67.一人ぼっちの戦い
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おのれDLsi〇e!
――わああぁぁぁ、とどこか遠くから歓声が上がる。
(なんだか、試験じゃなくてお祭りみたい)
それを、どこか他人事のように聞きながら、わたしは静かに試験開始の時を待っていた。
〈冒険者技能考査〉の試験は全学年で同時にやっていて、空いている時間はほかの生徒の見学も自由だから、強い先輩の試験の時は人が集まったりするらしい。
歓声の中に「かいちょー!」と叫ぶ声が聞こえていたから、生徒会長……この学校唯一のA級冒険者で、「学園最強」なんて言われている守成会長が試験を受けていたのかもしれない。
しかし、このすぐあとに退学を懸けた試験を控えているわたしは、残念ながらお祭り気分には浸れなかった。
それに、わたしの隣にもう一人、
「だ、だいじょぶ! わ、わたしが前衛をやって朔ちゃんを守るから! ……と、盗賊だけど」
そう言って強張った顔で必死に笑みを作ろうとする梨乃ちゃんも、お祭りの空気になじめていない者の一人だ。
こんなことを言ってしまうと申し訳ないけれど、その小動物じみた様子を見ていると、なんだかホッとしてしまう。
「梨乃ちゃんも、あんまり無理しないでね。ほ、ほら、さっきのこともあるし」
「ご、ごめんね! わたし、緊張して倒れちゃったみたいで……」
……わたしのステータスを見て気を失ってしまった梨乃ちゃんは、あれからすぐ目を覚ましてくれた。
ただ、
「あ、あれ? わたし、どうしたんだ、っけ……」
不思議そうに首を振る彼女は、直前に見たわたしのステータスのことを覚えていなかった。
だからわたしは考えた末、そっと自分のステータスカードを梨乃ちゃんから隠した。
ちょっとズルいけど、やっぱりレベル四百はこの心優しい友人には刺激が強すぎるという判断だ。
(それにしても……。レベルが四百まで上がったのって、絶対「あの時」だよね)
風流さんがやった、ダンジョン五つを凍らせてしまったという〈氷神覚醒〉。
レベルが一気に二百も上がった原因なんて、あれ以外に考えられない。
あのあと、風流さんは「とりあえずノリで凍らせただけだから、中のモンスターはあんまり倒せてないかも」なんて言ってたけど……。
(――しっかり倒しちゃってるじゃないですか、風流さん!!)
いまいち自分のやった成果に無頓着な相棒に向かって、わたしは心の中で叫んだ。
思い起こせば、あの日わたしが気絶する原因となった魔力。
あれは風流さんの〈氷神覚醒〉のものではなく、〈氷神覚醒〉で倒した敵の「経験値」だったんじゃないかと思う。
今までで一番急激にレベルが上がったのは初日の五十レベルで、それだって常識外れもいいところだけど、今回はその四倍の二百だ。
そこまで急にレベルが上がってしまえば、レベルアップの反動で倒れてしまってもおかしくはない。
(でも、このタイミングで強くなれたことは、わたしたちにとっては追い風だ)
わたしのこの前までのレベル、二百というのは確かに学生レベルではとんでもなくすごいけれど、逆に言えばすごいだけで全くいないわけじゃない。
それに、何と言っても今日パーティ戦の試験官をしてくれる先生は、本来のわたしじゃ手も足も出ないほど、とっても強いのだ。
実技の教官は正確には「教師」ではなくて、「冒険者指導員」という資格を取った冒険者の人がほとんどらしい。
つまり、全員が本職なので当然すごく強くて、特に、今回わたしたちの試験官をしてくれる教官はB級のライセンス持ち。
――わたしみたいな張りぼてじゃない、本物のB級冒険者だ。
ダンジョン社会になって生まれた有名な言葉に、「冒険者はレベル百で一流」というフレーズがある。
その真偽についてはともかく、その一流である百レベルを超えてやっと昇格が見えてくるのがBというランクだ。
冒険者養成学校の生徒のゴールとされているのもこのBランクだけれど、在学中に達成するのはほんの五パーセント程度、と言えばどのくらい狭い門か理解できると思う。
それに、BランクからAランクへの昇格はちょっと尋常じゃないくらいの難易度なので、一口にBランク冒険者と言っても幅がある。
この学校で一番すごい冒険者だという噂の守成生徒会長は自分のステータスを秘密にしているけれど、二番目に強いと言われている都築先輩はSNSで自分のステータスを堂々と公開している。
その、学外のパーティと組んで高難易度のダンジョンにどんどん挑んでいるという都築先輩のレベルは、二百四十四。
