93話
この場所は、王都でも一番端っこの壁沿い。ちょっと治安の悪い場所を抜けたその先にある。
フェンリルに気が付いた治安の悪い場所に住む人たちが距離をとって逃げ出したけれど、警備の兵や騎士や冒険者の姿はない。もしかしたらサージスさんが討伐に向かった場所に多くの人が向かっていて、王都にはあまり兵たちが残っていないのかもしれない。
助けが来ることを期待しても無理そうだ。
『ぐるるるる』
【懐かしい匂いがする】
へ?
文字?
まさか……。
「懐かしい、匂い?」
昔食べた人間と、私と同じような匂いがするってこと?
それとも、久しぶりに嗅ぐ人間の匂いって話?
ううううー。そうだよ、フェンリルはダンジョンに普段はいて、人間と遭遇しないんだよね?強いモンスターばっかりが出るダンジョンのしかも奥に住んでるから、めったに冒険者もやってこないんだよね?
そりゃ、懐かしい人間の匂いでしょうよ……。
『ぐる?ぐるるる?』
【人間、我の言葉が分かるのか?】
はい?
ジャパニーズアイが、翻訳してる……どういうこと?
恐る恐る、もう一度顔を上げてフェンリルの顔を見る。頭だけで、大人の人間くらいの大きさがある。
【日本狼:絶滅種】
は?え?
日本狼?
絶滅種?って、日本狼って何?狼の種類?っていうか、フェンリルじゃないの?モンスターじゃなくて狼?訳が分からないっ。
「あの、フェ、フェンリルさんですよね?日本狼とかじゃないですよね?」
『ぐるる、ぐるるる』
【ほう、日本狼か、懐かしい言葉だな。ところで、食っていいか?』
く、食う?
やっぱり、そうだよね。会話が成立したとしたって、食べるよね?逃がしてって言ったら逃がしてくれるのかな?
『ぐるーるるるる』
【礼はする。だから食わせろ】
礼はするって、私が死んだら礼もなにも、あ、そうだ。私のことは食べてもいいから、お礼に街を襲わないでって頼もうかな?
ぱくりっ。
うひゃーっ。頼み事する前に、めっちゃ大きな口が、私の右手にかみついた。
いや、噛まれて、ない?
ぷっと吐き出すように私の腕はフェンリルの口から出された。
不味かったのかな?
『ぐる、ぐるるる、るるる』
【もうないのか、全然足りぬ】
へ?
足りないって、食べられてないよね?
と、さっき食べられそうになったよだれまみれの右手を見る。
あ。持ってたキビで作った団子がない。
「あの、もしかして、これのこと?」
雪平鍋に入っている、団子状に丸める前のキビの練ったものを見せる。
『ぐるるるるる、ぐるんるんぐんるん』
えーっと、ジャパニーズアイが発動してないけれど、フェンリルのしっぽがブルンブルンと大きく揺れている。
喜んでる?
【ワンワン、クゥーンクゥーン。ワンワワワーン】
まって、言葉になってないよ……。
いや、それより、えーっと、急いだほうがいいよね。ぼたぼたと頭の上によだれが……。せっかく昨日湯あみしたのに……。よだれまるけになっちゃう。
えっへん。
鬼退治っていえば、必要なメンバーでしょう!
キリッ
って、唐突に思いついて寄り道をしている。
モフモフ大事。