71.「学園最強」を超える者
今回は学園編最終回!
ちょっとしたアフターストーリーって感じです
「す、すごい!」
「二年の最高記録じゃないか、アレ!」
ざわめきが辺りを支配する中、わたしはペコリと頭を下げて「攻撃魔法試験」の試験場を抜け出す。
なぜか、パーティ試験の時の教官から受けるようにと頼まれた「攻撃魔法試験」。
と、言っても大したことをやるわけではなく、魔法決闘とかいう遊びに使われる射撃用の的に魔法を撃ち込むだけだ。
この的は射撃訓練場なんかにもあるものと完全に同一のもので、魔法を撃てばその強さを点数で表してくれるし、ちょっとくらいの損傷ならすぐに修復される。
特に乗り気ではなかったのだけど、「頼む! オレを助けると思って!」と教官がやたら推してくるので、それなら、とできるだけの魔力を込めて「ウインドカッター」を放ったところ、わたしの魔法はかなり優秀な得点をたたき出してしまった、らしい。
「朔ちゃん!」
もどったわたしを、ぴょんぴょんと飛び跳ねる梨乃ちゃんが出迎えてくれる。
「やったね! ほんとにすごいよ、朔ちゃん! う、ううん、もう朔ちゃんさんって呼んだ方がいいかな?」
「あはは。……絶対やめてね?」
梨乃ちゃんを笑顔でたしなめてから、「それより」と切り出す。
「うん、大丈夫! 覚えてるよ!」
梨乃ちゃんは、パーティ試験前の暗さがウソみたいに明るい顔でうなずくと、
「――『学園最強』を見に行こう!」
遠くに見える三年生のエリアを指さして、そう言ったのだった。
※ ※ ※
「すごかったねー、都築先輩!」
「そう、だね。まさか、学生のうちに〈イグニスカノン〉が使えるなんて……」
興奮冷めやらぬ様子で話しかけてくる梨乃ちゃんに、わたしもうなずいた。
試験場にはすでに人だかりができていたものの、わたしたちはなんとか試験の様子が見える場所を確保することができた。
しかも、ちょうど試験を受けていたのは、学園ナンバー2と言われている都築先輩。
都築先輩が使った〈イグニスカノン〉は、座間さんが使っていた〈フレアランス〉の上位魔法で、火属性の単体魔法の中では最高位と言われている。
いや、もしかするとS級以上の冒険者ならそれより強い魔法を覚えている人もいるかもしれないが、少なくとも一般の冒険者にはそんな情報は流れていない。
さすがに最上位魔法の力はすさまじく、遠くからでもその魔力でビリビリと肌が震えるほど。
それは、風流さんの〈氷神覚醒〉でも一度も感じたことのない感覚だ。
魔法を撃ち終わったあと、魔力を使い果たした都築先輩は倒れてしまったけれど、その威力はとてつもなかった。
当然、得点もわたしよりも高くて、わたしの「ウインドカッター」の倍以上のスコアが出た。
「これは、今回はもしかするともしかして、会長超えもあるんじゃないかな!?」
梨乃ちゃんは興奮を隠さずにそう言ってくる。
でも、わたしはそこまで乗れなかった。
確かに都築先輩はすごいし、もしかすると天才と言えるような人なのかもしれない。
でも……。
(――やっぱり、風流さんの方がすごいよね)
最上位魔法とされる〈イグニスカノン〉。
それが学生の間に使えるのはすごいと思うけど、風流さんの〈氷神覚醒〉より強いとは思えなかった。
「噂では、もしかすると都築先輩も近々Aランクに昇格するんじゃないかって話もあるんだって!」
「そうなんだ。でも、分かるかも」
冒険者ランクは強さだけではなく冒険者としてどれだけの実績を積んだか、という部分に左右されるため、レベルと対応しているわけじゃない。
とはいえ大まかな指標のようなものはあって、ネットで冒険者の説明をする時によくコピペされる表によると、それぞれの冒険者ランクごとの立ち位置とレベルは、
E 仮免許 レベル1-15
D 初心者 レベル15-50
C 熟練者 レベル50-100
B 一線級 レベル100-250
A 超一流 レベル250-500
S 異次元 レベル???-???
という範囲に収まることが多いらしい。
もちろんこれは大まかな平均で、実際にはレベルは高いけど能力値がいまいちな人や、強いけど全くダンジョンに行かない人などがいればズレるから例外は多く、ついでにSランクの部分のレベル表記が「?」なのは、将来的にSランクになるような人は低レベルのうちから大体別格に強いので、レベルはもう参考にもならないため、だそうだ。
Sランクはともかくとして、例えばこの表に従うとわたしはAランク相当の力を持つことになってしまうし、逆に風流さんはDランクになってしまう。
やっぱりあくまでも参考程度に考えるべきではあるとは思うけれど、今レベルが二百四十を超えている都築先輩は、かなりAランクに近い力を持つBランク冒険者、と言えるのかもしれない。
(だったら、風流さんも実力的にはAランクを超えちゃってたりして……)
Aランクに昇格した風流さんに「すごいです!」と声をかける妄想にニヤニヤしていると、人だかりの一角がざわついた。
「あ、来たよ!」
やってきたのは、言わずと知れた生徒会長、守成 月先輩だった。
「ふわぁ……」
隣の梨乃ちゃんは、その立ち姿を見ただけで妙にエッチな吐息を吐き出したけれど、気持ちは分かる。
守成会長はただ強いだけでなく、その立ち居振る舞いには気品というか、なんというかオーラがある。
女の人でも見とれてしまうくらい整った顔と、動くたびに揺れる艶やかな長い髪。
スタイルもよく、どこがとは言わないが、男の人に対して攻撃力が高い部分のランクも最低でもDはありそうだ。
「うぅ……」
無意識のうちに自分の身体に目を落としてしまって、あまりの格差に悲しくなる。
それに、噂だと彼女は単なるおしとやかな優等生ではなく、ああ見えてここぞという時には人一倍行動力があり、とっさの機転も利いて、それでいて気を許した人をからかうお茶目な面もあるとかなんとか。
(完璧超人ってああいう人を言うんだろうなぁ……)
思わずため息をついてしまうが、本番はこれからだ。
「――生徒会所属、三年A組の守成 月です」
彼女はそう言ったきり、まるで誰かからの言葉を待つように辺りを見回す。
三秒ほど待って、誰も何も言わないのを見て取ると、もう一度優雅な所作で一礼してから的に向き直った。
詠唱を始めた彼女に、ギャラリーの注目が一気に集まる。
会長も、確か都築先輩と同じ火属性の魔法使い。
なら、会長が火属性最強魔法〈イグニスカノン〉を使えるかどうかで結果が大きく変わる。
その場の視線を独り占めにして、彼女が頭上に生み出した魔法は……。
「……〈フレアランス〉だ!」
誰かが小声で叫ぶ。
会長は、〈イグニスカノン〉を習得していなかった!
