95 奴隷の首輪
「誰かー! このおじさんが、こんな小さな子に、如何わしいことをしようとしてる!」
「誰がテメェみたいなガキに! 大人しくしてろ!」
エクバの脇に抱えられ、イザールの屋敷に連れて行かれているモトキ。
胴体を縄で縛られているモトキは、せめてもの抵抗で足をバタつかせ、エクバを罵る。
その結果、多少はエクバをイラつかせることは出来たが、逃げられるような隙は見せない。
エクバの周りには、ハゲ達3人の他にも数名の男達が同行していた。
仮に抜け出せても、両腕が使えない状態で、他の男達を突破することは出来ないだろう。
モトキの行動は、ただの嫌がらせ以外の何物でもなかった。
「はぁ……。エクバだっけ? 俺はこれからどうなるわけ?」
「テメェ、状況分かってるのか?」
「分からないから情報が欲しいんだ」
今を打開できないなら、せめて未来を好転させたい。
その為の情報が引き出せるなら、相手も状況も二の次だ。
「テメェは腕に自信があるようだが、その自信をこれからイザール様に砕かれることになる」
「今更過ぎるなぁ……」
ただでさえ勝率が低いと言うのに、ここ数日は負けて大切なものを奪われっぱなしだ。
僅かにあった自身など、とっくに砕け散っている。
「テメェも馬鹿なことをしたもんだ。大人しく俺等に売られれば、地獄に行かずに済んだってのによ」
「怖いなー」
「あそこだ」
「ん?」
10分ほど歩くと、高台に立てられた大きな屋敷に辿り着いた。
オルガの話にあった、元町長の屋敷だ。
屋敷の入り口には2人の門番が立っており、エクバの存在に気付くと駆け寄ってきた。
(どこからか血の臭いがするな……)
「こんにちは、エクバさん」
「おう、イザール様から話は聞いてるか」
「はい。ですが……その子供ですか?」
門番の男は、モトキの姿を見て訝しむ。
「こんなのすぐに死んじゃいますよ」
「イザール様に歯向かったことに変わりはない。それにこう見えてかなり狂暴だ」
「このキュートガールのどこが狂暴か」
「自分で言うな」
正確にはセラフィナの事を指しているので、別にナルシスト的発言ではない。
そしてモトキの性格も温和な方だ。
何もかも周囲の環境が悪い。
門番はエクバからモトキを引き取ろうとしたが、危険だという事で、そのまま屋敷の奥に連れて行かれた。
屋敷の中は清掃が行き届いたが、所々に破壊の後が見られた。
「こちらです」
「テメェ等、押さえとけ。おい、いつものを」
「おう」
モトキは縄を解かれると、代わりに椅子に座らされ、手足を押さえられる。
エクバに何かを指示されたハゲは、モトキの服の胸倉を掴み、ずり下げた。
「うおいっ! やっぱり如何わしいことをする気じゃないか! この変体共が!」
「だから誰がテメェみたいなガキに――って、嘘だろ!?」
セラフィナの体は、身長は歳の割に小さいが、胸はそこそこある。
剣を振る時は、通常の下着では抑えきれない為、サラシを巻いて固定していた。
現在は緊急事態だった為に、切ったドレスのスカートを代わりに巻いている。
しかし長さが不十分だったので、半端に押さえつけられた胸が露わになった。
「ああ、15歳……。本当だったんだな……」
「だから言っただろ」
「じろじろ見るな! 如何わしいことじゃないなら、何目的だ」
「こういうことだ」
ハゲは指先を切ると、モトキの胸元に術式を刻む。
魔力を込めると、術式が黒く光る。
「スレイブリング!」
術式から延びた光が首に巻きつくと、術式は見えなくなる。
ハゲはモトキから手を離し、他の男達も解放した。
「……何これ?」
「は? 魔術研究者のお前なら知ってるだろ」
「……」
「マジかよ。姫ってそういうもんなのか?」
ハゲは信じられないと言った顔をしている。
どうやらかなりメジャーな魔術の様だ。
「これで俺達の仕事は終わりだ。帰るぜ」
「「「おう!」」」
「ちょっと! 説明を!」
モトキと、ここまでの案内をした門番の男を残し、エクバやハゲ達は屋敷から立ち去って行った。
モトキは一切拘束されておらず、門番の男さえ何とか出来れば自由だ。
「えーと……実力行使に出てもいい?」
「やめておいた方がいいですよ。奴隷魔術が起動しますから」
「奴隷魔術?」
聞いたこともない魔術だった。
魔術の知識に疎いモトキでも、セラフィナが話題に出した魔術名くらいは覚えている。
ハゲの反応から、かなりメジャーな魔術であるはずになのにだ。
「名前から察するに、俺があなた達に歯向かうと、さっきの術式が悪さをすると?」
「はい。許可なく指定された範囲から出るか、キースペルを唱えると、首が絞めつけられます」
「まさしく奴隷の首輪か……」
セラフィナを奴隷の立場に堕としてしまったことに、モトキは深い罪悪感を覚える。
「範囲って言うのは?」
「この屋敷の1階は自由に動き回れます。2階に上がったり、外に出てはいけません」
「ここで俺に何をさせる気だ?」
「戦う準備ですね」
「は?」
「詳しくは先任の者に聞いてください」
門番の男に連れられて、別の部屋に行くモトキ。
連れて行かれたのは、ダンスホールのような広間だ。
そこで20人ほどの男達が、筋トレや模擬戦に励んでいた。
全員明らかに、先程のエクバ達より強そうだ。
(……なにここ?)
