63.異常事態
三時間しか遅れないなんてすごいです!(激甘判定)
「……ええっと、つまり、朔が風魔法を練習してたのは、モンスターのドロップアイテムを集めるため、でいいんだよな?」
朔の魔法、〈ビッグ・ヴィレッジ〉によって集められた魔石を眺めながら俺が尋ねると、彼女は得意そうにうなずいた。
「はい! 今までのダンジョン探索で時間がかかっていたのはアイテムを拾う時ですし、これなら役に立てるかなって思ったんです!」
「な、なるほどな。助かるよ」
なんでそんな分かり切ったこと聞くんですか、と言いたげに首をかしげる朔に、俺は苦笑いを返す。
やはり、朔が攻撃魔法の練習をしていた、というのは俺の、いや、俺と冒険者協会の受付の人の勘違いだったらしい。
というかまあ、訓練場で一生懸命風魔法を使おうとしている人を見て、「あ、あの子風魔法でドロップアイテムを集める練習をしてるな」とは思わないよな、うん。
そして、実際に、
「……これは確かに、楽だな」
足元に転がったアイテムを拾い集めれば、その利便性に納得する。
今までは辺り一面に散らばっていたドロップアイテムを二人で手分けして拾っていたことを考えると、かかる労力は比べ物にならない。
俺の言葉に「えへへ」と嬉しそうにほおを緩める朔だったが、俺としては聞かずにはいられなかった。
「でも、よかったのか? せっかく魔法を覚えたのに、戦うのに使わなくて」
俺が聞くと、朔はそんなこと考えてもなかったようにきょとんとする。
そして、
「いいんですよ。風流さんがいればほかの攻撃役は不要です。それに……」
まるで何か冗談を聞いたかのようにクスッと笑って、こう言った。
「――わたしの魔法で、Aランクモンスターが倒せるわけないじゃないですか」
※ ※ ※
「――ウインドカッター!!」
氷によって足を地面に縫い止められた巨大な熊型の魔物に向かって、朔の放った魔法が飛ぶ。
その魔法は確かに、熊の魔物の身体を捉えてその身体に傷をつけ、
「あ、あれ?」
だが、それだけだった。
朔の放った風の刃はしっかりと熊の魔物の身体を切りつけたが、それは身体の表面を浅く削っただけ。
当然ながら、それでモンスターが倒れる、なんてことはない。
むしろ傷を受けて怒り狂ったモンスターは、魔法を受ける前より激しく暴れまわる。
意外な結果に、俺は思わず朔を振り向いた。
「手を抜いてるってことは……」
「ないです! あの魔法が今のわたしに使える全力です!」
そう言われて混乱してしまう。
もしかすると今の熊の魔物が何か特別なモンスターなのかと試しに〈氷神覚醒〉で氷の刃を飛ばしてみるが、その一撃はあっさりと熊の魔物を両断してしまった。
「どうして……」
まるでトリプルチェックして「ヨシ!」と思った現場でミスが見つかったくらいの衝撃だった。
俺の魔力は1100程度なのに対して、すでに朔の魔力は1400を優に超えている。
理論上はこのくらいの魔物、簡単に倒せなければおかしいのに……。
「い、いやいや! 確かにわたしの魔力は高くなりましたけど、魔法レベル一でAランクモンスターを倒せるわけないじゃないですか!」
と思ったが、朔は逆に、俺が驚いていることの方が心外だという顔をしていた。
「魔法の強さは魔力とスキルの掛け算で決まるんです! 風流さんの氷魔法はレベル九ですけど、わたしの風魔法レベルは一ですよ! 魔法レベル九だと魔法レベル一の九倍強いってわけじゃないですけど、さすがに威力が違いすぎますから!」
言われてみれば……。
魔力が俺より高いはずの朔の魔法だが、あまり強いようには見えなかった。
前に魔法決闘で対決した生徒会長の月。
あいつの撃っていた炎魔法の方が、幾分か迫力のある見た目をしていたように思う。
