74.シンジュクダンジョンブルース
なんでレス番自動割り振りが欲しかったかというと、掲示板ネタであとからやりとりを書き加えると、高確率で「それより下のレス番全部打ち直し」になるからなんですよ!
台詞を一個増やすためだけに死んだ目で100個の数字書き直してると、「やっぱつれぇわ」ってなりますからね!
(――チッ! 気味の悪いダンジョンだぜ)
部屋の中心に魔力濃度測定器を設置しながら、俺は心の中で悪態をつくのを止められなかった。
冒険者を志すも夢破れて、協会専属のダンジョン調査員になって数年。
仕事で様々なダンジョンを調査してきたが、ここまで異様なダンジョンを、俺は一度も見たことがなかった。
外観は、地下エリア型。
元の地下空間をモチーフにダンジョン化した、シンジュクでは割とよく見るタイプのダンジョンだ。
ただ、問題はその中身にあった。
「……ほんと、リアルすぎんだよ、まったく」
俺の目の前にあるのは、モンスターを象った彫刻。
ほかのダンジョンにも、モンスターを象った像が存在する場所はあった。
ただ、このダンジョンのそれは、あまりにもリアルなのだ。
(初めて見た時、本物のモンスターかと思って警戒しちまったくらいだもんなぁ)
というより、全く動かないことを確認してもなお、本物の魔物なのではないかという疑いが捨てきれなかった。
ただ、恐る恐る触れてみるとその肌は冷たく硬質で、そこでようやく生きた魔物ではないと確信できた。
(しかし、マジで訳分かんねえよな)
あまりにリアルな造形だが、材質は不明。
質感としては金属に近いが、この世界のいかなる金属とも違う性質を持つ。
また、元Bランク冒険者であるこの調査隊のリーダーが、数多の魔物や壁を壊してきたというハンマーで殴っても全く歯が立たなかったのだから、ダンジョン側が「壊せないもの」として作ってあるのは間違いない。
そんな不気味な彫像が、ダンジョンのいたるところ、数十個にもわたる数設置されているのだ。
そして、もっと不気味なのが……。
「……魔物、出ませんね」
道中に、魔物が一匹も出ないこと。
進んでも進んでも、出てくるのは「魔物の彫像」ばかりで、本物の魔物が一切姿を現さないのだ。
(予備調査の結果じゃ、普通のダンジョンって書かれてたじゃねえか! 適当な仕事しやがって!!)
こういう調査の場合、通常は事前に冒険者が小遣い稼ぎにダンジョンに潜って予備調査を行う。
ただし、自由奔放な冒険者たちが、こういった調査を真面目にやるかというと、必ずしもそんなことはない。
ひどい場合には入口から中だけ覗いて、適当な調査結果をでっちあげるものも多いという。
(ちらっと中を覗いて、彫像を魔物だと勘違いして適当な報告をあげた、ってとこか? くっそ、恨むぜ)
不気味なおさまりの悪さを感じながらも、俺たちは先に先にと進み続ける。
まるで本当に生きているような、普通に動いている瞬間を切り取られたような、不気味な彫像。
その彫像の合間を縫うように俺たちは進んでいき、ついに「そこ」に行きついた。
「これは……!」
そこは、明確なダンジョンの最深部だった。
そしてそこには、これまでと同じ、いや、それを超えた異常が広がっていた。
「……オーク、ジェネラル」
通常のオークやハイオークなどとは桁の違う戦闘力を持つ、正真正銘の怪物。
人知を超えた巨体が、天に向かって吼えるように上を向いている……ように見えた。
(ここまで、やるのかよ)
だが、違った。
ここではボスモンスターすら、「作り物」だった。
まるで生きているように、今にも動き出しそうに見えるが、その大きな足に触れても一切の熱は感じられず、叩けばただ硬質な感触だけが返ってくる。
そして、最深部にあったのは、それだけではなかった。
