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 元カノの真弓(まゆみ)から2年ぶりぐらいに電話があった。


貴司(たかし)がどこにいるか知らない?」


 その名前と用件を聞いて正直イラッとした。

 貴司は俺の幼馴染みで親友()()()奴。そして、真弓の(いま)彼氏だ。

 言い回しで察せると思うが、貴司は俺から真弓を奪いやがった奴だ。それが2年前の話で、それっきり二人とほぼ音信不通だった。

 それが突然電話をかけてきたかと思ったらこれだ。イラッとしても仕方ないだろう?


「知らないよ。なんで俺が知ってるって思うわけ?」


 自然と応対も荒くなる。

 

「だって、だってもうあなたしか頼れる人がいないのよ」


 真弓が突然泣き出したのには驚かされた。貴司との浮気がバレての修羅場で不貞腐れていた姿からはとても予想で来ない反応だった。それだけに俺は動揺した。元は惚れた女ってこともある。悪かったと思った俺は声を幾らか和らげた。


「ああ、ああ、分かった。分かったから、事情を話してくれ」



 貴司が二、三日前から行方不明と言うことだった。自分のアパートどころか友人のところにもいない。思い当たるところは全部当たったがまるで手がかりがなかったそうだ。そこで最後に頼ってきたの俺だってことらしい。

 

「警察に相談すれば?」

「いいえ、そんなに事を大事(おおごと)にしたくはないの」


 そりゃ、そうだろな


 真弓の言葉に俺も納得はする。小学生ならともかく大学の3年目ともなれば2、3日居場所が分からなくなったからといって大騒ぎする話ではない。


「だったら、心配せずに待ってりゃいいじゃないか。そのうちひょっこり戻ってくるだろ」

「……だって、様子がおかしかったんだもん」

「おかしかったって、どうおかしかったんだ?」

「……それは……」


 真弓はいい淀み、そのまま黙りこんだ。 


「実家には聞いてみた?」

 

 痺れを切らした俺は別の質問をした。答えはまだ、とのことだった。どうやら真弓は貴司の実家の連絡先を知らないようだった。つまり、二人は未だにそのような関係だと言うことだ。

 ちょっと小気味良かった。


「ねっ、貴司の連絡先を知っているのなら教えて」

「いや、そりゃ、どうだろう」


 答えながら俺は口元が意地悪そうに歪むのを自覚した。

 

「あいつが教えてないのを俺が勝手に教えるわけにもいかないだろう」


 もっともらしい理屈を捏ねながら、貴司に捨てられて泣き喚く真弓の姿を想像して薄暗い愉悦に浸る。


「なんでそんな意地悪な言い方をするのよ」


 恨みがましい真弓の言葉も俺の心をゾクゾクと震わせるだけだった。その後も真弓は諦めずに食い下がってきた。


 なんだこの執着は?

 こいつ、こんなに粘着体質だったっけ?


 それほど貴司が良いのか、と思うとさっきまでの小気味の良さが裏返って腹立たしくなってきた。そして、面倒にも。


「分かった、分かった。俺が電話して聞いてみるよ。

それで、結果を教える。それで、良いだろ?」

「…………… いいよ 」


 大分間が開いてから、ようやく真弓は承諾した。


「分かった。でも、絶対連絡してよ」


 そう言うと電話は切れた。

 俺は、ふぅと息をつくと携帯の電話帳から貴司の実家の番号を探し出した。

 貴司の実家は俺の実家の斜め向かいの家だった。だから、子供の頃はよくつるんで遊んだものだ。小学校だけではなく、中学、高校と同じで結局大学も一緒になった。いい奴だった。気の置けない幼馴染みだ。不幸だったのは女の好みまでが同じだったってことだ。

 そんな事を考えているとガチャリと通話が繋がった。


「夜分恐れいります。俺です。大崎(おおさき)和也(かずや)です。そう、そう、向かいの。

申し訳ありませんがそちらに貴司君いませんか……」


 結果はハズレだった。実家に貴司はいなかった。

 電話を切った俺は少し考える。それを真弓に伝えてこの件を終わりにすれば良いだけだが、なんとなく真弓の言葉や行動が引っ掛かっていた。察するに貴司の奴は真弓と別れたがっているのだろう。そう思うと愉快で堪らなくなった。

