最後の日
あらすじであんなにネタバレしてるのに
まだ始まりです。
風呂敷がデカすぎる、、、と設定作りながら思ってます。。
私がこの世界に来てから、もう5年が過ぎた。
始めは推しのいる世界に来れた事が嬉しくて仕方なかった。どこかふわふわした、いつかこの生活が終わるんだろなと漠然と考えていた。
幸い、生業だった料理とそれに付随する知識が異世界での私を助けてくれた。
新しい料理を作るたびに陛下からの呼び出しはあった。ポテチを爆発的大ヒットさせた年からだから
もう何年も前から。
いつもは、料理を振る舞うだけで済んでいた。
王族の誰かと結婚する様に促されては居たが、
後楯の商会のおかげで、のらりくらりとなんとか躱せていた。
だから、今回の呼び出しも、同じだと油断した。
先の問にノーを答えたら、初めて王宮の一室に半ば監禁されてしまった。
陛下の言わんとする事は分かるけど
私はこんな場所で一生暮らすなんて真っ平ごめんです。
身分もなくて、魔法も使えない着の身着のままの私を助けてくれた女将さん夫婦の為にならこの命をかけても良い。
でも金儲けと他国への牽制、政治利用のために
どうして好きでも無い相手と結婚しなきゃならないのよ!!
しかも、推しが、推しがいるこの世界ですよ?
推しと結婚出来なくても幸せに暮らしてるところを
見ながら歳を取りたいじゃないですか!!
そんな状況説明と脳内語りがひと段落ついたのを
見計らったかのようなタイミングで、
コンと控えめにバルコニーのガラスを叩く音に目を向けると
泣きそうな顔をした推しであるニクスがじっと私を見つめていた。
ガラス張りのドアを開くとぎゅっと抱きしめられた。
彼の前では、大人の女性でありたいと願う私は
脳内と建前を使い分ける術を会得していた。
「ニクス。来てくれたのね」
「スミレ、、、すまない。私が考え無しでした」
「陛下からの勅使だもの。無視はできないわ」
「いま、助けます」
抱きしめる手に力が篭る。
「ニクス、聞いて。私はここから出ないわ」
「何故?」
「私が王宮から逃げ出せば、商会や町のみんながどんな目に遭うか、、、だから、ここにいるわ」
「ですがそれでは、スミレが・・・」
「聞いて、ニクス。1週間時間を稼ぐわ。その間にレシピと必要な道具、商会や町のみんなと聖獣の森へ逃げて」
「何故??」
「その日、この国が終わるからよ」
「どういうことです?」
「帝国に攻め落とされるの。王国歴635年4月20日、ヴィルヘイム皇帝は50万の軍を率いて王国を囲み、たった15人の精鋭とともに王宮に乗り込み1時間で陛下の首を取る」
「どうして、スミレがそんなことを、、、また予知ですか?」
「そうよ。ニクスだって帝国の物資の流れを見たら戦をするのか?って思ったことあったでしょ?」
「それは、まぁ、、、ですが王国だと言う決め手は、、、」
ハッと何か思い当たる節があるのか、それきり黙ってしまう。
「そう、あれだけの量を買っていたお米が全く売れない。小麦より安価で関税もほぼ0。そんなお米を帝国が買わないのは、もうその必要が無いから。1週間後には自国になるのだもの」
「先々月の発注が異様に多かったのは、そう言うことか」
ニクスとしてはまだ聞きたい事はありそうだけど、ひとまず納得はしてくれた。
「だから、森に避難して。大丈夫、町の人たちには何年も前からお願いしてあるから。タビーたちか造った町も完成してるし、食料や田畑、家畜、水もあるから暫くは暮らせるわ」
「そこまで準備していたのですか、、、」
「ええ、でも助けられるのは商会と町のみんなだけ。もっと私に力があれば、よかったのにな」
俯く私の顔を両手で包み、優しい紫の瞳と重なる。
貴女のおかげで助かる命がいくつあるか。
耳元でそう囁くと額にキスを落とす。
「…今だから、伝えます。スミレ、ここを出たら、貴女を私の妻に迎えたい」
「ニクス、、、ありがとう。すっごく嬉しい。不束者ですが末長くよろしくお願いします」
ニクスの優しい紫の瞳がスッと細まり静かに涙を流した。
あぁ、この出来事で、ムービーと一枚絵のスチル埋まったな。と脳内アルバムに焼き付けておこう。
何年経っても、イベントは終わらない。
最高か!!!
