26.凍りつく時間
こっちを三話書くより、「主人公じゃない!」を一話書く方が大変という事実
そして「主人公じゃない!」を書くより、書籍のあとがきを書く方が……
「おやっさん。本当にこの子にも『やる』んですか?」
所定の場所につき、特に緊張した様子もなく物珍しそうに辺りを見回している少年を見て、召喚士の女性が渋い顔で徳島に耳打ちする。
やる、というのは戦闘試験で弱点のモンスターを当てるかどうかだろう。
彼女は今回の挑戦者、篠塚風流という少年のどうにも無邪気な様子を見て、少し腰が引けているようだ。
だが、徳島は躊躇わなかった。
「当然だ。トライアルは公平公正に、だ。あの少年にだけ、贔屓をするワケにはいかん」
「トラウマを植え付けちゃっても、知りませんよ。……じゃあ、アイスファントムでいいですね」
アイスファントムはC級下位に当たる氷属性モンスターだ。
亡霊系のモンスターで動きは遅く、その攻撃力はさほどでもないが、それでもたったレベル十四の少年を倒すには過剰すぎるほどの戦力だ。
嫌な仕事を引き受けちゃったな、と思いながら、召喚士の女性はアイスファントムを呼び出そうとして、
「――いいや、ブリザードファングだ」
続く徳島の言葉に、目をむいた。
「な!? ブ、ブリザードファングですか!? でも……」
ブリザードファングは、ランクBのモンスター。
それも、アイスファントムと違い、好戦的で敏捷性にも優れた凶暴な狼型の魔物だ。
どう考えても、いまだにダンジョンをろくに探索したことのない少年に当てるような魔物ではない。
「贔屓はしない、と言っただろ! あいつには、冒険者の厳しさって奴をしっかりと勉強して帰ってもらわんとな!」
「で、でもですね。いくらなんでも、ブリザードファングは……」
「くどいぞ! さっさとやれ!」
頑固な徳島が、一度言った言葉を取り消すことはないと、召喚士の女性も知っていた。
少年に心の中で謝りながらも、渋々と言われた通りの魔物を呼び出す。
「――出でよ、ブリザードファング!」
床に召喚陣が生まれ、そこから顔を出したのは、狂相の獣。
人の数倍の体長を持ち、剣ほどもある鋭い爪をむき出しにして、青い体毛を逆立たせた氷の狼だ。
一般の人間なら、見た瞬間に恐怖のあまり身動きも出来なくなってしまうほどの、威圧感。
だが、
(ふうん。なかなかいい面構えじゃねえか)
少年は、自分からほんの数メートルの距離に巨大な狼が現れても、表向きは動揺を見せることはなかった。
(いっちょまえの冒険者を気取って、驚きを押し殺してやがるのか。あるいは……いまだに自分の力が通用すると、勘違いしているのか)
その答えは、次の行動で決まる。
(「相性」ってのは、ダンジョンにおける絶対的なルールだ)
ダンジョンは悪辣で、誘い込んだ人間をあの手この手で苦しめ、殺そうとする。
だからこそ、たった一つだけしか特技を持たない者は、圧倒的に弱い。
ブリザードファングは、〈氷無効〉の特性を持っている。
そう、氷への「耐性」ではなく、「無効」、なのだ。
だから、いかに少年が氷魔法に長けていたとしても、いかに少年の氷魔法の威力が優れていたとしても、全くの無駄。
彼が「氷」の属性を操るのならば、少年に万に一つの勝ち目はない。
果たして少年が繰り出す魔法は、氷か、あるいはそれ以外か。
氷の怪物に向かって果敢にも手を突き出し、そして唱えた言葉は……。
「――〈氷神覚醒〉」
それを聞いた瞬間、徳島はこの勝負の結末を確信した。
(やっぱり、とんだ時間の無駄だったな)
その〈氷神覚醒〉というスキルの詳細は知らないが、腕に集まる冷気は、どう見ても氷属性のもの。
さらに言えば、一流に片足をかけた冒険者である徳島の鋭敏な感覚からしても、大した魔力を感じられない。
だがそこで、その場にいた誰にも予想外のことが起こった。
「ダ、ダメ! 制御が……!?」
突然、ブリザードファングが召喚士の手を離れ、暴走を始めたのだ。
(チッ! まさか未熟な冷気を見て、挑発されたとでも感じたのか!?)
ブリザードファングは、この召喚士の女性が扱える中で最上位の魔物。
魔物の感情が高まれば、一時的に制御不能になることはありえる。
「ガアアアアアアアア!!」
そして、事態は、最悪の方向へと転がり始める。
追い詰められた獣のような唸り声をあげたブリザードファングが、少年冒険者に向かって、一目散に駆け出したのだ。
「に、逃げてぇ!!」
「クソがぁ!」
召喚士が叫び、徳島も必死に荒ぶる狼を止めようと走り出すが、そんなものが間に合うはずもない。
理性を失った氷の獣は一息の間に少年の頭上へと迫り、その鋭い爪をむき出して、
「――凍れ」
静かな声が、時をも凍らせた。
「あ……?」
そして、徳島たち二人は、己が目と、そして正気を疑うことになる。
「ありえ、ねえ……。なんだ、これ。なんなんだよ、これは……!」
徳島の口から、取り乱した声がこぼれる。
だが、それを責めるものは、その場には誰もいなかった。
なぜなら、氷に対して絶対の耐性を持つ、猛き狼。
凶悪なはずのその獣が、少年に向かって爪を振りかぶった姿勢のまま、身動き一つせずに固まって……。
いや、氷漬けにされていたのだから……。
あらすじの一行目の意味は、まあ大体こういうことです