69.座間 美夜
25時更新……ヨシ!
――こんなはずじゃ、なかった。
パーティ試験のリングの上。
死屍累々と地面に倒れ伏すパーティメンバーたちを眺めながら、アタシは呆然とその場に立ち尽くしていた。
何の偶然か、イカサマか。
あの役立たずの魔力タンクが試験で教官を倒した。
周りの奴らがあの役立たずをほめるのはイライラしたけど、それ以上にアタシたちも奮い立った。
どんなトリックを使ったのかは知らないけど、あんな能無しが勝てるのならこの教官は弱い。
それに、試合を終えた教官は見るからに疲れているようだった。
――千載一遇のチャンスだ、と思った。
なんでこんな雑魚が教官になっているのかは知らないけれど、二年生で教官を倒したとなればパーティにも箔がつく。
こんな機会を逃す手はない。
「ちょっと報告したいことが出来たから次の試験は少し待ってくれ」なんて言い訳で試験から逃げ出そうとする教官に食い下がって、なんとかすぐに試合をすることを了承させた。
アタシたちは自分たちの幸運に笑みを浮かべ、意気揚々と試験に挑んで……。
「なんで、なんでよ……!」
……まるで、歯が立たなかった。
アタシたちが一斉に攻撃をしても教官はその全てを余裕の表情でかわし、それどころか試験の最中に「もっとコンパクトに武器を振れ」とか、「それじゃ仲間まで巻き込むぞ」なんて、上から目線の軽口まで叩いてみせた。
それでも六対一だし、相手は疲労している。
時間さえ経てば疲れた教官がボロを出すはずだと思ってアタシたちは攻撃をし続けた。
「どうして、当たんないのよ!」
それでも、いくらやってもこちらの攻撃は教官を捉えられない。
それどころか、疲れているように見えた教官は、むしろ戦いが進めば進むほど力を取り戻しているようにすら見えた。
教官はしばらく、アタシたちの攻撃を黙って避け続けていたが、
「なぁ。お前ら、本当にやる気があるのか?」
ため息をついたかと思うと反撃を始め、前衛が多めのアタシたちのパーティはものの数秒で崩壊。
十秒も経たないうちに、遠くにいたアタシ以外のパーティメンバーは地面に倒れ伏していた。
「攻撃は自分の得意なものをワンパターンで繰り返すだけ。連携はお粗末。本当にこんなんでダンジョン探索がうまく行ってるのか?」
「それは……」
その言葉には答えられなかった。
本音を言えば、アタシたちの最近のダンジョン探索はあまりうまく行っていない。
最近はDランク上位のダンジョンを攻略し始めているが、これまで力押しで進めていた今までのダンジョンと比べて状態異常や罠など、卑怯で意地の悪い仕掛けが増えてきて、戦闘力以外のところで苦戦することが多くなってきている。
そのたびに、仲間たちからは後衛なんだからダンジョンの調査をしっかりやれとか理不尽なことを言われるが、アタシは悪くない。
前衛の須里は盗賊兼戦士ということで採用したんだから、前方の警戒だけで手一杯とか文句を言わずにマッピングや調査もアイツがやるべきなんだ。
それに、そうだ!
――ダンジョンのことを調べたりとか、マッピングとか、そういう細かいことは全部アイツがやってたから!
アイツ……宇津木がそのやり方を誰にも伝えないままパーティを放り出して抜けたのが悪いし、役立たずの代わりに火力を入れれば探索速度が上がるはずだと新メンバーにアタッカーを採用したのもリーダーの提案だ。
やっぱりアタシは悪くないのに、誰もが理不尽にアタシを責める。
見当外れなことばかり言う教官をにらみつけると、教官は肩をすくめた。
「……はぁ。そうだな。ま、一応試験官としてアドバイスだけはしとくと、前衛は役割分担が出来ていなさすぎだ。攻撃する奴が多すぎてお互いがお互いの足を引っ張ってる。もっと作戦を考えろ」
言われて、地面に倒れたままのパーティメンバーたちが悔しそうに下を向く。
「あとは後衛か。まず問題なのは回復のタイミングの遅さだ。怪我をしてから魔法を使うんじゃなくて、怪我を負いそうなタイミングで詠唱を始めろ。あとは……魔法使いの座間、だったか。お前はMPが少ないのに魔法を無駄に乱発しすぎだ。もっとMP管理をしっかりとやれ」
……ギリ、と歯を食いしばる。
(アイツのせいだ!)