そんな私の脳内を知らないニクスは、優しい笑みを浮かべて
「あぁ…スミレ。こちらこそありがとう。そうだ、これを受け取ってほしい」
ニクスの涙を指先で拭ってあげると、彼は懐からロイヤルブルーの小箱を取り出した。
パカっと開くと彼の瞳と同じ紫色の石の周りに小さなダイヤが散りばめられた
豪奢な指輪が鎮座していた。
「ニクス…嬉しい。せっかくなら貴方の手で嵌めてくれる?」
喜んでと言葉短に言うと、左手の薬指にそっと嵌めてくれた。
窓からの月明かりにかざしてキラキラと光る指輪に見とれていると
少し赤くなったニクスの瞳がゆっくりと近づいてきた。
その紫色をじっと見つめ返すと触れるだけの優しいキスをしてくれた。
もう少しその温もりとキスを感じていたくて、抱き着いてキスをねだる。
嬉しそうに細められた瞳がまたゆっくりと近づいて唇が重なる。
そうして少しの時間がたち、何方ともなく唇を離す。
そっと頬に手を当てるとニクスの男性にしては白く綺麗な手が重なる。
「必ず生き延びてください」
「もちろんよ。まだやりたいことがたくさんあるもの」
そう告げて、私もこの世界に来てからずっと身に着けていたシルバーの指輪を彼に手渡した。
「肌身離さず持っていてね」
何の変哲もない様に見えるこの指輪がきっと彼を守ってくれるから。
「無論です。常に身に着けておきます」
愛おしそうに指輪を眺めるニクスに
「さぁ、そろそろ戻って。誰かに見つかる前に」
「一週間後に必ずお迎えにあがります。決して、無茶はしないように」
と告げると、私の指輪にそっとキスをして夜の闇に紛れてしまった。
さて、これで私に万が一があっても大丈夫ね。
私、木之崎すみれは、史上最多DLの乙女ゲーム。
初恋のマリア〜運命の恋とわたしの王子様~
の結末を唯一知る存在。
だからニクスのことは放ってはおけない。
それから毎日、王太子のデイヴィスとわたしが住んでいる領の領主子息、シルヴァンが説得にやってくる。
この生活を終わらせるためにも陛下かデイヴィスかシルヴァンを選べと。
私はノーを貫き、食事もあまり摂らずふさぎ込んだ様に振る舞う。
心配してくれる彼らには申し訳ないけれど…
一番の推しを救うにはこのルートしかない。
…彼らを犠牲にして。
私は、人々が褒めそやすような聖人君子ではない。
この世界に来て願ったのは、推しを救いたいということだけ。
だから商会に、彼に一目置かれる存在であるために
前世の知識でこの国の根本的な問題を解決するレールを敷いた。
料理を開発して、無償で国中で流行らせ庶民の生活を救った。
美食大国と呼ばれるまでに料理人も国民の舌も育てた。
でも、こんなに頑張ってもこのルートは初回ではハッピーエンドにはならない。
何故なら、これから起こる戦の鍵を握る帝国の皇子に出会っていないから。
そう、初期で出会う恋愛対象キャラは6人。
一度クリアして、隠しアイテムとルートを経ていなければならないから
隠しキャラの皇子には出会えていない。
私はどうあっても、この世界で彼とは結ばれない。
でも、そんなことどうだっていい。
デイヴィスとシルヴァンに討ち取られてしまうエンディングを迎えるより
よっぽどいい。
ニクスendは少し複雑で、戦争を生き延びた主人公は病で命を落とす。
後日談はニクスが聖獣の森で暮らしていて、生まれ変わった主人公に出会い私が大人になるまで見守ってくれる。
それができるのは、彼に流れる古い竜の血のおかげ。
16回目の誕生日に今日みたいにプロポーズをしてくれた。
生まれ変わった私が、この指輪を持っているから。
