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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第一章 元気という名の軌跡
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8 同じだけど違う

 モトキは王達が食事をしているのをぼんやり眺めながら悩んでいた。

 考えているのはもちろん王妃の子に付いてである。

 胎児に宿れると自分と同じ性別になって転生できると勝手に勘違いしていたため、女性になった場合については全く考えていなかったのだ。


『うーん、別に女になるのもお姫様やるのも構わないけど、将来男と結婚するのは流石に嫌だなぁ。でも生きていく分には多分これ以上ない優良転生先なんだろうし……』


 モトキに結婚願望はあまりなかった。

 生前はイサオキとエアの甥っ子や姪っ子なら全力で可愛がる気自分の姿が容易に想像できたが、自分の子供ではそうはいかない。


 前提としてモトキは自分のことをまったく大事に思っていなく、仮に結婚してもその相手をイサオキとエアよりも、それどころか半分も愛せないという確信があったのだ。

 そんな2人の子供を愛せるかどうかはかなり疑問だ。

 対して甥っ子や姪っ子なら半分はイサオキやエアな為、確実に愛せる確信がある。


その為モトキは良い伯父さんにはなれても、良い父親にはなれないと嫌な自信に溢れていたのだ。

 これで結婚願望などあるはずがない。


 それでも仮に結婚するとしたら女性がいいと思っていた。

 王族であるなら生まれる前に婚約者がいてもおかしくないし、政略結婚でどこかに嫁がされたりするかもしれないだろう。

 何にしても独身でい続けることはかなり難しい立場である。


『ある程度成長したら自由を求めて城を出て――ってこれじゃあ態々王族に転生する意味がないし、その家の子として転生するからには親不孝な真似はしたくない……。そんなことするなら転生しないで消滅する』


