プロローグ
僕の田舎は海の傍だ。
ガードレールもないような所だけど、空き缶なんて一つも落ちていない綺麗な町で、海は水平線が見えるほど先へ広がっていた。
小さい頃は、学校が長期休暇に入る度に家族で帰省していたが、ここ10年ほどはまるで来てなかった。
10年前に、祖父母が揃って死んだからだ。
2人とも優しい人だったと思うが、今は何故か顔すらよく覚えていない。
空き家になった実家は親戚の人達の手により、今も大切に保管されていると父が言っていた。
池の鯉は死んでしまったらしいが、梅の木も、葡萄の蔦も、僕が作った落とし穴まで以前のまま残っているらしい。(当然、植物は成長を続けているが。)
若い頃、画家を目指していると言う度に人から笑われた父の稚拙な絵も、そこに行けばまだ腐るほど見られるという。
僕は今年の3月、みごと大学受験に失敗し、以後は予備校に通う毎日を過ごしている。家の家計はそんなに裕福ではないらしく、今年落ちたら土方でもやって食っていけと言われているから、僕にはもう後がない。日々を色とりどりの参考書と共にし、最近では寝食の時間でさえリスニングの練習を平行している。
みるみる上がっていく学力と反比例して生気が抜け落ちていく僕を見かねた両親は、気分転換に先の実家へ遊びに行くことを勧めた。
「ちょうど親戚が来て掃除してくれてるから、ついでに手伝ってこい。ほら、土産も持って。挨拶しっかりな。」
半ば押し出されるように、僕は三泊四日、単語帳すら持たない旅に出掛けた。