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 俺たちがトイレに駆けつけると彩音が床にへたりこんで震えていた。


「どうしたの? なにがあったの?」


 真弓の声に彩音はブルブル震えながら指さす。促されるまま顔を上げた。

 床から2メートル半ぐらいの高さの所に換気用の小さな窓があった。

 その窓から白い足が二本突き出ていた。いや、逆だ。足はズルッ、ズルッと外へ引っ張り出されていく。俺たちはあまりに異様な光景に馬鹿みたいに突っ立って、足が窓から見えなくなるまで見つめていた。


カツン


 窓枠に当たって片方の靴が脱げてタイル床の落ち、乾いた音をトイレに響かせた。

 それが呪縛を解く合図のように俺たちはようやく動けるようになった。

 床に座り込んでいる彩音を抱き起こし、なにがあったのかと聞くと、窓から女が現れて優香里を連れていったと泣きじゃくった。

 もう一度窓を見てみる。思い切り伸ばして男がようやく窓の枠に手が届くくらいの高さ。幅は肩をすぼませてぎりぎり通るぐらいだろうこ。そんな窓から女といえど成人一人を吊り上げて行くなんてのは人間にはできない。

 できるとしたら……

 頭の中に自ずと『姦姦蛇螺』という単語とさっきの女の顔が浮かび上がった。

 あの女、と呼んでよいものか、とにかく、そいつが諦めずに追いかけてきている。そして、まだ近くにいると考えるとぞっとした。


「ヤバイぞ。追いかけてきてる。殺す気満々じゃなぇのか」

「とにかくここから離れよう」

「嘘っ! 優香里を助けてよ」


 名倉と桜井がボソボソと話をするのを聞いて彩音が泣きながら抗議してきた。


「馬鹿いえ。追いかけて姦姦蛇螺に鉢合わせになったらどうする。こっちの命が危ないだろ。

追いかけたかったらお前一人でが追いかけろ!」

「……いいわ。警察に連絡する」


 彩音は警察に電話をしようとしたが桜井があわててその携帯を奪った。


「馬鹿。警察になんて話すんだ。

相手にされないに決まってるだろ。いや、下手すりゃ変な疑いをかけられるぞ」

「変な疑いって?」

「あのぉ……なにか問題がありましたか?」


 男の店員が声をかけてきた。男3人が女子トイレを覗き込んでいる時点で危ない光景だ。俺たちは彩音を連れて逃げるように店を出た。


「なんで? なんでみんな、優香里を助けてくれないの?」


 車の後部座席で彩音が叫んだが、誰もそれに答えない。答えられなかった、と言うのが正解だった。町中で突然ヒグマに襲われた仲間を素手で助けてくれ、と問われているのと同じだ。


ピリリリ


 突然、車内に音が鳴り響いた。

 携帯の呼び出し音だ。

 彩音の携帯に、()()()()()の電話だった。


「優香里、優香里! 私よ。ねっ、無事だったの?! 今、どこよ!」


 慌てて携帯に出るが、彩音の表情はすぐに困惑に変わった。そして、携帯を俺に差し出した。

 出ろ、と言うことらしい。

 余り気が進まなかったが、携帯を受け取り耳に当ててみた。

 なにも聞こえない、と最初は思った。

 だが、しばらく耳を押しつけて聞いているとなにか液体が流れるような、泡立つような音が微かに聞こえているのに気がついた。


「もしもし、聞こえますか?」

「……にい……」


 声が聞こえた。女の声。多分優香里の声だ。


「もしもし、もしもし、聞こえる?」


 俺は大声で呼びかけた。もしかしたら、助けることが出来るかもしれない。


「いまどこ? 助けに行くよ!」

「も……そ」

「えっ? なんだって? もっと大きな声で言って!」

「もう……ぐ……こ……」


 真弓や彩音、桜井と目を合わせた。みんな俺を見ていた。運転している名倉さえもチラチラと後部座席に目を向けてきた。俺は諦めずにもう一度呼び掛けようとした。

 その時、さっきまでとは打ってかわって妙にはっきりした声が携帯から聞こえた。


「もうすぐそこにいくよ」


 もうすぐそこにいく……


 最初、意味が分からなかった。そこに行くってどう言うことだ? 俺は、聞き返そうとした。


ドガッ


 フロントガラスになにかがものすごい勢いでぶつかった。


「うわぁ!」


 名倉が悲鳴を上げてブレーキを踏む。車が軋んだ音を立て、ぐらぐらと揺れる。前を見ると血まみれの優香里の顔がフロントガラスに貼り付いていた。




 空から降ってきた、としか説明のしようがない。事実、俺たちは警察で今の説明を繰り返すしかなかった。

 こってり絞られた。

 交通事故に見せかけた共謀殺人の疑いをかけられた。

 直前のファミレスの行動が疑われたんだ。

 ドライブレコーダーの記録映像がなかったら共謀殺人の容疑をかけられていたかもしれない。警察の疑いが晴れて3日ぐらいは何事もなかった。これで終わりなんじゃないか、そう思いかけた頃に真弓から彩音の様子がおかしいって電話が来た。

 大学にも来なくなって電話しても今一つ要領を得ない。心配だけど怖いから一緒に彩音のマンションについてきてくれ。そんな内容だった。全然、モチベーションが上がらない。だが、気にはなったんで一緒に行くことにした。真弓一人で行かせるのもなんだかな、っても思ったのもある。車は俺、案内は真弓で彩音のマンションまで行った。6階に住んでるって話だった。


「あっ、彩音だ」


 マンションの駐車場についてすぐに真弓は指さして、言った。見るとマンションのビルの一角のベランダに人がいた。

 遠目で俺には誰だか良く分からなかったが、ベランダの方でもこっちに気づいたらしく手を振り返してきた。

 なんだ。元気そうじゃないか、って思ったよ。

 真弓は少し嬉しそうに手を振り返していた。俺も手を振ってみた。そしたら、彩音は、俺にも手を振り返してきた。振りながら、身を乗り出す。

 おお、熱烈な歓迎だ。そんなに嬉しいのか。と思った。確かに一人で例の化け物みたいに狙われているなんて思って過ごしていたら不安で人恋しくもなるだろう。まして、彩音は優香里が拐われるのを目撃てしてる。


 彩音は身を乗りだし両手を左右に開いたり閉じたりする。


 大はしゃぎだ。


 ピョンピョンと、跳び跳ねもしている。そうして、そのままベランダから飛び降りた。




 単なる自殺? 

 

 だったのかもしれない。友達のショッキングな死に方を見ておかしくなって衝動的に飛び降りた。そう解釈することもできる。


 なんでもかんでも姦姦蛇螺のせいにするな。


 そう思いたかった。

 でもなぁ、飛び降りた彩音の体が妙だったんだよ。

 手と足がな、左右逆についてたんだ。

 意味が分からない?

 もう一度説明するぞ。

 死体の右肩に左腕。左肩に右腕がついた。足もそう。まるで一回引きちぎって、繋ぎ直したみたいにな。

 なんにしても、例の奴の仕業だ。これで全然諦めてないってことがはっきり分かった。


2021/10/03 初稿

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本格ホラー。 これは怖い。 絶妙に嫌な人間関係もホラーらしくていいです。 主人公がいい人すぎないところも。 思いつく限りをやってみても成す術がなく、追い詰められていくのが一番怖いですよ…
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