまったようだ。
「クロムウェル様・・・ごめんなさい。もうこの方法でしか、貴方を救えないんです」
震えながら、愛しい人の頬に手を添える。彼も何をされるか分かっているようで、震えるシャルロの手をそっと包む。
「言っただろ、好きなだけ俺に触れて良いって。それにお前にこうされるのも、大切にされてて嬉しいから」
「・・・邪な想いを持っていたとしても、ですか?」
邪な想い、自分で言っておきながら自己嫌悪に陥る。彼を救いたいのは当然なのに、こうして彼に触れられることを喜ぶ自分もいるのだ。本当に気味が悪い、どうしてこんな自分なのだろうか。
「・・・これ以上の話は、互いに毒だから。ほら、早く」
「・・・はい」
シャルロは意を決して、自分の唇を彼の唇に合わせた。優しく触れた唇から、自身の浄化魔法を注ぎ込む。
「ん・・・っ」
クロムウェルから漏れる吐息が、またも色気があってくらくらする。そんな不純なことを考えながらも、彼を脅かす邪気を身体の中から清めていく。それなりに時間も経ったので、シャルロはゆっくり唇を離した。
「これでもう、大丈」
言葉の途中、シャルロの唇は再度、クロムウェルの唇と重なった。浄化の効能など無い、ただの愛情の口付け。しかも、最愛の人からの。驚きが脳を支配するが、次第に幸福感に満たされていく。それを理性が拒み、慌てて体ごと離すのだが。
「っぅ・・・!これ以上やると、僕の汚れた想いが・・・」
「俺のこと、強く思ってくれてるんだろ?その想いは汚くなんかない。それに、俺も・・・お前と似た感情、ずっと持ってたから」
「・・・っ、や、優しくしないで・・・。無理に、嘘を・・・」
「嘘じゃない」と言われ、今度は力強く抱きしめられる。
「ずっと好きだよ、シャルロ。俺の隣はお前が良いし、俺のこれからの未来も全部、お前と過ごしたいくらい・・・愛してる」
耳元で聞こえる声と、自分を求める腕。今まで押さえつけていた感情が溢れ、涙が止まらなくなるシャルロ。彼もずっと、同じ気持ちだった・・・。
「僕も・・・貴方が好きです。これからの隣に、ずっといさせてください」
2人は強く抱き合ったまま、互いの想いを確かめ合うように口付けを繰り返すのであった。
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