「……ボス宝箱、か」
俗に「ご褒美箱」などと呼ばれる、ダンジョンのクリア報酬。
ダンジョンによってはボスを倒さないとご褒美箱が出なかったり、特定の手順を踏まないとボスが出なかったり、そもそもご褒美箱がなかったり、と色々あるが、このダンジョンはそのどちらでもないらしい。
「――準備しとけ、開けるぞ」
リーダーの声に、我に返った。
ダンジョンは、甘い場所じゃない。
莫大な報酬は、常に危険と背中合わせに存在する。
一切の戦闘もトラップもなくご褒美箱が手に入るなんてことは、今までの常識からすると絶対にありえない。
「危険です! 罠の可能性が……」
「だからこそ、だろうが!」
リーダーの一喝に、ハッとする。
Dランクダンジョンに潜るのは、まだ初心者を脱し切れていない冒険者たちだ。
だから、危ない場所こそ調べなければいけない。
そんな調査員として当たり前の精神を、俺は見失っていた。
「……やりましょう」
俺の言葉に、リーダーはニッと男くさい笑みを浮かべると、宝箱に向かって大股に歩いていく。
もしかすると、あの箱を開けた瞬間、ダンジョンボスが……。
いや、ダンジョン内の全ての彫像が動き出し、襲ってくるかもしれない。
――でも、それで構わない。
俺たち調査員の使命は、そんなダンジョンの危険性を、自分たちの手で解き明かすことだから。
「――行くぞ!!」
リーダーが大きな声を上げ、宝箱に手を伸ばす。
その武骨な手が宝箱の蓋にかかり、豪快にそれを持ち上げて……。
※ ※ ※
……結果から言えば、ご褒美箱を開けても何も起こらなかった。
彫像は彫像のまま、ご褒美箱には一般的なDランクダンジョン相当のお宝が入っていて、俺たちは五体満足でお宝を抱えたまま、ダンジョンを脱出出来てしまったのだ。
異例続きのおかしなダンジョン。
狐につままれたような顔のまま、ダンジョンの入口を振り返っていると、リーダーがぽつりと口を開いた。
「……もしかすると、こいつぁダンジョンの神様からの、粋な贈り物って奴かもしれねえな」
「なんですか、それ」
普段冗談なんて言わない堅物から出た思わぬ言葉に、俺はふっと吹き出してしまった。
「けどよ。現にオレたちは、なんの戦闘もせずに宝だけ持って外に出てこれた。それに……」
そう言ってリーダーが示したのは、一番初めに仕掛けた魔力濃度測定器。
魔物が出てこないこともおかしかったが、不思議なことは実はもう一つあった。
あのダンジョンの魔力濃度が、時間を置いても変化を見せなかったことだ。
本来、ダンジョンは魔物を生み出さないと魔力濃度が上がり、やがて危険な魔物が生まれるはずなのだが、このダンジョンは「まるで見えない魔物に魔力でも送っている」かのように、ダンジョン内の魔力濃度は一定のまま、増えることがなかったのだ。
「こんなもん、偶然で起こるはずがない。だとしたら、このダンジョンは最初から『そういう風』に作られたって考える方が、あたりまえ、じゃねえか?」
「それは……」
堅物なリーダーには似合わない、夢見がちとも言えるようなその発言。
でもなんだか、その言葉はすんなりと胸の中に入ってきた。
(……そうだ、な)
どうせ、ダンジョンは元から訳の分からない場所だ。
だったら一度くらい、信じてみてもいいのかもしれない。
(――「ダンジョンの奇跡」って奴を、さ)
こうして、ダンジョンの調査が俺たちの手を離れた、その後。
リーダーの言葉を裏付けるかのように、三度もの再調査を経ても、そのダンジョンから魔物が湧き出ることはなく……。
俺たちが遭遇した奇跡のダンジョンは、やがて「シンジュクボーナスダンジョン」と呼ばれるようになり、多くの初心者冒険者に愛されることになったのだった。
ダンジョンの神秘!!