「クリオさん、新人が来たので説明をお願いします」
門番の男の呼びかけに、男達は一斉にモトキの方を見る。
そしてクリオと呼ばれた、この中で1番年上そうな男が駆け寄ってきた。
(すごいな。顔はお爺さんなのに、体はどう見ても20代の全盛期だ)
「はいはい、新人さんね。今回は随分とめんこい子が来たもんだ」
「色々説明してやってください。それでは」
そういって門番の男は、本来の職務に戻っていく。
門番の男が去ったのを確認すると、他の男達は手を置き、離れたところからモトキの事を観察しだした。
「どうも、ここのまとめ役をしているクリオじゃ」
「モトキです。初めまして」
「こんな小さい子がここに連れて来られるなんて、もうこの国は終わりじゃの……」
クリオはモトキの小ささを改めて確認すると、落ち込んだ表情をした。
「あの、俺はここで何をさせられるんでしょうか?」
「闘技場に参加するんじゃ。ワシを含めて、ここに居るのは全員選手じゃ」
「見世物ってことですか?」
「理解が早くて助かる。ここにはイザールに反抗的な態度を取った者が集められ、週に2度開かれる闘技場に強制参加させられるんじゃ」
「あいつに……」
街を力で支配したイザール。
エクバ達も恐れながら従っていることから、明らかに恐怖政治だ。
それに反感を覚える者がいるのは当然だろう。
「だけどそんな人達を集めて、体を鍛える場まで用意する……。団結して反撃したりはしないんですか?」
「皆、最初はそう言う……。闘技場にはランダムで選ばれた9人とイザールが出場するんじゃ」
「イザールも!?」
「そして優勝するのは毎回イザール。何度挑もうと、決して敵わぬイザールの強さに、いつしか反抗心を折られてしまったのじゃ」
モトキはイザールとのやり取りを思い出す。
イザールに一方的にやられても、決して諦めない目で睨みつけるモトキ。
イザールはそんな目が気に入らない様子だった。
「そうして俺の心も折る気か……。けどここに居る人は、折れてもなお真面目に体を鍛えてる。その原動力は何ですか?」
「ここから出る方法が1つだけある。闘技場で100回準優勝をするんじゃ」
最短で50週。
凡そ1年で解放されることになる。
「優勝じゃなくて?」
「イザールに勝てないことが前提じゃ。闘技場は10人同時に戦うバトルロワイヤル形式で、最後にイザールと対峙して、死ななければ準優勝となる」
「……死ぬこともあるんですね」
「10回最下位になっても処刑じゃ」
モトキは戦うことは好きだが、あくまで武術やスポーツとしてでの話だ。
見世物で命を賭けるなどバカげている。
「納得いかないと言う顔じゃな」
「それが普通だと思います」
「そうじゃな。しかしその普通を貫いた者達が、ここに堕とされて、心を折られていくんじゃ」
「……」
「お嬢ちゃんも戦いの素人と言う訳じゃあるまい。ここでどう戦うかは、お嬢ちゃん自身が決めると良い」
「はい……」
「よし、まずは武器庫に案内しよう」
武器庫には、それほど質が良い訳ではないが、数と種類は揃っている。
モトキは手頃な長さの木剣を何本か選ぶ。
「そんなのでいいのかい?」
「ええ、俺が使える武器はこれだけですから。どう戦うにしても。誰と戦うとしても」