そう、エンディングを迎える為だけでなく
ゲームのシステム自体がレベル上げや探索を推奨している初マリはめちゃくちゃにやり込み要素が深いのだ。
周回が大変とも言う。
さて、話しを戻すと明日、日が昇り沈む頃には、、、
◇◇◇◇
その日は雲一つない晴れた空。
初夏のさわやかな風が吹き、戦が起こるなんてだれが想像するだろう。
お昼を少し回ったころ、私のいる離宮にもがやがやと大勢の人の声が響いてきた。
ノックもせずにメイドが血相を変えて飛び込んできた。
「お逃げください。帝国が、攻めてきました」
簡易なワンピースにショールを羽織ったままの姿で数人の護衛とともに
隠し通路に向かう。
離宮の裏手にあるバラ園にたどり着いたときメイドが声もなくが倒れた。
「副団長、ここにも逃げる輩がいます。護衛を連れているので貴族か王族かと」
ざっと私の前に護衛騎士が回り込み、お逃げくださいと言うとともに
敵国の騎士に挑んでいった。
ごめんね。と心で謝り振り向かずに私はバラ園を進む。
ちょうど半分を過ぎたあたりに彼は居た。
太陽を思わせる赤の混じった金糸に赤の鋭い瞳。
この物語の隠しキャラ、敵国の皇子…アポロ・ランカスター。
おかしいな、今頃は王太子と戦ってるはずなのに!?
どうして、ここに??
「貴様が噂に名高い、女神様とやらか?」
め、女神???
あ、これは人違いにちがいない!
「全くもって、女神ではありません。ただの人間ですので、失礼します」
彼の横をそそくさと通り過ぎようとした刹那、ものすごい力で手首を掴まれた。
「そうか、違うのか。貴様は何者だ?利用価値があるならば今しばし生かしてやる」
「何者、、、ただの平民です。事情があって離宮に閉じ込められてました!そんな訳で
お家へ帰る途中です!」
明るくハキハキと返すと少し面食らってからくつくつと笑い出した。
「異世界から来た娘とは、皆このようにおもしろいものなんだろうか」
彼の言いたいことがわからず?を浮かべながら次の言葉を待つ
「貴様、スミレだろう?この国の庶民に絶大な人気を誇る、飢えから国を救った
女神様なんだろう?・・・その髪色と瞳、以前に腹をすかせた俺にポテチを振る舞ってくれたのは貴様だろう」
…!?ポテチを振る舞った??
そりゃあ、色んなところで振る舞ったし旅人にも宣伝してほしくてタダで配り歩いた
けど、こんなイケメンいたかな??
。。。。さっぱり思い出せん。
「思い出せないのか」
「あー・・・えぇとぉ~」
さっぱり思い出せない私に仕方のない奴だといわんばかりに
「帝国と王国の堺で崩落の事故があったろう。騎士の訓練中だった俺はその事故に巻き込まれた。どうにか地上へ這いあがったものの三日間も飲まず食わずで意識を失いかけた俺に
たまたま通りかかったお前がくれたではないか」
「!!!ありましたね。ポテチと私のサンドイッチを全部平らげた・・・食べるだけ食べて気を失うんですもん。でも、すぐに従者の方が迎えに来てくれて一件落着でしたよね?それなのになぜ?」
「なぜ?とは??」
「え?私のこと殺しに来たんですよね?」
「騎士の心得があるこの俺がそんな真似をすると?」
「え、でも王国乗っ取るんですよね?」
「それは皇帝がお決めになったことだ。俺は貴様に用がある」
「ポテチですか?」
「帝国にはレシピを売り渡さなかったからな、おかげで手に入れるのに苦労したぞ」
「その腹いせに私を討ちにきたんですか」
「そのような些末なことはどうでも良い。貴様を俺の妻として迎えるために来た」
な、なんですって!?まって、一週目からアポロ√解禁とかおかしいでしょ!!
