97 捕らわれた者達
「ここがあなたの部屋です」
「これはまた……」
屋敷に戻ると、レトに連れられて、宛がわれた自室にやって来た。
元町長の屋敷だけあって、立派な作りで綺麗な部屋だった。
「食事は食堂で1日3食。時間は――」
「はい」
「入浴時間は男女別です。女性は――」
「分かりました」
「これは1階の見取り図です。何かあれば使用人にお声がけください」
「ありがとうございます」
一通り説明を終えると、レトは立ち去って行った。
外出は出来ないが、屋敷内で生活する分には至れり尽くせりだ。
(……イザールの目的がいまいち分からん。反抗的な人達の心を折るなら、もっと効率的な方法があるだろ。ってか、魔人がこんな所で何やってるんだ?)
一般市民や部下には恐怖政治を強いり、奴隷を手厚くもてなす。
かと思えば、気まぐれに命を奪うこともあるとの話だ。
イザールが最終的にどうありたいのかが、全く読めなかった。
あれこれ悩んでいると、部屋のドアが叩かれた。
ペイトーだ。
「モトキちゃんにお客さんだぜ」
「俺に?」
この街にモトキの知り合いは少ない。
わざわざ会いに来てくれるような相手は、息子を助けられたオルガくらいだろう。
あまり迷惑を掛けたくない相手なので、モトキは申し訳なさそうに玄関に向かった。
「何やってるんだお前は!?」
「え?」
やって来たのはハゲ達3人だった。
ハゲは会うなり、モトキに詰め寄る。
「お前ならもっと上手く立ち回れただろ! 俺達はお前の準優勝に賭けてたんだぞ!」
「見るからに弱そうで、無茶苦茶オッズが高かったんだよ……」
「これで大金が貰えるなんて、チョロい話――と思ったんだけどなぁ……」
「ペイトー、こいつら殴ってもいいの?」
「奴隷魔術が起動するから駄目だ」
「そうか……」
魔術師を殺しても、既に刻まれた術式は消えない。
つまり殴るなら相打ちを覚悟しなければならないのだ。
「なあハゲ。次は死ぬ気で準優勝するから、協力してくれない?」
「……正気か? 俺達は因縁の相手だぞ?」
「ソフィアとアンネの事は許さない。けど俺とエドブルガの事は水に流す。今は一刻も早く、白の国に戻りたいんだ」
その為なら私怨などどうでもよかった。
「……俺達はイザール様を裏切らない。その範囲なら考えてやる」
「いいんですかアニキ!」
「こいつには散々苦汁を舐めさせられて――」
「ただし報酬先払いだ。次に準優勝したら、俺達の出来る範囲で協力する。それでどうだ?」
「分かった。よろしく頼む」
アゴとハコは納得していない様子だが、ハゲと共に屋敷から出て行った。
次の闘技場は2日後だ。
モトキとしては、すぐにでも行動を起こしたかったが、そこは妥協した。
この状況で急げば事を仕損じてしまう。
「モトキちゃんは諦めてないんだな」
「ペイトーだって。ここのみんなも全員、最初は諦めてなんかいなかっただろ? 折れるまでは足掻き続けるさ。よし、お昼にするか」
「案内するぜ」
食堂に行くと何人かの男達が詰め寄ってきた。
共に今日の闘技場に参加していた人達だ。
何人かは怪我を負って、包帯を巻いていた。
「モトキだっけ? お前、マジ勘弁してくれよ」
「もう無駄にイザールを煽る様なことはしないでくれよな」
「命が幾つあっても足りないぜ」
「申し訳ありません」
「おう、気を付けろよ」
モトキとの闘い気に入らなかったイザールの、八つ当たりを受けた面々だ。
一同は随分とご立腹の様子だったが、モトキが謝るとすぐに許してくれた。
「しかしお前の闘いっぷりは中々だったぞ」
「ああ、イザールの仮面の下。絶対顔真っ赤だったぜ」
「ざまあみろってんだ」
男達は一転、イザールの事を扱き下ろす。
元からイザールに反抗的な行動をとった者達であった為、モトキの行動は爽快だったのだ。
男達に気に入られたモトキは、一緒の席で食事をすることになった。
