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「ひ……」
日が陰ったのではない。ドラゴンの落とした影の下に私がいたのだ。
ど、ど、どうしよう。ドラゴンが現れたなんて……。
シャルを起こす?
恐怖で震えが止まらない。
また助けてと叫べばフェンリルは来てくれるだろうか。
いやでも、フェンリルとドラゴンはともに伝説級と言われる最強モンスターだが、対決すると空を飛べる分ドラゴンが有利だろうと昔神父様が言っていた。
フェンリルは、私たちを助けてくれたのに、ドラゴンと戦えばフェンリルが危険になるっていうことだよ。
恩人を危険にさらすようなこと、できない……。
ごくりと、小さく唾を飲み込む。
そのすぐ後に、ごくりと、大きな唾を飲み込む音がした。
それは、まるでお城の塔のように大きなクビをしたドラゴンの喉がなった音だ。
食べられちゃうのかな……。
ぎゅっと両目をつむる。
ブワサッブワサッと、羽ばたきのとてつもない大きな音。その割に、強風が打ち付けることもない、足元から少しだけ風が舞い上がって来る感じはするけれど。
これって、こちらに向けて風が吹き付けないような羽ばたき方をしているってことだよね。
しばらく羽ばたき音が続く。
えーっと、うーんと。いったい何が起きてるの?音がすごく近くに聞こえる。目を開けたら、大きなドラゴンの顔が私の手が届くような位置にいそうだ。
怖い。
私、やっぱり食べられちゃうんだよね?美味しそうかどうかチェックしてる?
「た、食べるなら……一思いに……どうぞ……」
じりじり待たされる方が怖さが増すので、ぎゅっと両目をつむったまま、身を固くして縮め、覚悟を決める。
ばさぁっと、一段と大きな羽音に、今までと違う動きをしたことに気が付く。
だけれど、私の体に変化はない。ドラゴンの口に入っている気はしないけれど……。
「あ!」
慌てて振り返って、シャルが寝ている場所を見る。
私よりもずっとシャルの方がおいしそうだ。すごく綺麗なんだから。いや、おいしそうって基準が綺麗かどうかだったらだけど。お肉がいっぱい食べたいと思うとガルモさんみたいな人の方がおいしそうに見えるのかな?って、どんなことはどうでもいいよ。
シャルは無事なの?
シャルの姿があるのを確認してほっと息を吐きだす。
よかった。無事だ。
その瞬間、今までとはちがって、たっていられないくらいの風が体に当たる。
2,3歩よろめいて何とか倒れずに踏ん張ると、その風はすぐに弱まり、太陽の光が頬に当たる。
今まであったドラゴンの影が無くなった。代わりに、強い風であたりの灰が舞い上がって、煙っている。