73.調査依頼
おや? こうしんじかんの ようすが・・・
――ダンジョン調査依頼。
それは、冒険者協会が冒険者に出す仕事で一番ありふれたものらしい。
内容はごく単純で、「新しく発見されたダンジョンに潜って、中に出てくる魔物の種類や数を報告する」だけ。
なぜなら、これは言ってみれば予備調査。
俺たちが調査したあとで、その調査報告を基に正式な調査チームが派遣されて、詳細な調査は彼らがやるのだ。
「……と、いうのもですね。ここだけの話、基本的に調査専門のチームはそんなに戦闘は得意じゃないんですよ」
意外とおしゃべりな受付さんが話してくれたのは、そんな裏事情。
「もちろん、ダンジョンに行く調査チームはそのダンジョンに見合った戦力のチームになりますが……」
今ダンジョンについている仮ランクは、あくまで入口から計測器で算出したもので、単なる目安。
想定よりも強い魔物がいたり、悪辣な地形や罠などが待ち構えていて、実際の危険度はもっと高いこともある。
「だから、まずはそのダンジョンの仮ランクよりもランクが上の冒険者の方に、大まかな危険度を測ってもらいたいんです」
今回の調査対象になったダンジョンの仮ランクはDで、俺たちの冒険者ランクはB。
そういう意味では、十分に要件を満たしていた。
「あとは……索敵に役立つスキルなんかを持っていたら、最高なんですけど」
そう言って、受付さんがちらっと俺を見たので、俺は戸惑いながらも口を開いた。
「あ、それなら探知魔法が使えますよ」
「ほんとですか!」
そこからの受付さんの食いつきはすごかった。
ただでさえよかった愛想が五割増しでよくなって、
「うちの高位冒険者さんって脳き……パワータイプの方が多くて、索敵技能持ちは少ないんですよ! 若くしてBランクなのに、探知魔法まで使えるなんて、すごいです!」
と俺を褒める受付さんを、朔が後方監督面でうんうんとうなずきながら見守る、和やかな空間が形成されていた。
ただ……。
そんな和やかな雰囲気の中で、受付さんは何かを思い出したように、「あ、ないとは思いますけど」と前置きしてから、言ったのだ。
「本調査に影響が出ちゃうので、調査に夢中になって魔物を全滅させたり、ボスを倒したりはしないでくださいね」
……と。
※ ※ ※
俺の〈氷神覚醒〉を利用した探知魔法は、通常のものより範囲や精度が高い代わりに、「探知した魔物を殺してしまう」というちょっとした欠点があった。
普通に考えれば、こんな相性の悪い魔法で調査依頼をこなそうなんて、無謀の極みだ。
だが……。
(訓練も、下準備もやりすぎなくらいばっちりやった。今日こそ俺は、殻を破る!)
俺は、いや、俺たちはあえてその無謀に挑戦する。
「……始めよう」
「はい!」
打てば響くような朔の言葉に心強さを覚えながら、俺たちはダンジョンに足を踏み入れた。
新しく発見されたこのDランクダンジョンは、最初に入った地下鉄ダンジョンと同じ、地下に伸びたワンフロアダンジョンだ。
階段を降り切ったところで、
「風流さん!」
まるでごあいさつとばかりに、醜い豚の怪物、オークがこちらにどたどたと走り寄ってくる。
(……ちょうどいい)
俺はオークに向かって手のひらを向けて、集中する。
「――〈氷神覚醒〉!」
放つのは精緻で繊細な波のごとき氷の魔力。
空気を揺らす波動は、やがて走り寄るオークの身体を捉え、その輪郭や性質を読み取ってくれるが、
「あ……」
オーク自体はその探知の波動に耐え切れずにその場で凍りつくと、一瞬の間をおいて光の粒子に変わって消えてしまった。
「ふ、風流さん、やっぱり……」
手にした紙を握りしめ、不安そうな顔で俺を見てくる朔に、意識して笑顔を見せる。
「……大丈夫。まだ一匹失敗しただけだ」
別に、魔物を倒すのが禁止されている訳じゃない。
ただ魔物を大量に倒しすぎるのがダメなだけ。
なら、最悪あと二十回程度なら失敗してしまっても問題ないはず!
「もう一度だ!」
ふたたびドタドタと走り寄ってくるオークに向けて、俺は魔力を練る。
「――〈氷神覚醒〉!」
放たれた波動は、一見して前回と変わりない。
実際、氷の波動に当たったオークは、先ほどと同じように身動きを止める。
しかし……。
「え? 死な、ない……?」
そのオークは、いつまで経っても光の粒に変わることはなく、その場に立ち続けていた。
(上手く行った!)
これが、俺の秘策。
(――探知だけじゃダメなら、もう一つ、性質を付け加えればいい!!)
俺は探知魔法に、二つの性質を付与していた。
一つは「探知」。
そしてもう一つは「保護」。
――探知すると同時に、探知から守る。
それが、俺の出した答えだった。
そして、これが上手くいくと分かったなら、あとはその規模を広げるだけ。
「――行っけぇえええええええ!!」
俺は目をつぶって集中すると、魔力をどんどんと広げていく。
探知と保護の力を持った波動が、縦横無尽にダンジョンを駆ける。
(いた! オーク3、ハイオーク2! こっちはオーク6! あそこはオーク2で……)
その構造を詳らかにしながら、氷の波動は瞬く間にダンジョンを進む。
そして、ついに……。
(――これは、ダンジョンボスと宝箱の反応! ゴールだ!)
探知の波動は、ダンジョンの一番奥に辿り着いた。
そこで俺は、ゆっくりと目を開ける。
「分かったぞ。最初に倒した奴も含めて、オークが33匹、ハイオークが12匹、オークジェネラルが1匹、だ!」
確信に満ちた俺の言葉に、朔は目を輝かせる。
「す、すごいです、風流さ――」
「まだだ!」
おそらく合っているだろうという自信はある。
ただ、ここで断定は出来ない。
魔物が死ななかったとしても、探知魔法が正確な数を数えられていなければ、それは成功とは言えない。
「朔、確認を頼む!」
「は、はいっ!」
俺が促すと、朔はずっと握りしめていた紙に視線を落とす。
そして……。
「――オーク33。ハイオーク12。それから、オークジェネラル1、です!」
俺の報告と、寸分変わらぬ数を口にした。
朔が読み上げたのは、事前に俺がこのダンジョンの最奥まで潜って、目視で確認した魔物の種類と数。
それが探知結果と一致した、ということは……。
「――依頼、達成だあああああああああああああ!!」
俺と朔は同時に歓声をあげ、笑顔でハイタッチをしたのだった。
このあとめちゃくちゃすごいです!した
熱血展開もたまに書くといいもんですね!
次回は調査編エピローグの予定です