城の食事と比べると流石に劣るが、味も量も栄養バランスも十分な料理だ。
「俺は街の自警団で、最初にイザールが来た時に戦った1人だ。あっと言う間にボコボコにされてこの様だがな」
「俺はイザールに街から出て行くようにデモを起こしたんだ。他の奴等は殆ど殺されちまったが、俺は体格に優れているって理由でここに連れて来られたんだ」
「母が病気にかかって、隣町の大きな病院に連れて行きたかったんだが、街から出る許可が下りなくてな。結局母は亡くなって、敵討ちに殴り込みに行ったら――って感じだ」
「酔っぱらった勢いでイザールの悪口を言ってるところを、部下に見つかてな……」
三者三様の理由で、ここに連れて来られた者達。
前提の通り、闘技場で死んだ者も少なくない。
普段は心を折られてしまた為、もっとコソコソ話しているそうだが、モトキに触発されて、かなり大っぴらだ。
今日の闘技場に参加でなかった者達も、モトキの武勇伝を聞いて輪に加わる。
貴重な女性であることと、本来は男であるコミュニケーション能力も合わさって、モトキはあっと言う間に溶け込んでいた。
ただ1人、アグラヤを除いて。
「あの99勝の人、アグラヤさんだっけ? 隅っこで1人だけど、いつもあんな感じ?」
「最近はな。勝ち続けるってのは、誰か負けるってことでな。もちろんあいつ1人の責任じゃないんだが、そういうのを気にする奴なんだよ」
「……」
100回の準優勝には100回の最下位が必要だ。
1人がここから抜け出すには、10人を殺すだけの敗北が付きまとう。
あの時自分が最下位になれば、彼を死なせずに済んだだろう。
そんなことを考えたら、人は心を壊してしまうだろう。
それが仲の良い相手なら尚更だ。
(なるほど。居心地のいい環境に共通の敵。そこから生まれる一体感に仲間意識。自分の命を護る為の闘い。敵と味方の両方から心を折ろうとしているのか……)
モトキはより深く、イザールに対する敵意を抱く。
しかしそれを無理やり心の奥に仕舞い込んだ。
それはモトキが優先すべき目的の妨げになる感情だったからだ。
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それから共にトレーニングを積み、夕食を食べ、入浴を済ませた。
浴場は共用のもので、レト達使用人と一緒に入ることになる。
「何故目を瞑っているのですか?」
「俺の目は湯気に弱いんです。気配で大体の位置は分かるので、お気になさらず」
精神は肉体に影響されるというが、モトキはセラフィナと共同で生活している為か、その精神は7年経っても男のままである。
そう言ったことを一切気にせず、本人から許可が出ているセラフィナの体ならともかく、それ以外の女性の体を見る訳にはいかないのだ。
「あなたも大変ね。女なのに使用人じゃなくて選手だなんて」
「物理的にイザールに反抗しちゃったので」
「まだこんなに小さいのに可哀そうよねぇ」
「でも胸は小さくないわよ」
「ちょっ! やめてください!」
モトキは背後から胸を揉まれた。
振り解こうにも、周りは裸の女性ばかりで、下手に動くことが出来ない。
動けば間違いなく触れてしまう。
セラフィナの体を悪用する様な真似は、モトキにとって禁忌だった。
「大丈夫? 男達にセクハラとかされてない?」
「現在進行形で、女性にされてます! やめっ――」
「気にしない気にしない。あたしのも揉んでいいから」
「結構です!」
「これから一緒に暮らすんだから、スキンシップは大事よ」
(助けてセラフィナ!)
セラフィナは応えない。
それからモトキは為す術なく、女性陣の玩具にされた。
モトキは初めて、女性の体に転生したことを後悔した。
セラフィナが男であれば良かったと。
(……いや、セラフィナは女の子の方がいいな)
すぐに思い直した。
風呂で疲れを取るはずが、闘技場やトレーニング以上に疲労しながら、モトキは自室に戻っていった。




