遠い町を夢に見る
煩い目指し時計をはたき落とした痛みで目を開ける。
見慣れた天井、スマホで確認すればいつもの水曜日。
寝ても疲れの取れない重い体を引きずって私は布団から這い出した。
眼鏡を掛け、着替えながら昨夜の夢を思い出す。
最近、遠い町を夢に見る。
どういう訳か、決まってフランスの街を歩いている夢だ。
小洒落た店、流麗な書体の看板、素焼き煉瓦の舗装道。
どこの町かはよくわからない。
私は海外旅行に行った事もなければ、観光地の写真集を読む趣味すらないからだ。
だから、フランスだと言ったのは自分の勝手なイメージだ。
夢の中の私はそこで何をしているかと言うとーー何もしていない。
フラフラ歩いて店を軽く覗きこむ程度だ。
それでも店内は見えない。
ブラインドが下され、closeの看板が入り口に置いてあれば当然だ。
そう、何故か“夜の”フランスの街の夢ばかり見ているのだ。
カフェの屋外席は暗く沈み、パラソルは弾く陽もなく不気味に垂れて佇んでいる。
折角なら明るい時間の賑わっている様子が見られればいいのに。
香り立つコーヒーを啜り、甘く柔らかなケーキを口に運ぶ。渡る風に髪がなびく。
そんな夢だったら、仕事に疲れた私の気分転換になるだろうに。
あぁ嫌だ。仕事なんて考えたくない。
それでも、生活するには今の仕事にしがみつかないといけない。
また理不尽な事で怒られるのを分かっているのに進むしかない現状。
そして自分も誰かに同じ事をしているのではという不安。
気が滅入りそうだと呟きながら、なんとか朝食を準備して座る。
トーストを齧りながら朝刊の地域の欄を見ると、市内を夜な夜な徘徊する謎の人物がいるという記事があった。見回り中の警官が声を掛けようとすると逃げ出したので、素性はおろか、行方もわからないという。警察は行方を追っており、近隣住民にも注意喚起がされたらしい。奇妙な人がいるものだ。
のんびりしていると、出発の5分前を知らせるアラームがけたたましく鳴り、危うくトーストのかけらを気道に入れそうになった。
慌てて残りの朝食を牛乳で流し込み、身だしなみを整えジャケットと鞄を掴んで家を出る。
駐輪場へ向かう道中、脚の違和感に気がついた。
やたら突っ張った感じがする。そう、筋肉痛に似た嫌な痛みだ。
深く考える時間はない、大人には不調なんてよくある事だと一蹴して私は自転車に跨った。
家を出る時、乱暴に閉められた玄関扉。
その反動で乱雑に積まれた新聞の山から半年前の地域情報誌がぱさりと床に落ちた。
その表紙には素焼き煉瓦で舗装され、小洒落た店が立ち並ぶ通りで微笑む店長たちと「フランスの町と姉妹都市協定」「フランス風の通りを整備」の文字が踊っていた。
数日後、私は夜の近所の町で警察に保護された。
夢の正体を知り、虚脱感の中で労災保険の事を考えた。
交番の嫌に眩しい蛍光灯が目の奥をチリチリ焼いて悲しかった。