アイツがいた時は、アイツの魔力を使って二人分の魔法を使うことができた。
アイツがいたせいで、アタシの魔法を使う感覚が壊されたんだ。
「とにかく、アレだ。攻撃役が過剰でパーティが機能してないし、場を冷静に見る奴がいないのが問題だ。だから、例えばそうだな……」
教官は、ちょっとだけ考えるように首を傾げたあと、口を開く。
「――支援職とか、入れたらいいんじゃないか?」
その言葉を聞いた瞬間に、アタシの視界は怒りと屈辱で真っ赤になった。
※ ※ ※
――イライラする! イライラする! イライラする!!
結局、アタシたちは教官にただの一度も攻撃を届かせることすらなく、試験を終えた。
「ねぇ。座間さんたちってさ、意外と……」
「ちょっと、聞こえるよ」
周りからひそひそとした話し声が聞こえる。
食いしばり、力を入れすぎた歯が痛みを訴える。
それでもアタシはそれをやめられなかった。
(こんなはずじゃないのに……!)
アタシは魔法使いとして人より頭一つ抜けた才能を持っていた。
たくさんのクラスメイトがアタシとパーティを組もうと押し寄せてきたし、アタシはあっという間にクラスの中心人物になった。
アタシはクラスの女王で、思い通りにならないことはないはずだった。
(……アイツに、かかわってからだ)
何かが、おかしくなったのは。
アタシはアタシの魔法を活かすためにあの宇津木とかいう根暗の落ちこぼれを拾ってやって、魔力タンクとして使ってやった。
なのにその恩も忘れて、「もっとほかの魔法が使いたい」だのとワガママを言い、「モンスターに合わせた対処法を考えた方がいい」なんて生意気な口をきいてきたから放り出した。
支援術師とかいう役立たずのアイツは、アタシのパーティから追い出されたらどこにも行き場はない。
だから今日、宇津木は無様な姿を晒して退学して、アタシたちはそれを見物してパーティの結束を高め合う。
その、はずだったのに……。
「朔ちゃん! すごいよ!!」
「宇津木さんすごかったね! びっくりしちゃった!」
「な、なぁ? もしかして宇津木って今フリー? よかったらうちのパーティに……」
あの役立たずの周りには人が集まって、勝ち組のはずのアタシたちが地面を見つめ、うなだれている。
――こんなのは、絶対、間違ってる!
間違ってるのに、誰もそれに気付かない。
みんな、アイツに騙されておかしくなってるんだ!
どうすればいいのか。
一瞬だけ考えて、そうしたら答えはすぐに出た。
コイツらは、アイツが教官に勝ったから、アイツが強いと勘違いしてるから、こうやって群がっている。
つまり、まがい物の力に騙されてるだけ。
……だったら、「本物」を見せてやればいい。
ニヤリ、と自然と口元が緩むのが分かる。
簡単なことだった。
うん、もっと早く、こうすればよかったのに。
アタシは笑みを浮かべながら、能天気に笑う宇津木の背中に向かって、手をかざす。
「――〈フレアランス〉!!」
叫ぶと同時に、手からあふれ出す魔力の奔流。
アタシの、アタシだけの、最高の力!
「朔ちゃん!」
梨乃とかいう金魚のフンが、警戒の言葉をあげる。
その言葉に宇津木が振り向くが、もう遅い!
アタシの魔法は宇津木への直撃コースに乗っている!
