騎士団長アリアの憂鬱
ということで異世界視点のオマケ回です!
いやー、この話ずっと書きたかったので満足です!!
(まさか私にこのような任務が回ってくるとは、な)
その日、騎士団長アリアはとある密命を受け、街を歩いていた。
気が重い任務ではあったのだが、街を歩いて人々の姿を眺めるうち、多少は気分も上向いた。
(本当に……平和になったのだな)
魔王が倒れて、街には目に見えて活気が戻った。
魔物の脅威に怯えていた時期と比べ、人々は前よりずっとたくさん笑うようになった。
それも全てはあの異世界の勇者〈フール〉の功績と言えるだろう。
(しかし……)
一方で、まだあの戦乱から心が帰ってこれない人もいる。
戦争で、身近な人をなくした者。
魔族に生活基盤を破壊された者。
それから……。
「――騎士団長アリア・フェーブルです! お迎えにあがりました、フォルス・A・プリル様!」
……最愛の相手と別れた傷心のお姫様。
今回のアリアに申し渡された任務は、魔王討伐から一向に城に戻ろうとしないフォルス王女を連れ帰ることだった。
「入ります。……っ!」
そう言って踏み込んだその部屋は、とても一国の王女が暮らしている場所とは思えない様相を呈していた。
悪い意味で生活感のない部屋に、雑然と積み上げられた魔法資料。
貴重な古文書と怪しげな魔法器具が混然として存在するその空間は、さながらその部屋の主の精神状態を表しているよう。
どちらかというと潔癖性で、整然としたものを好んでいた王女とは思えないその惨状に、アリアは思わず言葉を失う。
しかしアリアとて一軍の将。
すぐさま首を振って雑念を打ち払うと、混沌とした暗闇の奥にうずくまる、目当ての人物に目を向けた。
傷ついた獣のように部屋の隅に潜む彼女は、異様なほどに大きい一つの水晶を抱えている。
アリアが見たところ、フォルスはその魔法水晶に魔力を込めようとしているようだった。
ただ、勇者召喚にも使われたその魔力水晶は、一人の人間が魔力を込めた程度でどうにかなる代物ではない。
かつての王女であれば、そんなことに気付かないはずはないのに。
「フォルス様……」
声に反応し、王女は大きな魔法水晶を抱えたまま、淀んだ瞳をアリアに向けた。
「帰りなさい。私には、やらなければならないことがあります」
「それは……。それが、そのガラクタに魔力を込め続けることですか?」
アリアの質問に、王女は答えない。
ただ薄く唇を笑みの形に歪めたまま、水晶を抱え続けている。
「フォルス様。私にも、フールがいなくなって悲しむ気持ちは分かります。ですが、彼は己の役目を果たし、本来の居場所に帰っていったのです。ですから、フォルス様も前を向いて……」
「ふ、ふふふ! あはははは!」
アリアの言葉の途中で、彼女は突然笑い出した。
だがそれは、かつての彼女を知るアリアが一度も聞いたことのないような、寒々しい笑いだった。
「……そう。そうですね。あなたたちにとっては、もう終わったこと。そうなのでしょうね」
「フォルス様?」
「返事は変わりません。私にはやることがあります。今、城に戻るつもりはありません」
あくまで平行線。
アリアは眉をしかめ、一歩前に詰め寄った。
「……陛下からは、無理やりでも構わない、とのお言葉を頂いています」
最後通牒のつもりだった。
だが、その通告を受けてなお、フォルス王女は昏く笑う。
「魔王討伐の旅についてもこれなかったあなたたちごときに、私を止められるとでも?」
「フォルス、様?」
アリアの胸に、不審が湧き起こった。
確かにフォルス王女は魔法に長けていたが、だからといって騎士団と、さらに言えば国でも有数の実力者である自分と正面から戦って勝てるほどの実力はない。
かつての聡明な彼女なら、どれほど頭に血が上っていようとその程度の判断は出来たはずだ。
(あまり、考えたくはない話だが……)
王女はかの勇者と別れ、本当に心を病んでしまっているのかもしれない。
(やむを得ない、か)
苦いものを噛んだような顔をしながらも、アリアは己のなすべきことをする。
それが、ひいては王女自身のためにもなると信じて。
「姫様は疲れておいでのようだ。王城にお連れしろ。無論、丁重にな」
指示を受け、騎士数名が王女の方に歩き出す。
王女に配慮して女性だけで選抜されたメンバーではあるが、その実力は本物だ。
これで傷心の姫のささやかな反抗は、終わりを告げる。
その、はずだった。
「――愚かしい」
一瞬、だった。
フォルス王女から赤い光が放たれたと思った瞬間、彼女に群がっていた騎士たちが、ほんの瞬きの間に吹き飛ばされ、地面に転がっていた。
(騎士団の精鋭が、一撃で……?)
アリアの頬を、汗が伝う。
彼女の鋭敏な感覚は、王女の雰囲気が変化したことに気付いていた。
騎士団長であるアリアをして、勝つどころか戦うことすらおこがましいと感じさせられる威圧感。
それが王女の全身から湧き上がっていた。
(な、んだ? なんだこの、プレッシャーは……)
いや、答えは分かっている。
分かっているからこそ、おかしいのだ。
「私には、やることがある。そう、言ったはずですよね」
冷然と告げるフォルス姫の身体から、その口調に合わぬ熱が吹き上がる。
まるで、命そのものを炎としたような、力強く、活力に溢れた炎。
それを、ほかならぬアリアが見間違える訳がない。
だが、だからこそ……。
「ありえ、ない……!」
王女の身体から立ち上るのは、フールの使う「勇者の力」。
いまだにアリアの目に、心に焼き付いてやまない、破邪の炎。
白昼夢を振り払うようにアリアは首を振り、叫んだ。
「勇者召喚は終わったはずだ! あなたが、彼の力を使えるはずが……」
取り乱すアリアに向け、王女は感情すら窺えない無の表情で、口を開いた。
「私はまだ、彼に何もしていません」
「……え?」
それは、勇者と王女の別れの日。
魔王を倒し、今まさに消えようとする勇者に伝えようとして、結局は伝えきれなかった言葉。
「分かりませんか? 私はまだ、『勇者様に送還魔法を使っていない』と言っているのです」
それが時を超え、場所を変えて、騎士団長の胸に鋭利な刃物のように突き刺さる。
アリアはまるで殴られでもしたかのようによろめき、声を震わせた。
「バ、カな……」
勇者が目的を果たしたとしても、自動的に勇者を元の世界に戻すような機能は勇者召喚魔法に含まれてはいない。
勇者召喚を終わらせる方法は、あくまでもたった一つ。
召喚者が送還の魔法を唱えること、だけ。
つまり、つまり勇者は、フールは……。
「――彼は元の世界に帰ったのではありません! 送還魔法に偽装された『何か』によって、さらわれたのです!!」
唐突に突きつけられた、想像もしていなかった真実。
ただ呆然とその場に立ち尽くすアリアは、自分の信じていた平穏がガラガラと崩れていく音を聞いた気がした。
一方その頃、フールはすごいです係に鼻の下を伸ばしていた……
次の更新は「主人公じゃない!」になります!
こっち読んでる人は大体読んでそうな気もしますが、一応下にリンクなぞ張っておきました




