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 俺たちは名倉を連れて一目散に逃げた。

 幸い追いつかれることはなかった。とにかく名倉の止血をしながら病院へ駆け込んだ。

 治療が終わるのを待合室で待っていると警察官がやって来た。

 なんでこんな怪我をしたのかとか、色々と聞かれた。

 で、正直に全部話した。

 信じてもらえるか、なんてどうでもよかった。こんな状況に対してどうひっくり返しても辻褄の合う嘘なんて考えられなかったからだ。疲れて考えるのが嫌になっていたのもある。さすがに姦姦蛇螺の話は濁したけどな。

 神社に行ったら、不審者に襲われて逃げた。無我夢中だったのでどんな相手だか良く分からない。

 要約するとそんな感じさ。まあ、当たらずとも遠からずってところだろ?

 話を聞いていた警察官は疑り深い目で俺たちを見て、現場で事情聴取をしたい、と言いやがった。

 勿論、断固拒否したよ。

 そしたら、神社に人をやって様子を見るから、それまでどこにも行くなって言われた。その時だ、大きな悲鳴が聞こえた。

 名倉が治療を受けていた部屋だ。

 俺たちが部屋に入ると看護師が床にへたりこんで来た。ぶるぶる震えながら指さす方を見る。

 最初に目に飛び込んできたのは血まみれのベッドだった。血は床に点々とこぼれながら窓まで続いていた。窓はものの見事に砕けり、サッシは大きくひしゃげていた。


「一体何が起きたんだ?」

「わ、分かりません。治療していただけです。ちょっと目を離していたら突然悲鳴が聞こえたんで振り返ったんです。そしたら窓が突然割れて……」


 看護師の説明は多分警官にはちんぷんかんぷんだろう。だが、俺たちにはなにが起きたのかは十分すぎるほど分かった。

 その後は大騒ぎだ。血の跡は窓からさらに先、近くの川まで続いていた。で、川の周辺、果てはボートを出して川の底をさらうなんてこともしたよ。

 三日ぐらいしてからようやく見つかった。

 上半身だけな。下半身は結局見つからなかったって話だ。

 

 


「なんで、他人事みたいな言い方なのかって?

病院で名倉がいなくなった時にこれ幸いと逃げたからだよ。

俺も桜井もな。桜井とは途中で別れた。一緒にいるより各々別れた方が良いってことなったんだ。ほら、追いかけられて逃げてる時に左右に分かれ道が見えたら左右に別れるだろ?

あんな気持ちだ。

どっちかを追いかけてるうちはもう一人は無事ってな具合になる。

それからずっとあいつに見つからないように身を隠して逃げているんだ。

だから、名倉のことは安ホテルで携帯のネットでそれらしい記事を見ただけだ」


 貴司は自嘲的な薄笑いを浮かべ、俺の顔をじっと見つめてきた。俺は居心地の悪さを誤魔化そうと目の前のコーヒーを口に放り込んだ。

 長い話にコーヒーはすっかり冷めていた。ざらざらした不快な粉っぽさが舌先に残るばかりだった。

 実際、俺はこの話をどう扱えば良いのかさっぱり分からなかった。

 単なる与太話と一笑に付すべきか、馬鹿にするなとテーブルを叩いて立ち上がるか、はたまた、一緒になって震え上がるべきか……


「桜井の葬式をやってたらしい」


 とりあえず俺は加藤から聞いた桜井のことを話してみた。しかし、貴司は、ああ、と答えたきりの薄い反応しか示さなかった。


「それも知ってたのか?」

「いや、今聞いた。あいつとは病院で別れたっきりだ。

そうか、死んだか。どんな死に方なんだ?」

「……いや、知らない」

「そうか……

でっ、金貸してくれるのか?」


 貴司の言葉に俺は最初の話を思い出した。俺は封筒を貴司の目の前に置いた。


「取り敢えず手持ち分だ」

「ああ、ありがたい感謝するよ」


 貴司は封筒の中身を確認するとそう言った。


「この状態がなんとかなったら倍、いや3倍に4倍にもして返すぜ」


 封筒を尻のポケットにねじ込みながらそんなことを口走る。まるで自分が(たち)の悪い男に貢いでいる女のような気分になった。だから、そんな気鬱を振り払うつもりになったのだろう。


「別にいいさ。でも金に困っているなら真弓にも相談すれば良かったのに」


 貴司の動きが止まった。


「真弓?」


 一言呟いた口は閉じるのを忘れたかのように開かれたままになる。

 何をそんなに驚くのかと思ったが、違った。貴司の口元が小刻みに震えている。これは驚きではなく恐怖だ。


「真弓……お前、真弓に会ったのか?」

「いや、電話だけだ。

そもそも俺がお前に会う気になったのは真弓が電話でお前を探していたからだ」

「探していた……俺を探してる?

お前! まさか、俺のこと話してないだろうな!」


 ぶつぶつ呟いていたかと思うとこんどは突然大声で詰めよってきた。その変貌に気圧される。


「えっ? いや、話したよ。さっき、電話でな。お前と今からここで会うって話をした。

そう言えば、真弓も取り敢えず無事に逃げれてるんだな。お前を探しているのも一緒に助かる方法を考えたいからなんだろ?」


 貴司は俺を信じられないものを見るような目で見返してきた。


「お前、話を聞いていたのか?

真弓は……

うわ、うわあぁぁ!!」


 途中から貴司はあらぬ方向を凝視したまま、大声をあげ始めた。何事かと視線を追う。視線はファミレスの窓、夜の街路に面した窓へと向けられていた。


「うわっ」


 俺も思わず声が出た。窓一面にべったり人が張りついていた。真っ赤な服の女が両の手のひらや額をこれでもかというように窓に押しつけた状態でファミレスの中、いや、俺たちを覗いていた。


「真弓……」


 真弓だった。だが、本当に真弓なのか?

