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ひどい。ひどい。
テーブルの上から、リンゴを両腕に抱えて、男の子の元へと走る。
「何を、聖人様」
私は聖人なんかじゃない。様をつけられるような人間じゃない。だけど、ずるい私は、今、それを利用させてもらう。あとでお金はちゃんと払うから……。今は、ただ……。
「ぬ、盗むつもりは……」
男の子がおびえて地面に座りこむ。腰に張り付いていた小さな子が目に涙を浮かべてる。
「ぼくたち、盗みだけはちない……死んだママと、約束ちた」
「何を言ってる、現に今リンゴを盗もうとしたじゃないかっ!」
怒声を浴びせる男を睨み付ける。
「いいえ、僕は見ていました。あなたはそのリンゴを投げ捨てた。餓鬼に向かって投げ捨てた。地面に落ちて転がっている捨てられたリンゴを手にするのを盗むとは言わない」
「いや、確かに投げたが、捨てたわけじゃ……化け物を退治しようと」
もごもごと言い訳を口にする男の人をもう一度睨み付ける。
シャルが私の隣に立った。
「変な趣味だね。投げ捨てたんじゃないとすると、地面に一度投げて土まみれになった肉を食べるのが趣味?じゃりじゃりした食感が溜まらないとか?落とした食べ物じゃないよ、故意に投げた食べ物だよ?普通はそれは捨てるって言う行為だと思うんだけど、あなたは違うの?ねぇ?だいたいさ、わざわざテーブルの上に食べ物を用意しろって話が分かんないの?ねぇ?地面に投げ捨てた食べ物でどうにかなると思ってるとしたら、相当頭が悪いか、あなたの常識的な食事風景がよほど奇抜かどちらかだよね」
シャルが男性に詰め寄る。
シャルの言葉にハットする。常識的な食事風景……。
「ご、ごめんなさい……僕、そのあなたはそれなりに裕福なのかと。それで普段からもしかしたら使用人に横柄な態度で食べ物を投げつけて拾って食べる姿を見て笑っているのかもなんて勝手に想像しちゃって」
男の顔が青くなる。
ひそひそと周りにいる人がささやき合っている。
「そうじゃないんですよね。きっと。逆に、落ちた食べ物1つでも大切にする人で、……もしかすると、小さなころとか若いころに食べる物に困って……そうして、リンゴ一つでも大切なものだから、だから盗まれたと思ってしまった……。その大切なリンゴで、街の人たちが一刻も早く餓鬼たちの恐怖から救ってあげたいと……なんて優しい人なんでしょう。それなのに、僕は……」
男の顔がますます青くなる。
「でも、聞いてください。化け物と呼んでいる……餓鬼も同じなんです。元は人間だった。飢えて食べる物が無くて亡くなり……どういう経緯かは分かりませんが、ゾンビやスケルトンのように化け物と呼ばれる姿になって表れた……しかも、死んでもなお、飢えに苦しみ続けて食べ物を求めてさまよっているんです……。だから……だから……」
胸にリンゴを抱えたまま、しゃがみ込んでいる少年の元へと持って行く。
「ねぇ、あの男の人の言っていることも本当なの。これはね、あの餓鬼にあげるための食べ物なの。餓鬼はね、お腹が空いて死んじゃった人で、まだお腹が空いて苦しんでるの。だから、食べさせてあげて」
少年が私の手渡したリンゴと餓鬼を見比べる。
ごくりと小さく喉をならした。
この少年自身もお腹が空いているだろう。