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「自分を大切にすることを忘れるくらい辛くて悲しいことがあったの?」
『ガガガグ』
【ちょうだい】
お腹が妙に膨らんではいるけれど、手足は骨のように細い体。
違う。
自分を大切にしようとしても、食べるものがなかったら生きていられない。
食べるものが手に入らなかったのかもしれない。
【餓鬼:餓鬼道に落ちた人間の変わり果てた姿。常に飢えている。手を伸ばしてもすべてを焼き尽くして何も食べられない】
ああ、なんてこと。
ずっと食べ物を求めてさまよわないといけないということなの?
私の足元にはぐつぐつと美味しく煮えているちゃんこ鍋。
カップにすくって餓鬼に差し出す。
「お腹が空いているのね。あげる。ねぇ、手を伸ばしても焼き尽くしちゃうなら、じゃぁ、口を開いて上を向いて。そうしたら、口の中に直接入れてあげるから!」
相手は鬼だ。
厄災だ。
そんなことも忘れて、つい、何か食べさせてあげたくなってしまった。
だって、私はまだ攻撃されているわけではない。
鬼が全部悪者だっていうことも知らない。
もし、これで悪者で、私が襲われたら、きっとシャルに怒られるだろうな。
自分を大切にしなさいと言ったと両親にも怒られるかもしれない。
『ガガガグガ』
【ちょうだい】
でも、見えるの。
餓鬼の言葉が見えるの。殺してやるでも死ねでもなくて……。ちょうだいとだけみえるの。
【ちゃんこ鍋:相撲部屋により味付けは様々】
ぐつぐつ煮えている鍋に表示される文字。
そして、私が差し出したカップの中にはそのちゃんこ鍋という料理が入っている……はずなのに。
【施餓鬼:救抜焔口が木陀羅尼経に由来する】
餓鬼の文字が。
何?全然意味は分からない。
意味どころか、どうやって読むの?
驚いて文字に注目していると、ふっと鼻をつく死臭が、花の香りに変わった。
匂いの元である餓鬼に視線を戻す。
え?笑ってる?
口元が緩んだように見えた。
「おーい、取って来たぞ、器になるだろう」
背後からガルモさんの声が聞こえて振り返る。
ガサガサと揺れる木々の合間から、ガルモさんの姿が見えた。
両手いっぱいに、げんこつよりも少し大きな木の実を抱えている。
【くるみもどき:日本にはない】
くるみもどき?
日本って何?地名?
「大丈夫だったか?モンスターとかは出てないか?」
ガルモさんの声に、餓鬼に目を向ける。
「あれ?」
いない。消えてしまった。
ガルモさんの姿を見て逃げたのかな?
首をかしげる。
「さて、この木の実はな、こうするんだ」
ガルモさんが両手に抱えていた実を地面に落とし、一つを拾い上げて両手でふんっと力をいれて2つに割った。
「真ん中に切れ目みたいなものが見え、どうやらそこからきれいに2つに割れるようだ。
中に入っているカリカリっとした実を指で穿り出すと、半球状の器の出来上がりだ。
「底が丸くてテーブルに置くことはできないが、臨時の器としては十分だろ?」
作ったばかりの器を一つ手渡される。
固くて、そこそこ丈夫だし、大きさも両手に収まるので使いやすそうだ。
いつもありがとうございます。
しばらく姿を消すよ。
ちょっと悲しい人たちが出没してるから、逃げます。
つまり「毎日手動更新やめる」「予約投稿に切り替える」です。
これ、読むほうは全然違いも何も感じないかもしれないけど、書く方は大きく違うんだよ。
じゃ、今から予約更新しておくね。