 真っ赤な唇を半分開き、チロチロと熟れた苺のような舌先を覗かせていた。その目は大きく、ギラギラと光を放ち、獲物を見つけた肉食獣を思わせた。

 

「うわあぁあ!!」

 

 突然の大声。血を吐くような絶叫と言うべきか。

 驚いて振り向くと、貴司が転がるように走る姿があった。そのまま、一直線に店のキッチンエリアへと逃げていった。キッチンからスタッフの驚いたり怒ったりする声が聞こえてきた。


「お、おい……」


 文字通り止める間も無しってやつだ。どうしようかと窓の方へ目をやると真弓の姿もなかった。

 気づけば俺は一人ファミレスに取り残されていた。

 どうもこうもないので、取り敢えずファミレスの外にでた。

 左右に目を向けたがやはり真弓の姿はない。

 すぐ裏道に続く脇道があった。

 貴司は真弓の姿を見て店の裏口から逃げ出した。そして、おそらく真弓は貴司を追いかけていったのだろう。

 俺は脇道を覗いてみた。細く暗い道が延々と続いていた。


「真弓…… 貴司……」


 声をかけてみたが返事は無かった。

 一歩脇道に足を踏み入れる。

 空き缶やらタバコの吸殻やらが転がる汚い小道だった。動くものはネコにしろネズミにしてもない。

 俺はまた一歩脇道へと歩を進める。

 そして、もう一歩。

 なぜか歩みを止めることができなかった。

 好奇心なのか?

 磁力に吸い寄せられる砂鉄。あるいはハンメルンの笛吹に踊らされる子供のように俺は歩みを止めることができかった。一歩進むごとに本通り(メインストリート)の街灯の光が遠のき、道は薄暗くなっていく。ゆっくりと深海へ沈んでいくような感覚に囚われた。少しずつ光の届かない海溝に沈んでいく、そんな錯覚だ。

 気づけば、足元も覚束ない闇に包まれていた。夜中とはいえ、街中でこんな深い闇があるなんて想像もしていなかった。

 俺は携帯を取り出す。闇を白い光の輪(ライト)が穿つ。そのライトを頼りに、貴司たちを追い求め、更に先へ進む。正直、なんでそんなことをするのか自分でも良く分からなかった。ヤバイからすぐに引き返せ、と思う自分とどうしても確かめなければ、と主張する自分が闘っていた。

 もう、これ以上は本当に後に引けなくなるぞ、と頭の奥で思った時だ。ズルリと足が滑った。


「な、なんだ?!」


 足元を照らすと赤い色がまず視界に飛び込んできた。

 最初は赤いビニールシートかと思った。

 足元に平ぺったいものがしわしわとくるまっている。だから、道端に落ちていたシートを踏んで滑ったのかと思った。

 妙な感触(踏み心地)だった。

 踏むと凹み、離すと戻る。ゴムのような弾力があった。じっと見てみると赤いのが服だと分かった。

 俺はそれを拾い、目の前に広げてみる。

 真弓の着ていた服に似ていた。

 服の中にもなにかあるのに気づいた。しわしわの薄っぺらい肌色のなにか。


「うわっ?!」


 手に取って広げようとしてその余りに嫌な感触に慌てて手を放した。それはバサリと地面に広がった。


「えっ、なに。なんだこれ?」


 卵形の楕円にまん丸い穴が3つ。楕円の上には黒い髪の毛が生え、扇状に広がっていた。

 それはまるで人の抜け殻(ムンクの『叫び』)だ。


ズズズズズ


 なにかが擦れる音が頭上でした。

 反射的にライトを上に向けた。

 そして、俺は見た。

 雑居ビルとビルの間に、女が浮かんでいるのを。

 両手をビルの壁に突っ張り、その巨体を支えていた。もう一組の手は男、貴司の胴をガッチリとつかんでいる。


ブチリ


 ブチリ


 女は恍惚とした笑みを浮かべながら残りの手で貴司の両手を引きちぎる。

 

 俺は悲鳴を上げた。


 女が顔を俺に向ける。ニタリと笑うと貴司を放り投げた。


「うわっ!」


 目の前に貴司が落ちてきた。

 慌てて後ずさる。

 そして、もう一度上を見たが、その時にはもう女の姿はどこになかった。 

 後には貴司、いや貴司だったもの、が残されるばかり。頸が変な方向にねじ曲がっていた。







 思うに、俺に電話をかけてきた時点で真弓は真弓では無かったのだろう。

 名倉や桜井の葬式に現れた真弓、ファミレスの窓から俺たちを見ていた真弓、あれは真弓の皮を被った全く別のモノだった。そう思う。


 さて、これで俺の話は終わりだ。


 後は、この話を聞いてなにか心当たりのある人間の反応を待つだけだ。

 あれの全身を見た者の命は無いと言うが俺はそうは思わない。なんとか方法があると信じている。できるのなら俺の命がある内に何らかの情報が来ることを期待している。




 なんとなれば、ビルの谷間で俺はあれの全身を見てしまったのだから

 



 

 

 なあ、誰か。助かる方法を教えてくれ

2021/10/03 初稿


これにて完結です

ありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 ずっと第三者であった主人公。 主人公と共に油断していた読者をなし崩しに引きずり込むところがよかったです。 最初に真弓から電話があった時点でもう、引きずり込まれていたんで…
[良い点] また一気読みしてしまいましたー(∩´∀`)∩ [一言] 面白かったです!
[一言] 今回の一件に真弓が同行してたのに関わらず最初の電話がその事に触れてなかったからおかしいなと思いましたがやはり… 主人公は馬鹿どもがやらかしたその場にいなかったわけだから見ちゃったとしても助か…
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