 貴司の居場所をネタに真弓を弄るのもいいし、教えてやって修羅場を作ってやるのも面白い。だが、なんにしても貴司の居場所を突き止めなくては話にならない。

 俺は記憶の糸を手繰り、貴司が助けを求めて、それでいて真弓が連絡してこなさそう奴が誰かを考えた。大分考えて、ようやく一人思いついた。

 もう切ろうかと思うぐらい待たされた、さらにやっと出たかと思ったら、声が小さくくぐもってゴニョゴニョと何を言っているのか良く聞き取れなかった。後でかけ直す、と言われてすぐに切れた。

 三分ほどして携帯が鳴った。通知は『加藤(かとう)忠彦(ただひこ)』。まさにさっきかけた相手だった。


「すまんな、焼香中だったんで焦った」


 いきなりそんな事を言われた。


「しょうこう……えっ、葬式に出てんの?

ああ、悪ィ。間が悪かったわ」

「通夜な。葬式じゃない。

つーか、お前は桜井(さくらい)が死んだの知らねーの?」

「桜井って光男(みつお)のことか?」

「そうだよ」

 

 意外な名前が出てきて俺は驚いた。

 加藤も桜井も俺と貴司の高校のダチだ。

 加藤は大学に行かずに桜井は俺たちと同じ大学に行った。俺は大学を中途で止めちまって、その後に貴司や桜井とは疎遠になっていた。だから、桜井が死んだ、なんてのは初耳だった。


「なんでお前の方が知らねーんだ」

「ああ、俺さぁ、実は大学やめたんだよ。それからあいつらと切れちゃったっていうか、さぁ」

「……まあ、色々あるわな。

んじゃ、名倉(なくら)のことも知んねーのか?」

「えっ? 名倉って、健介(けんすけ)のことか?」

「そうそう、あいつもな死んだんだよ。1週間前に葬式出たわ」

「マジかよ。なんで? 同じ事故かなんかに遭ったってことか?」

「さあ、死因とかは教えてもらってない。時期が同じなんで事故かもな。両方とも棺桶の中、見せてもらえなかったからなぁ」


 名倉健介。

 こいつも高校の仲間で大学進学組だった。大学は違っていたがサークル活動で良く一緒に遊んでいた相手だった。

 呆然としている俺とは対照的に加藤はベラベラと捲し立てる。


「俺は、お前は知ってると思ってたぜ。都合か悪かったから恋人を代理で出してたんだと思ってた」

「恋人? 恋人って真弓の事を言っているか?」

「あー、そんな名前だったっけ? 顔しか覚えてないからなぁ。なんにしても名倉の時も桜井の時にも顔を出してたぞ」


 真弓とは高校卒業直前で付き合い始めてたから加藤が顔を知っていても不思議ではない。その後、別れた、というか貴司に取られた事は知らないだろうが……

 それを言うのは抵抗があった。


「でもなぁ、お前、あの女には気を付けた方がいいぞ」


 少し言いにくそうに加藤は言った。だが、その言わんとすることは分からなかった。


「どう言うことだ?」

「いやな、こんなことを言うと気分を悪くするかもしれないがな、あの女、葬式とか通夜なのに真っ赤な服着て現れたんだよ。受付で揉めてもそのまま会場に押し入って、じろじろ見て回ったかと思うとそのまま出ていっちまった。

まあ、目立ってたよ。だから、俺も覚えているんだけどな。

ちょっと頭のネジが外れているぞ」


 その言葉は意外だった。確かに、自己中で、場の空気を読まない発言も多かったが、そんな一般常識もない女だったろうか? それともそれだけ貴司の事で追い詰められ、なりふり構っていられなくなっているのか?


「いや、俺。あいつと別れたんだわ」

「ああ、そうか。その方が良いな。あれは地雷だわ」

「……で、まあ、それはそれとして。

俺が電話したのは貴司の事なんだ」

「貴司? ふんふん、貴司がどうかしたのか……」



 俺は携帯を放り投げるとベッドに横になった。加藤も貴司の居場所は知らないと言われた。まあ、それは残念だったが、俺は名倉と桜井が死んだと言うことに少なからずショックを受けていた。これは偶然なのか、それとも関係があるのか。なんとも心の中がザワザワした。

 なんかもう、貴司の居場所探しなんてどうでも良いや、と思い始めた時、携帯が鳴った。


 見ると、なんと貴司本人からの電話だった。



2021/10/03 初稿

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