「というかですね! ずっと言おうと思ってましたけど、風流さんの魔法はすごいんです! いえ、すごすぎるんです! いくら魔力が1100あって魔法レベルが九あったからって、普通は魔法一発でAランクモンスターは倒せないですからね!!」
「あ、そうなんだ」
実は、薄々は気付いていたことだ。
なんかよく分からないが、勝てるならヨシ!と思って今まで放置していたが、俺が強いのはおそらくステータスの効果じゃない。
――〈氷神覚醒〉。
俺が、この世界で突如覚醒した謎のスキル。
ステータスの力に目覚めると同時に使えるようになったこのスキルの力は、いまだに底が知れない。
「あのですね。わたし、最近は勉強のためにほかの冒険者のダンジョン攻略動画をたくさん見てるんですけど……」
思わぬ告白に驚いてしまうが、ダンジョン攻略前にきちんと下調べをするのは真面目な朔らしいと言えばらしい。
「それで、トップ冒険者の一部には、『王』の名前がついたスキルを持っている人がいるらしいんです」
「王のスキル……」
オウム返しにする俺に、朔は力強くうなずいた。
「そのスキルは、普通の名前のスキルと比べて倍、もしくはそれ以上の威力を持っている、そんな風に話していました。もし、『神』の名前のスキルが、その『王』のスキルのさらに上位互換だとしたら……」
――それはもしかすると、俺が想像しているよりもとんでもない代物なんじゃないか?
思わず、自分の両手を見る。
今まで何の気なしに使ってきた自分のスキルが、突然得体の知れない不気味なものに思えた。
だが、
「……そんな顔、しないでください」
そんな俺の手に、優しい感触が触れる。
驚いて顔を上げると、いつの間にか隣に立っていた朔が、俺の手に両手を乗せていた。
「誰がなんと言っても、風流さんのすごさは、わたしが一番知っています!」
俺の手を痛いほどに握りしめ、朔は俺に一生懸命に訴え続ける。
「風流さんが何をやっても、わたしが『すごいです!』って言ってほめてみせます! だから、だから風流さんは、遠慮なくそのすっごい魔法で思いっきり敵をやっつけちゃってください!!」
あまりに熱い言葉に、しばらく呆気に取られていた。
だが、その思いが、言葉が染み渡るにつれ、俺は自然と笑みを浮かべていた。
「……ありがとう、朔」
「あっ! す、すみません! 興奮しちゃって、わたし……」
今さらになって恥ずかしくなったのか、慌てたように俺の手を離す朔を微笑ましく思う。
(まったく、俺は幸せ者だな)
能力や、アイテムのことだけじゃない。
本当に、朔が俺のパートナーになってくれてよかったと思う。
――ギュッと、拳を握りしめる。
俺が今やるべきことは、ここでうじうじと思い悩むことじゃない。
こんな純粋な子の期待に、本気で応えることだ!
「……始めるぞ」
朔の前に出て、俺は前方へ、ダンジョンの奥に向かって手をかざす。
そして、いつになく晴れやかな心で、俺は力の限りに叫んだ。
「――〈氷神覚醒〉!!」
その日、シンジュクのダンジョン地区の一角で、大規模な魔力爆発と思われる現象が発生。
その影響で、最低でも五つ以上のダンジョンが氷漬けになったとシンジュク冒険者協会が発表した。
幸いにも巻き込まれた冒険者はいなかったものの、この事態を重く見た冒険者協会は対策本部を設置。
この突然の異常事態の原因はいまだ明らかにはなっていないが、最近頻発しているモンスターの異常発生との関連性も否定出来ないとして、協会は事態の究明を急いでおり……。
氷神覚醒のご利用は計画的に!
次回、第六十四話
「支援魔術師は要らないとパーティを追放された私がレベル二百超えの一流冒険者になった件について ~今更パーティに戻ってくれと言われてももう遅い! 私を溺愛する最強の氷魔法使いと一緒に世界一のすごいです係として楽しく生きていきます!~」
を、お楽しみに!
※画面は開発中のものであり、実際の内容、タイトルとは異なる可能性があります