『open・heart』
はじめまして。こちらはエブリスタでも投稿している話になります。よろしくお願いします!
「ここ、なのかな・・・?」
噂を聞いてやってきたサツキは、その店の前で立ち止まった。そこには、『open・heart 心のひとりごと、お聞きいたします』という看板が出ていた。後ろにあるこじんまりした建物で、話を聞いてもらえるのだろう。
意を決して、サツキは店のドアをノックした。
椎野 彩月がその店の噂を聞いたのは、大学の授業後のことだった。いつものように友達の話に相槌をうっていると、気になる話が耳に飛び込んできたのだ。
「サツキ、魔女の店の噂知ってる?」
「知らない、かなぁ。どんな噂なの?」
「なんかね、満月の日だけ開いてるらしいよ。話を聞いてくれて、しかも美味しい飲み物を出してくれるんだって!」
「話を、聞いてくれる――・・・」
「そそ。なんかサツキみたいだよね~」
「そうかもね・・・」
私みたい、か。サツキは美麗にバレないよう、こっそりとため息をついた。サツキは元々、こんな性格だったわけではない。元は、明るい太陽みたいな少女だったのだ。
こうなってしまったのは――――
「サツキ?」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた。そういえば美麗、昨日言ってた告白はどうなったの?」
サツキの友達の水谷 美麗は、近々告白すると自信満々に宣言していた。記憶が正しければ、昨日告白しに行ったはずだ。
「ふっふーん。もう結果は分かってるでしょ?当然、返事はOK。付き合うことになったよ!」
「わあっ、すごーい!おめでとう!」
「ありがとー。・・・・・あっ、今日一緒に帰る約束をしてたんだった!サツキ、また明日ね!」
「う、うん。またね」
美麗は勢いよく言いきると、めでたく彼氏となった長谷君と帰っていってしまった。サツキははぁ、と再びため息をつく。
(魔女の店かぁ。どんなとこなんだろう・・・?)
気になったサツキは、思いきって店に行ってみることにした。本当に"話を聞いてくれる"というのなら、聞いてほしい話もあった。決めたら即断即決。サツキは大学を飛び出した。
道が分からないから大丈夫かな?と思ったけれど、この辺りでは有名な店らしい。聞くと、すぐに場所は分かった。
辿り着いた店は、普通の家のように見えた。けれど、看板が出ているのでここで間違いないだろう。
もう少しで日が暮れる。サツキはメッセージアプリで母に『遅くなります』とだけ送信し、意を決して店のドアをノックした。
コンコンッ。
「どうぞ」
店の中から声が聞こえる。まだ若い少女のようだった。ドキドキしながら、サツキは店に足を踏み入れた。
「わぁー・・・」
店は素敵なところだった。アンティーク調の家具に、控えめに光る小さなシャンデリア。奥のテーブルに、少女が座っていた。ニコニコしながら、こちらを眺めている。
ぐるっと歩いて見回っていたことに気付き、サツキは慌てて椅子に腰かけた。テーブルには、おしぼりと飲み物のメニューが置かれている。
向かいに座る少女は不思議な感じがした。顔立ちも服装も普通の女の子と同じなのに、なぜか彼女の傍にいるだけで安心する。
「飲み物は何になさいますか?」
少女が尋ねてくる。サツキがメニューをみると、十種類ほどあり、どれも美味しそうだ。ふと、サツキは『おすすめ』と書かれたホットココアに目が留まった。
(そういえば、少し寒い気がする・・・これにしようかな)
「ホットココアを、お願いします・・・」
「かしこまりました。すみませんが、2~3分ほどお待ち下さい」
(礼儀正しい子だなぁ)
ぼんやりと、サツキはそんなことを思った。値段が書かれていないけれど、これはいくらなのだろうか。
悶々と考えていると、少女がカップを手に戻ってきた。
「お待たせしました。ホットココアです」
「ありがとうございます。あの、これっていくらですか?」
そう聞くと、少女はびっくりしたように目を見開き、フフッと笑った。
「お金はとりませんよ。私の淹れた拙いものですし、このお店も趣味でやっているようなものなのですから」
そうなのか。今度はサツキがびっくりする番だった。それにしても、親切すぎる気がしないでもない。
サツキがホットココアを飲んで落ち着くと、少女が聞いてきた。
「あなたの心のひとりごとは、何ですか?」
「え・・・」
サツキが言葉に詰まる。その様子を見て、少女が不思議そうに首を傾げた。
当たり前だ。ここは話を聞いてくれる店なのに、客が話さなかったら不思議に思うだろう。サツキはそのことが理解できていても、どうしても話しにくかった。
脳が思い出すのを拒み、口を開いてもこぼれるのは吐息だけ。サツキは思わず、ギュッと目を瞑った。そうするとやっと、あの頃のことが脳裏に浮かんでくる。
それは、サツキが中学2年生の時のこと―――