 モトキが嫌いな人種、それは家族を大事にしない人だ。

 自分がそんな人間になるくらいなら死を選ぶほうがよっぽどマシである。

 なので愛せる自信が微塵もない家族など絶対に作るわけには作るわけにはいかなかった。


『転生したら両親と兄弟だけは頑張って愛さないとなぁ……』


 頑張らないと保てない愛が本当に愛であるかは疑問である。

 もはやモトキの転生に対するモチベーションは下がりすぎて、ここから上げるのが困難な領域だ。


「リツィア、セラフィナの具合はどうだ?」

『ん?』


 気付くと食事は既に終わっており、食事中は殆ど無言だった王が王妃に声をかけている。

 すると王妃改めリツィアは顔を抑えて涙を流し、声を振り絞って話し出した。


「お医者様の話では次発作を起こしたら助からないだろうと……」

「そうか……」

「ちっ……」

「姉さん……」

『やっぱりか』


 モトキは話の流れからセラフィナと言う人物は王とリツィアの娘で、シグネとエドブルガの姉であると見てまず間違いないと認識した。

 国のトップの娘、つまり王女ならこの国で最先端の治療が受けられ、場合によっては他国から優秀な医者を呼ぶことも容易いはずである。

 それでも治すことが出来ないということは、彼女の病に現代医学が敗北したということ、つまりは――


『セラちゃんって子は生前の俺と同じ、不治の病に侵されているってことか……』


 話からその命の残量は残り僅かなのであろう。

 恐らく新生モトキが産まれるまで生き続けることは難しいと。


「情けないことだ、一国の王だというのに自分の娘1人助けることが出来ないとは……」

『それは仕方がないですよ。その時点の医学が治せるレベルに達してないんじゃどうしようもない』


 それは以前モトキが自分自身に言い聞かせていた言葉であった。

 絶対に解決しようがない問題を延々と悩み続けても辛いだけだ。

 早々に諦めて受け入れた方がよっぽど幸せになれるのだ、と。


「母上、やはり姉さんの部屋に入ってはいけませんか?」

「いけません! もし貴方達まで病に侵されでもしたら……」

「くそっ……」


 姉に会いに行きたいというエドブルガをリツィアは声を荒げて制した。

 セラフィナの病気は伝染病であり、面会謝絶状態で防護服を着た医者しか部屋に入れないそうだ。

 それを聞きシグネとエドブルガは心底残念そうな顔をしている。

 その表情がモトキの良く知る表情と重なった。


『……』


 モトキは無言で部屋を出て城の探索を再開し始めた。

 先ほどまでのように通路を適当に歩き回るのではなく、一室一室順々に中を確認しながら何かを探すようにである。

 それから何時間か経ち、城の住人は大半が寝静まり、起きているのは警備の兵士が数人だけになった頃、モトキはようやく目的の部屋に辿り着いた。


 他とは違い兵士が警備をしている扉。

 その奥には1人の少女が苦しそうに眠っている。


『君がセラちゃんか……シグネ君とエド君のお姉さん……』


 光源は窓から差し込む月明かりのみのため容姿ははっきりと分からなかったが髪の色は王達と同じく白かった。


『はぁ、何で会いに来ちゃったかなぁ……。どう考えても俺が生まれる前に死んじゃうよ、この子。さっき人生き死にに関心持たないほうがいいって言ってたじゃん』


 思いつく理由はいくつかあった。

 シグネとエドブルガの表情がイサオキとエアを彷彿とさせたから。

 セラフィナが生前の自分と同じように不治の病に侵されているから。

 そしてあり得るかもしれない可能性を思いついてしまったからである。


『何を馬鹿なことを考えてるんだか。たぶん長くて1週間が限界かな。もうどうしようもない』


 モトキはセラフィナの頬に触れようとしたがすり抜けてしまう。

 それから少し考えベッドに腰かける体制を取り、セラフィナの顔を覗き込み話しかけた。


『君は家族から愛されてるね。もうすぐ死んじゃうけど君の人生は幸せなものだったと思う? それとも不幸だったと思う?』


 セラフィナは何も答えない。

 魂であるモトキの声はセラフィナには届かないのだ。


『俺はさ、幸せだったんだ。大好きで大事な弟と妹を愛して、2人も俺を愛してくれた。まともじゃない俺でも結構上手くやれていたと思う。でも最後の最後でやらかして台無しだ。全部俺のせいだよ』


 それはセラフィナに向けた言葉であると同時にモトキ自身に向けた言葉だった。

 まるで鏡のように、セラフィナを通して自分を見ている。


 モトキとセラフィナでは立場が全く違うだろう。

 それでも家族から愛されていることと、それに応えることのできない状況が、モトキに親近感を与えていた。


『やっぱり早めに死んでおくべきだったのかな? そうすれば少なくともあんな結末にはならなかった。2人はすっごく怒るだろうけど。きっと泣かせちゃうだろうけど。……俺には禄な結末がなかったのかな。どう思う?』