魔力爆発の件の前のわたしよりも上だけれど、そこまでレベルを上げても彼女のランクはいまだにB止まり。
とにかく、Bランクはものすごく実力の幅が大きいランクなのだ。
……いや、いくら幅があるとは言っても、レベル二十にも届いていないのにBランクになってしまったすごい例外はとんでもなさすぎると思うけれど、それは置いておいて。
(わたしは戦闘向きじゃないし、戦いの経験も少ない。いくら二人がかりとはいえ、レベルが同じだったら勝ち目はきっとなかった。これは、風流さんがわたしに与えてくれたチャンスだって思おう)
いくらなんでも、レベル四百あれば魔法関係の能力では優位に立てるはず。
それでも戦闘に向いた技能が何もないわたしがどれだけやれるかは未知数だけど、この戦いは一対二。
梨乃ちゃんと協力して戦えば、チャンスはあると信じたい。
それ以外で懸念があるとすれば……。
「しっかしラッキーだったなー! アタシらの前の試験者がクソ雑魚でさぁ!」
「ま、アイツらのあとじゃな! どんな戦いやっても前の奴らの百万倍ツエエエエエ、ってなるだろうし?」
「そう? 逆にアンラッキーじゃん? 一瞬で終わっちゃったら教官も疲れないだろうしさぁ!」
近くで聞こえよがしに騒ぎ立てる元パーティメンバーから、わたしは目をそらした。
……そう。
わたしたちは、座間さんたち、わたしの前のパーティメンバーと同じ試験会場を振り分けられてしまったのだ。
彼らの試験の順番はわたしたちの次。
同じクラスの生徒が多いからそういう組み分けになったのかもしれないけれど、わたしがあの人たちのパーティを追い出されたのは記録に残っているはずなんだし、少しは配慮してほしかった。
それでも、わたしの心の中なんて関係なく試験は進む。
そして、
「――次! 宇津木 朔! 乙名 梨乃!」
ついに、運命の時が訪れる。
教官に名前を呼ばれて、わたしたちは立ち上がった。
「……いよいよ、だね」
「う、うん。わ、わたし、朔ちゃんのためにがんばるから!」
悲壮にも見える決意を語る梨乃ちゃん。
正直、この姿を見られただけでも試験に参加してよかったな、と思える。
「うーん、十秒かなぁ」
「ひっどー! いくらアイツらでも十二秒くらいはもつでしょ!」
「あっははは! それ大して変わらないじゃん!」
座間さんたちは、あいかわらずわたしたちを見て騒いでいる。
でも……。
「さ、朔ちゃん! あんなの、気にしなくていいよ! わたしたちは……」
「分かってる。二人で、絶対に教官に勝とう!」
わたしはもう、そのくらいじゃ迷わない。
むしろ、あの人たちの予想を裏切って華麗に勝利を飾って見返してやる、という熱い気持ちが胸の奧から湧き上がってくる。
「え……。さ、朔ちゃん!?」
「さ、行こ!」
わたしのキャラに合わない情熱的な言葉を口にしたせいか、目を丸くしてわたしを見ている梨乃ちゃんに微笑みかけ、その手を引いてリングに上る。
わたしたちが試験のリングに登ると、リングの結界が作動する。
これでリングの上には微弱な防護魔法が発生して、参加者のダメージを抑えてくれるはずだ。
とはいえ基本は寸止めがルールで、武器を突きつけられたら撃破扱いになるほか、場外に出てしまった場合も同様に敗北となる。
そして、わたしたちが狙うのは後者だ。
作戦は単純。
補助魔法をかけて強化した梨乃ちゃんが前衛になって教官を翻弄して、その隙を見計らってわたしが風魔法を使って教官を場外に飛ばす。
わたしが風の魔法を覚えたのは最近だ。
学校ではまだ一度も使ったことがないし、教官は把握していないはず。
わたしの風魔法のレベルは二。
魔物相手には大した戦力にもならない魔法だけれど、油断をしている相手を場外に飛ばすくらいならなんとかなるはずだ。
というか、まともに打ち合えない盗賊と、近接戦の心得が全くない補助職とのコンビなら、それくらいしか選択肢がない。
「二人とも、準備はいいですか?」
定位置に着いたわたしたちに、対戦相手の教官とはまた違う、審判役の先生が声をかける。
わたしたちは、示し合わせたように同時にうなずいた。
「それでは……」
緊張の一瞬。
わたしたちは最後に語り合うようにアイコンタクトをして、
「――試験、開始!」
開始の合図とほぼ同時にわたしは杖を構え、その先を梨乃ちゃんに向ける。
ルール上、事前に補助魔法をかけておくことも許可されているけれど、補助魔法の効果時間はあまり長くない。
だから魔法を発動待機状態で舞台に上がって、試合開始と同時に使うのがセオリー。
「――〈オールアップ〉!!」
補助魔法の効果の強さは、精神力の値が大きく影響すると言われている。
(今のわたしなら……!)
