138
「城に飛ぶよ。見える影は塔んとこだから、しっかりつかまって」
シャルの手を振り払う。
「シャルは護衛の仕事があるんでしょう?行って。僕は僕の戦場に行く」
「は?何言ってんの?戦場とか、リオは戦えないでしょう?兵でも冒険者でもないんだから」
そう。確かにそうだ。
私にできることは、お腹を空かせて苦しんでいる餓鬼に食べ物をあげることだけ。
でも、それで逃げている人たちも助かるなら、城に何て行っているひまなんてないよ。
部屋の中を見渡すと、小さなテーブルの上にティーセットが載っている。
お皿の上にはお茶菓子としてクッキーが何枚か載っていた。
「あの、クッキーください」
女の人に話しかける。
「ええ、もちろんいいわよ。シャルのお友達だもの」
嬉しそうな顔を見せる女性。
「何?お腹が空いてるなら城にだってあるよ。行くよ」
クッキーを手に取りると、シャルに手首をつかまれた。
「離して、僕は城に行かない」
「いやだ。リオと離れるつもりはないっ!」
シャルの手に力が入る。
「シャル……」
離してともう一度口にできなかった。
シャルがとても傷ついた顔をしているから。
「あらあら、シャル、だめよぉ」
きれいな女性がシャルを後ろから抱きしめるように抱え、そして私の手首をつかんでいるシャルの手の指を1本ずつ開いていく。
シャルが今にも泣きだしそうな顔をしている。
私が離してと言ったからなのか、シャルが女性にだめだと言われたからなのか。
「シャル、女の子には優しくしないと、嫌われちゃうわよ」
ふふふと女性は笑ってシャルの背中をとんっと押して、楽しそうに笑った。
え?
女の子って、私のこと?シャルはあの女の人に性別を教えてたのかな?それとも見て分かった?
首をかしげる。
シャルが女性の顔をちょっとにらんで顔を真っ赤にした。
「う、うるさいなっ!」
「あははは、シャルが本気で怒るなんて珍しいわね。ふふふ、城に行きたくないなら、いつまでもこの屋敷にいて構わないわよ。ごゆっくり」
ぱちりと、綺麗なウインクを残して女性がドアに向かう。
「あの、クッキーありがとうございました」
女性にお礼の言葉をかける。
「あら、いいのよ、あれくらい。他にも欲しいものがあったら遠慮なく言ってね」
女性が振り返ると、ふわりといい香りが鼻をつく。
「そんなに、甘えるわけにはい……きま……」
口に出そうとした言葉を飲み込む。
ガルモさんの言葉を思い出した。
女性が部屋を出てぱたんとドアが閉まるのを、ぼんやりと見送る。
私、またやってしまった。
シャルに甘えている。
シャルの手をぐいっと両手で握る。
「シャル、あそこに連れて行って」
指さす場所は、街のど真ん中。露店がならんでいつもなら人々が買い物でにぎわっている場所だ。
今は、餓鬼が無数徘徊していて、人の姿はない。
「何を言って」
ぎゅっとシャルの手を握る手に力を入れる。
手を握るのと、握られるのって、違うよねー。たぶん。
それなりの年の女性からすればすぐに見れば男女の違いなど分かるのである。