29.たった一つの冴えたやり方
「主人公じゃない!」のあとがき書き終わったのに安心してぬかってしまった
「いいか、今回の試験は探索能力のテストだ。パーティの盗賊になったつもりで罠を抜け、通路の一番奥に到達してみせろ!」
徳島はそう言って、心の中で笑った。
(出来るものなら、な!)
少年が挑もうとしている〈盗賊の道〉。
それは、クランの盗賊が少しずつ継ぎ足し継ぎ足し、改良に改良を重ねた、地獄の罠だ。
この道を突破するためには、全ての技能がありえないレベルで秀でていなければならない。
一見、何の変哲もなく見えるこの通路。
だが、実際には罠のオンパレードだ。
まず一歩目。
凹凸のある地面の岩肌に擬態しているため、目を凝らさないと違和感すら覚えないが、そこにはトラばさみが仕掛けられている。
訓練用ということで、殺傷力は多少削っているものの、冒険者向けの仕掛け。
もし一般人が捕まってしまえば骨が砕けるほどの威力のトラばさみで、哀れな犠牲者を捕まえて離さない。
しかし、それだけ凶悪な仕掛けだが、これはただの「囮」だ。
トラばさみを避け、それを一歩飛び越えたものが、本当の罠にハマる。
トラばさみのちょうど向こう。
それを警戒して避けた人間が足をつける場所に、「吸着の罠」が設置されているのだ。
この「吸着の罠」は単純につけた足が離れなくなる、という単純なもので、トラばさみのような殺傷力もない。
そんな他愛ないと思える罠だが、この〈盗賊の道〉の第三の罠と組み合わせることで、本当の力を発揮する。
三つ目の罠は、矢。
通路の中に人が飛び込んだことを察知すると、両側の壁の凹凸に隠れた射出口から、無数の矢が発射されるのだ。
ただでさえ、すさまじい勢いで飛来する無数の矢を避けるには、常人離れした素早さが必要になってくる。
その上、もし足を「吸着の罠」によって掴まれていたら……結果は決まっている。
つまり、この矢を回避するには、「吸着の罠」を一瞬で抜け出す足の力と、矢を全て回避するだけの素早さが同時に要求されるのだ。
そして、仮にその二つをどうにかしてかいくぐっても、四つ目の罠は回避不能だ。
それは次なる罠が、無味無臭、目視不能の気体だから。
矢の仕掛けを躱して進んだ先の天井には、麻痺ガスが噴き出す噴出口がある。
目に見えず、点でも面でもなく通路全体に広がるこの麻痺ガスばかりは、挑戦者がどれだけ素早くても避けることは出来ない。
状態異常に対する強い耐性が、どうしても必要になる。
そうして、それらを超えた先に待ち受けるのは、このトラップゾーンの到達点にして、理不尽の極みと言える罠。
――幅十メートルにもおよぶ、落とし穴だ。
これは、これだけは、どれほどの盗賊の技能を持つ人間も、対処は出来なかった。
走っていると突然、自分の足元全てが突如として消え去るのだ。
これに対応するには、とっさに壁に道具を突き立ててこらえるか、魔法などで浮遊するしか手段はない。
トラばさみを見分ける「観察力」。
吸着の罠を抜け出す「力」。
矢の雨をかいくぐる「素早さ」。
ガスに耐えて先に進む「頑強さ」。
落とし穴に反応する「対応力」。
それを全て備える人間でなければ、この道は突破出来ない。
(だが、そんな奴いるわきゃねえよなぁ!)
現実には、そんな完璧な冒険者がいるはずがない。
全てに秀でた冒険者、そう、まるでおとぎ話の勇者のような存在でなければ、絶対に不可能だ。
(しかも……ははは!)
そして……この状況だからこそ使える、最後の最後にして、最大の罠。
もし、仮に少年が全ての罠をかいくぐったとしても、それはイコール合格とはならない。
盗賊は、パーティの安全を確保するのが仕事。
仮に少年がなんとか罠を全て抜けたとしても、「お前は罠を抜けられたかもしれないが、パーティメンバーのことはどうするつもりだ!」と、そう一喝してやれば、それで終わる。
実際には、この罠を解除して進むなど、不可能だ。
だが、盗賊になったつもりでこの道を突破しろ、と事前に通達した以上、この論理に反論することは出来ないだろう。
狼狽する少年の姿を想像して、徳島はほくそ笑んだ。
「では、試験を……」
「ま、待って!」
徳島が開始の合図を出そうとしたとき、その隙をつくように、召喚士の女性がサッと少年に近付くと、
「あのね、篠塚くん! 君がすごく優秀だったから、この試験はいつもより難易度を高くしていて、危険な罠もあるの! もし、罠の対処が苦手なら棄権しても……」
あろうことか、そんなことを必死にまくしたてる。
(チッ! 余計なことを!)
徳島は毒づくが、彼の心配は的外れだった。
「大丈夫です。盗賊の技能に自信はないですけど、たぶん、なんとかやれると思うので」
少年はそう言って女性を躱すと、自ら前に踏み出したのだから。
(ははは! バカ野郎が!)
今まで、低レベルダンジョンのぬるい罠しか経験してこなかったのだろう。
少年は口調とは裏腹に自信をにじませた態度で、前に出た。
(さて。自信満々の小僧が、どこまで辿り着けるか、見ものだな)
にやにやと徳島が見守る前で、準備運動だろうか。
少年は〈盗賊の道〉の前に立つと、手を前に掲げた。
「――〈氷神覚醒〉」
そうして、次の瞬間、
「は?」
少年より前にあった通路全てが、凍りついた。
「……は?」
徳島は、目の前で起こったことが信じられなくて、もう一度つぶやく。
何かの幻覚かと、ごしごしと何度も何度も目をこする。
だが何度見ても、通路はまるで氷でコーティングされたように、凍りついている。
トラばさみも、吸着の罠も、矢の射出口も、ガスの噴出口も、落とし穴の上の床も、全て。
「じゃ、行ってきまーす! ……到着!」
そして、何の障害もなく通路を歩き切った少年がこちらにブンブンと手を振るのを見て、徳島はがっくりと地面に膝をついたのだった。
多分これが一番早いと思います!