11 伯爵と王様
「ナル。今日セイテアにつく」
「あ、はい」
「念のため、ずっと馬車の中にいろよ」
「え」
「ニャー」
「魔法封じの枷もつける。念のためだ。なるべく早く解放するから、協力してくれ」
「はい。わかりました」
自分のために皆頑張ってくれてるんだ。それくらいはしよう。
俺は大人しく手錠をつけて、その後、王都セイテアに入った。
ただ、外の様子はわからない。この馬車、窓なんてないから。
「早く解放してくれればよいな」
「そうだな。ナゴメル、協力してくれる?」
「無理なものは無理。我は猫じゃぞ。できることとできないことがある」
「そう言うと思った。都合の悪い時だけ猫主張だもんな。お前」
「うん」
けどこの間も一緒にいてくれるんだから、まあナゴメルなりに気をつかってくれてるんだと思う。
あー、どうにかぱぱっと無事解決しないかなー。
「私がシュートルブ伯爵だ」
俺はシュートルブ伯爵の屋敷で、シュートルブ伯爵と会っていた。
「シュートルブ伯爵。本日は私達の相談にのってくださり、ありがとうございます」
リシュール様がそう言って礼をする。
「よいよい。久方ぶりにリシュールに会えたのだ。私としてはそれだけで満足だ。大きくなったなあ。一層美しくなった」
「ありがとうございます」
「まだ結婚はしていないのだろう?」
「はい」
「どうだ。息子の妻にはなってくれないか?」
「もったいなきお言葉、ありがとうございます。しかし、私はまがりなりにも騎士です。よって、今は民を守るためにこの身、費やしたいと思います」
「そうか。では仕方ない。それで、そちらの彼が件の転移者か?」
「はい。そうです」
「ニャー」
「聞いた話では魔法封じの枷が効かないということだが、実際にここで転移してみてくれないか?」
「いいんですか?」
俺は一応念を押す。
「いいぞ。ちょっとやってみてくれ」
リシュール様からもゴーサインをいただいた。
「それでは、ぜってー上司見返す!」
俺は転移した。そしてすぐ戻ってくる。もちろん魔法封じの枷は外れている。
「転移してきました」
「むう。まさしく転移魔法。あいや、魔法ではないのだったな」
シュートルブ伯爵がうなずく。
「それで再度確認だが、彼、ナルは1か所にしか転移できないのだね?」
「はい。転移した場所にしか転移できません」
「それでできることが、行商と」
「はい。一応品物は今お見せできますが」
俺は文房具からカップ麺、ダメ押しにハンバーガーセットまで紹介した。
それを受けてシュートルブは、うなる。
「むうう。たしかにこれらのアイテムは魅力的だ」
「はい。我が騎士団も、そう感じております。どうですか、シュートルブ伯爵。伯爵のお力で、転移魔法使い専門官の決定を覆すことはできませんか。もしくは、国王陛下にお取次ぎしてほしいのですが」
「難しいな。たしかに専門官の決定は納得できないが、私は一介の伯爵。専門家にパンピーが立ち向かうようなものだ。それに話しの中心が転移者ときた。私が彼を擁護しても、ただ転移者を囲いたいとしか思われないだろう」
「そうですか」
「陛下に進言する内容でもない。話が小さすぎる。忙しい陛下をわずらわせるほどのことにも思えん。しょせんナルが提供できるのは文房具と食料だけ。あまり重要なものではないからな。他の重役を味方につけるとしても、協力者が増える程こちらが払うコストがかかってくるだろう。それを払い切れるかはわからん」
あー。つまり俺の命、絶望的?
「ニャー」
「そこをなんとかできませんか?」
「うむ。何よりリシュール騎士団長の頼みだからな。最善は尽くす。ナルの擁護のために2名の者も来ているという。その者達もむげにはできん。私は各方面へ話をつけてくるゆえ、数日間この屋敷に滞在してほしい」
「ありがとうございます」
「ここにナル殿がいるのか!」
話が終わりそうなところに、2人の男と、メレンナさんがやって来た。
「メレンナさん、久しぶりです!」
「ニャー」
「あ、ナル様。よかった、まだご無事ですね!」
メレンナさんは笑顔。けど、どうしてここに? それに、この人達は?
「国王陛下!」
シュートルブ伯爵とリシュール様がすぐに立ち上がり、礼をした。え、この人が王様? マジで?
「堅苦しい礼など不要だ。今の俺はお忍びで街の様子を見に来ただけのただの男。だが町を歩いていたところ、悪漢に絡まれているメレンナ嬢を助けたところ、なりゆきで話を聞けば俺の助けが必要ということでな。早速助けに来たというわけだが」
王様はそう言うと、俺にまっすぐ歩み寄った。
「ど、どうも。王様。助けが必要というのは、俺のことです」
「ふむ。お前がナルだな。話は聞いたぞ。そして読んだ」
よ、読んだ?
「そして俺は、感動した!」
何を考えたか王様は、俺の手をとって握りしめた。
「ナルが故郷からもたらした、シカがくる。を全10巻分読んだぞ!」
「えー!」
そこでそれが出てくるのー!
「それは、ありがとうございます」
「ナル様。私は一足先にセイテアに行き、そこで絵師を頼ってシカが来る。の母国語版を作ってもらっていたのです」
メレンナさん、そんなことをしていたのか。
「ナル様がもたらした物に価値を見出されれば、もしかしたらナル様の状況が変わるかもと思いまして。そうしたら」
「俺が偶然メレンナ嬢を見つけ、シカが来る。を読破し、感動したというわけだ。この感動は、まさに生きる幸せ! この感動をもたらしたナルを、王である俺は決して見殺しにはせん!」
「ニャー」
「そして、ナルが飼っている猫を天使と認定しよう!」
「え!」
「ニャー」
なんでそんなことピンポイントで言うんだ。偶然だよね?
「あ、ありがとうございます。王様」
「何、俺のことは気軽にキンハルトと読んでくれ」
え、ええと?
ちらっと視線を彷徨わせると、リシュール様とシュートルブ伯爵が思い切り首を横に振っていた。
「も、もったいないお言葉でございます、王様」
「ニャー」
「ところで、お前の故郷にはもっとマンガなるものがあるのだろう。それをぜひ俺に見せてくれ!」
「えっと、それは、後でお願いします」
「いいや、こんな機会はめったにない。というか俺にお前の故郷を見せてくれ!」
「えー!」
「これは王命である!」
「ニャー」
「あー、はい、わかりました」
「キンハルト様。護衛のこともお忘れなく」
「うむ、わかっておる。それではナルよ、すぐ行こう!」
「あー、はい。わかりました。では、リシュール様、シュートルブ伯爵。俺はちょっと席を外します」
「ああ」
「うむ」
「ナル様。ではまた!」
「はい。では、行きますよ。王様、護衛の方!」
「ああ!」
「ぜってー上司見返す!」
「ニャー!」
こうして、俺は王様を接待しないといけなくなりながらも、なんとか打ち首の刑を免れることができた。
そして後日。シカがくる。の作者に、命を助けてもらったお礼ということで、短いメッセージと気分がスッキリするタオル十枚を送った。
一応、めでたしめでたしである。