かつてないほどの力が杖を通じて迸り、梨乃ちゃんの身体を覆う。
だけど、会心の手応えに喜ぶ間もなかった。
「開幕補助はセオリーだけどな。二人きりのチームでそれは致命的だぜ!!」
試合開始と同時に駆け出した教官が、そのわずかな隙に剣を振りかぶって迫ってきたのだ。
その目標は……。
「梨乃ちゃん!」
叫びながら、わたしは内心でその失策を悟っていた。
補助魔法を撃っている間に、術者であるわたしを狙う想定はしていた。
でも、補助魔法の発動中に動けないのは魔法を受けようとしている梨乃ちゃんも同じだ。
大きく動けば補助魔法が外れてしまう。
だから、バスタードソードを手に突進してくる教官に、梨乃ちゃんは対処できない。
いや、これが経験を積んだ冒険者なら、とっさの判断で補助魔法を捨ててでも回避を選んだかもしれない。
けれど、梨乃ちゃんは補助魔法を取るべきか回避を優先すべきか判断できず、その場に留まってしまった。
「悪いがこれも勉強だ。まず一人!」
梨乃ちゃんはなんとか手にしたショートソードでガードしようとするも、そんなことで防げるような攻撃じゃない。
教官の振り下ろすバスタードソードの分厚い刃が、まるでオモチャのように見える梨乃ちゃんのショートソードとぶつかって、
「……は?」
「……え?」
教官の持っていたバスタードソードが、あっさりと弾かれた。
常識ではありえないその光景に、試験場の空気が止まる。
だが、
「ま、まだだ!」
我に返ったのは、さすがに教官の方が早かった。
弾かれた剣を回すように、再度の斬撃を梨乃ちゃんに見舞う。
けれど……。
「うそ、だろ……!」
結果は同じ。
いや、むしろ初撃よりもはっきりとその明暗は分かれた。
明らかに力の入っていないように見える梨乃ちゃんの苦し紛れの防御が、傍目にも力のこもった教官の斬撃をあっさりと吹き飛ばす。
「くっ!」
教官はたまらず、体勢を崩したまま距離を取ろうと後ろに跳んだ。
それは、わたしにだって分かるほどの明確な隙!
「梨乃ちゃん!」
わたしの叫びに、梨乃ちゃんが身体を沈ませる。
窮地を抜けて、思わず力が抜けた……わけじゃない。
――これが、梨乃ちゃんの戦闘態勢。
気弱で優しい彼女は、けれど決して戦いに向いていないわけじゃない。
梨乃ちゃんには誰にも負けないくらいの素早さと、それを活かせるだけの技量がある。
彼女の瞳が、臆病な小動物から、冷酷な狩人のものへとその色を変える。
まるで力を溜めるように彼女は一瞬だけ膝をたわめ、獲物を狩り立てる肉食獣のように思い切り地面を蹴る。
「なっ!?」
生来の素早さと、わたしの補助魔法が合わさったその動きはまさに神速。
誰にも捉えられない速さでリングを駆け抜け、ほんの一呼吸の間に教官までの距離をゼロにして――
「ひぐっ!?」
――そのまま教官の頭上を通りすぎると、十数メートル先にある隣のリングの縁にぶつかり、コテンと倒れた。
誰もが何も言えず、ただ呆然とする中で、
「……あ。ええっ、と。乙名 梨乃さん、場外」
審判役の先生の、静かな宣告だけがその場に響いたのだった。
強化しすぎたか……
次回更新は今日の21時!(予定)