これは本当に、首席交代があるかもしれない。
そんな考えがわたしの頭を一瞬よぎった時、
「お、おい?」
「み、見ろよ、あれ!!」
その声にわたしも、隣の梨乃ちゃんも視線を上げ、「それ」を見た。
「なっ!」
それは、〈フレアランス〉の群れ。
……会長が用意していた魔法は、一つだけじゃなかった。
二十か、三十か。
とっさには数えられないほどの数の炎の槍が、訓練場の空を染める。
「……っ!」
隣で梨乃ちゃんがつばを飲み込んだのが分かる。
会長は、都築先輩の〈イグニスカノン〉という圧倒的な「質」に対して、それを上回るほどすさまじい「量」で対抗する手段に出たのだ。
質か量、軍配が上がるのははたしてどちらか。
わたしたちが息を殺して見守る中、ついに会長が動く。
「――〈フレアランス〉」
涼やかな声と共に、数十にもおよぶ数の炎の槍がうなりを上げ、暴力的なまでの熱が大気を焦がす。
「きゃっ!?」
梨乃ちゃんの悲鳴。
あまりの熱波にギャラリーが思わず顔を覆う中、わたしは無数の炎槍が的に殺到するのを見た。
同時に、鼓膜を揺るがす轟音と、爆発する熱。
わたしもとうとう耐え切れずに顔をかばってその爆発をやりすごし、そして……。
「点数はっ!?」
熱波が収まったあと、わたしは精一杯に身体を乗り出して、電光掲示板を見る。
ボードに表示されたスコアは……。
「え? 九千、点……?」
無数の炎の蹂躙を受け、中心にだけ空洞のできた的を見ながら、わたしは呆然とつぶやく。
目をこすり、何度見ても、しかし電光掲示板に灯る「9012」という数字は変わらない。
それは、的を完全破壊した時の理論最大値「99999」の約十分の一の値。
……予想外のスコアを前に、誰もが首を傾げ、顔を見合わせるばかり。
Aランクの冒険者であり、養成校のトップを走る生徒でもある彼女が出したとは信じられない点数に、教官も、ギャラリーも、あの都築先輩も、誰もが現実を整理するのに手一杯だった。
そして、思考を整理する、わずかな間のあと、
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
「すっげええええええええええええええええ!!」
「九千超えだあああああああああああああああああ!!」
「会長最強!! 会長最強!! 会長最強!! 会長最強!!」
「かいちょおおおお! ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」
まるで爆発したかのように、今日一番の歓声、いや、絶叫が巻き起こった。
養成校の生徒の、いや、下手をするとAランクの枠さえ超えた高得点に、誰もが熱狂する。
「す、すごい! 九千だよ朔ちゃん! 信じられないよ!!」
梨乃ちゃんも興奮を抑えきれずに叫ぶ。
常識外れなのは風流さんで見慣れているから梨乃ちゃんほどの衝撃はなかったけれど、それでも驚いていたのは確かだった。
「これが、会長の力……」
これまでの結果を見る限り、一般的な学生はせいぜいが100~200点程度。
わたしの全力ウインドカッターが800点。
ここまでの最高点を出した都築先輩でやっと2300点だ。
そこに来ての、この9012点。
二番手を一気に四倍近く突き放す点を出されたのだから、こんなもの驚くしかない。
「あ! み、見て! この学校の歴代最高記録更新だって!」
梨乃ちゃんの言葉に、驚くより先に納得してしまう。
こんなすごい記録を打ち立てた時って、どんな気分になるんだろうか。
そんなことを思いながらわたしが会長を見ると、
(……あれ?)
なんだか、違和感があった。
彼女は嬉しそうに笑っているけれど、どこか気持ちがこもっていない。
……そうだ。
あれはパーティ試験のあと、仲もよくないクラスメイトに囲まれていた時のわたしに似ている。
褒められたいところとは違うことを、あるいは褒められたい人とは違う人に褒められている、そんな雰囲気が……。
(……なんて、そんなわけない、よね?)
落ちこぼれな補助魔法使いと、最強の生徒会長が、同じはずがない。
そう頭では分かっていた、けど……。
――会長は、本当は誰に褒められたかったんだろ?
突然に湧いてきたそんな疑問が、しばらくわたしの頭から離れなかったのだった。
月さん@実はポンコツ枠
朔の学園編はこのシーン書くための隠れ蓑として書き始めたんですが、過去最長クラスのエピソードになってビビってます
あ、「月って誰だっけ?」って人は54話辺りを読むと色々分かると思います