次の瞬間に訪れるであろう最高の未来を思ってアタシが笑う中、宇津木はアタシの〈フレアランス〉に向かって手をかざし、
「……は?」
風をグルリと巻き込むように動かして〈フレアランス〉を回転、ぶつけ合う形でその場で消してしまった。
「なによ、それ……!」
それは、ただ「強い」とかではできない、緻密な魔法操作。
アタシ並みの、いや、もしかすると制御だけならアタシ以上の、魔法コントロール。
「座間さん! 今のはさすがに……」
「ふ、ふざけるな!」
なぜか怒ったような顔でこちらをにらむ宇津木に、叫び返す。
「今の攻撃魔法はなによ! あんなの、絶対にずっと前から訓練してないとできないでしょ!! アンタ、アタシのパーティにいた時は攻撃魔法が使えないフリして騙してたわね!!」
「な、何を言って……」
驚いた顔をする宇津木。
こんなのもう、自白したも同然だ。
やっぱりコイツは卑怯な手段でアタシを陥れようとしていたのだ!
「その動揺! やっぱり図星じゃない! どうせアンタはアタシたちを騙しておいしいとこだけいただこうって……」
「いえ、そうじゃなくて。……あれは、攻撃のための魔法じゃないですよ?」
「……は?」
何を言われたのか分からない。
一瞬フリーズした隙に、宇津木の奴は口を開いてまくし立てる。
「確かにわたしは魔法のコントロールをがんばりましたけど、それはアイテム集めのためなんです!」
「あいてむ、あつめ……?」
いつのまにか、その場の主導権は宇津木に握られていた。
さっきまで怒っていたはずの彼女は、なぜか満面の笑みで、まるで子供が自慢のオモチャを見せびらかすように、楽しそうに解説を始めていた。
「実は、今のパーティメンバーはとっっっってもすごい人なんですけど、そのせいでドロップアイテム集めが大変なんです! だから風でドロップアイテムだけを集めようと思ったんですけど、これが意外と難しくて。知ってますか? 魔法でアイテムを集めるには、力加減が大事なんですよ。あんまり強くすると余計なものまで吸い取っちゃいますし、足元だけに風を吹かせるのってなかなか難しくて! でも、風流さ……仲間の人が喜んでくれるかなって思って、魔法を操作できるようにがんばったんです! だから――」
そこで、ソイツは笑う。
「――今の魔法は、そのオマケですね」
屈託なく、心の底から笑うソイツが、なぜか今は怪物のように見えた。
「ふ、ざけ……」
言葉が、出ない。
そんなのはウソだと、ハッタリだと叫びたいのに、できなかった。
コイツがウソをついてないと、本能が理解してしまっていた。
……それでも、絶対に認めるワケにはいかなかった。
――自分の魔法が、そんなものに負けたことにも。
――格下のはずの宇津木が、アタシを相手にもしていないことにも。
――役立たずの落ちこぼれのはずのコイツに、アタシが敗北感を覚えていることも!
アタシはもう一度、宇津木に手を向ける。
「ふざけるなぁ!! 〈フレアランーー」
「――ふざけてるのは、お前だ」
「……え?」
気付けば、かざそうとしたアタシの手が、教官によって押さえつけられていた。
「こんな公衆の面前で他人に攻撃魔法を向けておいて、ただで済むとでも思ってたのか?」
「なっ、何すんのよ! は、放して! 放せっ!」
この男こそ、アタシにこんなことをしてただで済むはずがない。
そう思って、周りを見渡すが……。
「……え?」
遠巻きにアタシを見る目は、どれも今まで見たことがないほどに冷え切っていた。
くすくす、くすくすと、誰かの笑い声が聞こえる。
「うっわー。あれやばくない?」
「ダッサ。余裕なさすぎ」
「ああなっちゃ終わりだよなー」
ありえない。
ありえないありえないありえない!
「すみません、通してください!」
その声に、アタシはパッと顔を上げた。
あれは担任の教師だ。
コイツはこの教官みたいなバカじゃないはず!
これで、やっと解放される。
アタシは担任に向き直って助けを求めようと口を開いて……。
「せんせ――」
「座間。もう残りの試験は受けなくていい。生徒指導室に来なさい」
まるで厄介者を見るような無機質な目を見た瞬間、アタシは自分の未来に続く扉が閉ざされる音が、確かに聞こえた気がした……。
突如脳内に流れる名探偵コ〇ンのアイキャッチ!
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