 セラフィナからの返事はなく、ただ彼女の苦しそうな呼吸だけが部屋に響いていた。


『ははっ、何言ってるんだか、俺は……』


 モトキは自分自身に呆れながら、ベッドから腰を上げ部屋をぐるりと見渡し、部屋の隅にある少し開けたスペースに移動した。


『なんか疲れたな。この辺、寝床に借りてもいい? 否定されなかったから了承と受け取るよ。おやすみ』


 そう言うと宙に浮きながら横になり寝ころぶ体制を取る。

 ベッドの上から一歩も出ないことも多い生活を過ごしてきたモトキにとって街と城を歩き回ることは大 変な重労働であるためか、モトキはかなり疲労を感じていたのである。

 肉体がないのに疲労が溜まるのか、そもそも眠ることが出来るかどうかという疑問はあったが、目を閉じてみるとあっさりと眠りに付くことができた。


                    ・

                    ・

                    ・


『眩し……』


 カーテンの隙間から漏れる朝の陽ざしが顔にかかり、モトキは目を覚ました。

 宙に静止しながら眠るのは難しかったようで、モトキの首から下は床に埋もれて生首のような状態になっている。


『寝たらすっきりしたな。やっぱり疲れてたんだな』


 モトキがベッドの方を見るとセラフィナはまだ眠っていた。

 昨夜モトキが見た時より若干だが呼吸が安定しており、幾分規則正しい寝息を立てている。


『波は引いてるみたいだな。死ぬのが決まってるとしても、どうせならあんまり苦しまないで死にたいよな』


 モトキは自分が死んだときのことを思い出した。

 魔王に首を切られて死んだはずだが、イサオキとエアを助けられなかったことを辛いと嘆いたが、痛いや苦しいとは思わなかったのだ。

 他に比較対象はないが、少なくともモトキが当初予想していた病死よりは遥かに楽に死ねた様に思えた。


『ギロチンって意識がある状態での死に方の中じゃかなり楽な部類だって聞いたことがあるな。俺より心臓貫かれたイサオキの方が苦しかったんじゃないだろうか……』


 モトキは自分よりイサオキの方が苦しい殺され方をしたと思うと、魔王への怒りが込み上げてきた。

 もちろんイサオキを殺したこと自体がモトキにとって許されざることなのであるが。

 そしてこれから自分よりずっと苦しい死に方をするであろうセラフィナに同情しながら顔を覗き込んだ。


 窓から漏れる光のおかげで昨夜よりもはっきりと顔が見える。

 病気のせいか、ちゃんと食事をとれていないのだろうか、かなりやつれた顔をしている。

 そのせいかシグネとエドブルガの姉と言うには幼く見えた。


『苦しそうだな。たぶん病死は苦しい死に方のトップクラスだよな。俺も急に体調が悪くなることが何度もあったけど、それより更にきついんだろうな……』

「んっ……」


 モトキがセラフィナを見ていると眠りから覚め、ゆっくりと目を開きだした。

 王と同じ金色の瞳でモトキの居る虚空を見ている。


「……よし、生きてる! 今日も私は勝った!」

『……え?』


 セラフィナは体を起こすと、ベッドの横の水差しから水を汲むと一気に飲み干して派手に咽た。

 今にも死にそうな顔色だというのに、足をがくがく震わせ、壁に手を付きながら部屋に備え付けられた机まで移動し席に着くと、紙に何かを書き始めた。


「いい。今日は頭が冴えているわ、私。病原菌ごときに私の研究を止めることはできないのよ」

『うっそだー……』


 モトキはこの世界の文字を読めないため何を書いているかは理解できなかったが、謎の魔法陣に多数の数式、手にした資料の数々からかなり難しいことをしていると思われた。

 その筆速はとても病人とは思えないほど早く、たまに不気味な笑い声を発しては咳き込み、どう見ても絶対安静である体を酷使しているのに楽しそうな表情をしている。

 セラフィナの瞳は生命力に満ち溢れていた。


 そんなセラフィナを見て、モトキは驚きを隠せず、若干引いていた。

 それから程なくして、トントンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「姫様、キテラです。すでに起床されていますか? ……失礼します」


 セラフィナは書くことに夢中でノックの音にも呼びかけにも気が付かず返事はなく、まだ眠っているのかと思った扉の向こうの人物が部屋に入ってきた。

 入ってきたのは長い栗色の髪の女性で、マスク付け白衣を着ている。

 医者という雰囲気ではなく、恐らくはセラフィナの世話係で病気の感染を防ぐために着用していると思われる。


「姫様!」

「ひぃっ! あ……おはよう、キテラ」


 キテラと呼ばれた女性は、机で何かを書いているセラフィナを見て呆れた顔をすると、耳元に大声で呼びかける。

 するとセラフィナはビクッと身をすくめ、ようやく彼女の存在に気が付いた。


「何をしているのですか? お医者様に大人しく寝ているよう言われたじゃありませんか」

「それじゃあ今年のコンテストに間に合わなくなってしまうじゃない。キテラに練習してもらう時間も必要だし。この改良型術式で世界を震撼させるのよ!」


 笑顔で心底楽しそうに話しているセラフィナをキテラは呆れを通り越して馬鹿を見る目で見ている。

 モトキに至っては開いた口が塞がらない状態だ。


「まずは病気を治す方が先です。いくら私が優秀でも、万全でない姫様が作った術式如きでは入賞すら不可能です。如きでは」

「2回も如きって言った!? 大丈夫よ! 病気のおかげで他のお勉強も習い事もやってないから、たっぷり時間を――」


 言い終わる前にセラフィナは強いめまいを感じ机に倒れこみ、顔面を思いっきり強打した。

 明らかに無茶をしているのだから当然の結果であろう。

 キテラは言わんこっちゃないと思いながら、急いでセラフィナを抱きかかえてベッドに運んで行った。


『俺と同じでもう何もできないとか思ってごめん。君は俺とは全然違うわ』



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