42.B級冒険者の実力
にじゅゆ、はじめました!
(――フォルス姫は今頃、何してんだろうなぁ)
早いもので、俺がこの世界――ダンジョンとモンスターが存在する「もう一つの日本」――にやってきてからもう一ヶ月あまりの時間が過ぎていた。
それでもふとした拍子に異世界ネクストマーチを、俺が勇者をしていた世界のことを思い出すこともある。
特に彼女、フォルス姫は俺が勇者として過ごしていく中で、一番親しくしていた相手だ。
(……まあ、心配は要らないか)
おしとやかそうに見えて、その実したたかな人だったし、今頃は平和になった世界を満喫していることだろう。
案外向こうは「勇者? ああ、そんな人もいましたっけね。刹那で忘れちゃいました」とか言ってるかもしれない。
しかし、俺が思い出に耽っていると、ドン、と肩に衝撃が走る。
「おいおい! 真剣勝負の最中に考え事なんてずいぶん余裕だな!」
「ジュン……!」
慌ててそちらに顔を向けると、俺のご近所さんにして、B級冒険者でもあるジュンが眉を吊り上げているのが見える。
今の状況を思い出し、俺は思わず冷や汗をかいた。
ずっと競う相手がいなくて自分の強さもよく分からない、というジュンに、対戦を申し込んだのは俺の方だった。
お互い、最初はほんのお遊び程度のつもりではあった。
しかし、勝負が進むにつれ、だんだんとヒートアップしてきて……。
「そんなに退屈だってんなら、こいつを避けてみろよ、フール!」
「や、ばっ!」
ざわっと背筋が冷えるような感覚に、全身が総毛立つ。
異世界で鍛えられたのは魔法だけじゃない。
常人離れした身体能力や反応速度、それから……。
「なんとぉ!」
超能力染みたレベルに至った第六感!
それが、背後から迫ったジュンの攻撃を間一髪で見切る。
「マジかよ! 背後から撃ったってのに……!」
これが、世界を救った勇者の危機察知能力!
完全に死角からの攻撃だったとしても、それすら読み切るのが異世界の勇者!
俺はしてやったりと笑みを見せる。
だが……。
「……なんて、言うと思ったか?」
「なっ!?」
横目にジュンを見ると、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「この一撃は、お前をどこまでも追いかける」
視界の端によぎったのは、赤い閃光。
とっさに回避行動を取るが、間に合わない!
「ぐっ!?」
衝撃に、視界が揺れる。
致命傷こそは負わなかったが、一時的に行動不能になる。
「へへっ! 知識不足が仇になったな、フール!」
これが、経験値の差。
ジュンと俺の間に横たわる、時間という名の壁。
だが……!
「まだだ! まだ負けた訳じゃない!!」
指を、まるで高速で印を結ぶかのように素早く動かす。
ダメージを負って減速したことを逆用して、足場を選んで進む。
「行っけえええええええ!」
極彩色の地面に踏み入れた瞬間、「加速」の効果が発動。
一瞬にしてよろめいていた身体を立て直し、ジュンに体当たりを仕掛ける。
「くっ!」
一転して驚愕に歪むジュンの表情。
それを眺め、俺は勝利を確信して……。
しかし、それすらジュンの手のひらの上。
「――奥の手ってのは、最後まで残しておくもんだろ」
それは、いかなる魔法か、はたまたいかなる異能か。
ジュンは一瞬のうちにその身を一個の巨大な砲弾と変えて、俺を轢き潰そうと飛び込んでくる。
「フール! 確かにあんたはアタシよりも才能があるのかもしれない。だけど、アタシにだって先輩としての意地がある! それに、これならご自慢の氷神覚醒とやらも役に立たないだろ!」
「俺が氷神覚醒だけの人間だなんて、思うなよ!」
奥の手を隠していたのは、ジュンだけじゃない。
「なっ!?」
「これが、俺の新しい力だ!」
俺はジュンがよろめいた隙に用意していたアイテムを使用して、星の力をその身に宿す。
無敵の力に守られた俺に、しかしジュンは怯まない。
「くっ! それ、でもっ! 今さら、止まれるかぁああああ!!」
「受けて立つ!!」
全てを貫く矛と、全てを弾く盾がぶつかり合う!
その矛盾はしかし、
「ああっ!」
ジュンの悲鳴という形で終息する。
全てを貫くはずの矛は、無敵の盾によって弾かれたのだ!
「へっ! アタシの必殺技をこんな形で跳ね返すなんてやるじゃねえか!」
「人並みに修羅場はくぐってきてるんでな!」
「言ってろ!」
大きく弾き飛ばされたジュンだが、それであきらめるほどに彼女は往生際がよくはなかった。
しかしそれでこそ、勝負のしがいがある!
「見せてやるよ! B級冒険者の実力って奴をよぉ!」
「はっ! 返り討ちにしてやるさ!!」
そこからはもう、言葉は不要だった。
互いに互いの得物を握りしめ、ただ己の技量の全てをもって、相手を打ち負かさんと力を尽くす。
白熱する戦いに俺たちは肩をぶつけ合い、至近距離で視線を絡め合う。
あまりの手の動きに残像が生まれ、指の摩擦熱で陽炎がにじむ。
そして、ついに……。
「――うおおおおおおおお!!」
「――はああああああああ!!」
俺の動かすMのマークのついた真っ赤な帽子をかぶったオッサンと、ジュンの動かす姫をさらいそうな顔の怪獣の乗ったカートが、同時にゴールに駆け込んだのだった。
※ ※ ※
「くっそおおおおおお!! 負けたぁあああああ!!」
ジュンは叫びながらゲームのコントローラーを放り出すと、その場にゴテンと転がった。
ゲーム画面を見ると、俺が動かしていたミャリオの頭上には11の、そしてジュンが動かしていたキュッパの上に12の数字が浮かび上がっている。
ほぼ同時にゴールした俺とジュンのキャラだったが、どうやら俺のキャラの方がほんのわずかに早くゴールに飛び込んでいたらしい。
「だー、ちっきしょう! もっかいやろうぜ! やっぱキュッパみたいな卑怯な奴はダメだ! アタシは今度は王道を行くドゥンキーで……」
「悪い、ジュン。ゲームはここまでにしよう」
言いながら、ジュンに向けて光るスマホの画面を向ける。
そこには、俺の出したパーティの募集……「すごいです係」に応募があったという通知が表示されていた。
この話、マ〇オカートやったことない人には何一つ伝わらなさそう
あ、次回はちゃんとすごいです係の話になりますので安心してください