「なんだその顔は。喜べ未来の皇后になれるのだぞ」
「え、待ってください。そんな勝手に決められても困ります。それに私、婚約者がいますし」
ビリリと纏う空気が変わった。
「ほぉう、婚約者が。そんな報告は上がっていなかったが…」
「しょ、諸事情ありまして最近ですけどね、結婚が決まったのは」
「あぁ、その指輪か」
そう言って掴んだままの腕にまた力が籠った。
暫く膠着状態が続いたが
「殿下、制圧完了です。陛下が勝鬨を上げられました」と騎士の一言でぱっと表情を変えるアポロ。
「そうか、ならばここにはもう用はない。行くぞ」
そう言って、聖獣を召還すると私を抱き上げあっという間に空へ浮かぶ。
「いや、離して。私は、帝国になんて行きたくない。彼が迎えに来るの、だから下して」
「黙れ。貴様の命は今から俺のものだ。俺から逃げられると思うなよ」
「嫌よ。貴方のものにはならない」
「はっ、この状況で貴様に何ができる?」
そう、帝国にも王国にも秘密にしている私の聖獣を呼ぶわけにはいかない。
王宮に上がる前に何があっても来るな、森へと避難してきた皆を守るように制約を交わしているから呼び出せないけれど。
悔しくて唇を噛む私を見て勝ち誇った笑みを浮かべる。
ニクスは竜の制約があるから、王国から離れられない。
そうか、このまま攫われるしかないのか。
生きていれば、また彼に会えるかな。
でも、この男に初めてを捧げて、子を産むことになるなんて、、、ゾッとする。
がっちりと腰に回された手を振りほどく力は無い。
もう、私がやるべきことは一つしかない。
元々そのつもりだったし。
ポケットの中の小瓶の存在をそっと確かめる。
隙を見て、この毒を呷る。
「あぁ、もう帝国の領土が見えてきたな。これからお前が暮らす土地だ」
帝国の首都からは少し離れた街が見えてきた。
豊かな国だけあって街の規模も大きいし、活気にあふれれている。
こんな形でなく帝国に来たかった。
「帝都へはまだしばらくかかる。そのまま大人しくしていろ」
先ほどまでの怒気は鳴りを潜め、少しだけ優しい顔で私に言い聞かせる。
特に何を話すでもなく、流れる景色を眼下にしばらく走る。
私はニクスのことが気がかりでならない。
指輪のある限り、厄災の竜にはならないけれど
彼がどんな行動に出るかは予想がつかない。
それに、一週目からアポロに出会ってしまったから
この先のストーリーは私の知らない世界が始まっている気がする。
貰った指輪をぎゅっと掌に包み、心を決める。
アポロが目を閉じたのを見計らい、そーっとポケットの小瓶の栓を抜く。
俯いて小瓶をそっと手に取る。
ニクス、愛しているわ。さようなら。
中身を急いで口の中に流し込む。
リュカにお願いしてフルーツの味をつけてもらったから
咽ずに飲み込めた。
これで暫くすれば、眠るように逝けるはず。
即効性のその毒は私の視界を少しずつ奪ってゆく。
視界がぼやけて、意識が遠のく。
死ぬのって案外怖くないのね。
眠るときと同じね。
最後に私が見たのは、赤い瞳が焦る風もなく勝ち誇った様な顔をした
アポロだった。
お生憎様。貴方の妻になんてならないわ。
さようなら!
これで木之崎すみれとしての人生が終わって
生まれ変わってニクスと出会えるんだ。
読書置いてけぼり感がスゴイ。
読んでくれて、ありがとうございます。