第35話 幾億年の時をなぞって
「え、ええーっ!!」
転移魔法ですぐに到着したものの、ラポリスの入り口は封鎖されていた。
「強行突破だ。手、出して」
手を握ると、私たちは透明になって誰にも見えなくなり…
閉じられていた扉を、実体が無いかのようにすり抜けた。
目の前に広がるのは近未来的な都市。
…誰もいない。
それに、何かがおかしい。
前に来た時は世界樹が建物の隙間から覗いていたはず。
「ああ、キミはなんでも見つけるのが得意だね……ん?」
黒いモノがとてつもない速さで通り過ぎていく。
と同時に、私は意識を失った…
「えっ?おい、おーいっ!!」
…
「………様、天主様っ!!」
その声ではっと目が覚めた。
辺りを見回してみる。
焼けつく臭いと人々の悲鳴が雑ざり合う。
ここはどこだろう…
そして、私は何をしていたのだろう…
「やっと目を覚まされました…私です、エテルナですっ!」
どこか見覚えのあるようで、見たことのない、青緑の長髪に大きな本を携えた女性。
…
だめだ、何も思い出せない。
そう伝えると、彼女は一瞬泣きそうな顔になるが、瞬きのうちに立ち直り真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
「あなたは天主様です。そして私は秘書、のようなものでしょうか…今のこの王国は怪物に襲われており、状況は一刻を争います。私と共に戦ってください!」
彼女が秘書なのは、態度や服装でぎりぎり理解できたが…
天主様…?怪物…?
戦う……?といっても、どうやって…
「私が説明させていただきます、ついてきてください!」
言われるがままに、駆け足でエテルナについていく。
焼けた残骸に、崩れ落ちた城壁…
どうやら本当にこの王国は、怪物というものに襲われているようだ。
その惨状を見ても、私はまだ何も思い出せない。
足元に注意しながら、道とは言えない瓦礫の道を走る。
「ここはバルゼルブルグという王国です。襲撃前は世界で一、二を争う大国だったんですよ」
彼女の説明を聞くが、どれもが知っているはずなのに、聞いたことのない話だった。
「っ…!例の怪物の一味です!」
人間の膝くらいの背丈の黒い毛玉…?にまんまるで大きな目が二つ。
これが怪物と呼ばれる存在のようだ。
…エテルナが大きな本のページを開き、目の前に差し出す。
「天主様、手を!」
言われた通りに手を本にかざすと、身に付けていた指輪がほのかに輝きと熱を放つ。
「プラデー・インシア・ヘルガジウナ…闇を切り裂け!」
彼女が呪文を唱えると、目の前に魔法陣が現れ、白馬に乗った騎士の斬撃が怪物を襲う。
それは瞬く間に敵を木っ端微塵に切り刻んだ。
だが、バラバラになったパーツは互いにくっつき合い、再び元の形を成す。
思わず可愛いと言ってしまいそうな容姿の怪物は、見た目に似合わずどう見ても毒だとわかる色の液体をペッと吐き出してきた。
「て、天主様…!胸に…」
そう言われ自分の胸のあたりを見ると、その液体はこびりついていて…
私の身体の皮を溶かし、心臓までもを蝕んでいく。
「いや…てんしゅさ…ま…」
これを見たエテルナの血の気が引いていくのがわかる。
主を失うという恐怖に絶望する顔。
だが、人生の最後に残った記憶がそれだけだというのは、少し満足がいかない。
…ほどなくして、私は怪物の前に倒れた。
今は止まりかけの心臓の鼓動だけが聞こえる。
心臓が不規則なリズムを刻みながら、私は必死に呼吸する。
己を侵食していく毒に抗うように。
やがて時間が過ぎていくことも忘れる頃、ついにそれは訪れた。
これが、「死」というものか。
…と瞬間的に理解した。