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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第六章 四色祭
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72 黒い結膜

 部屋は凄惨な状況だった。

 壁には焼き貫かれ、風が吹き抜ける大穴が2つ。

 床には船底ごと切り裂かれて、海が見える亀裂。

 他にも燃えた跡や、重いものを叩き付けたような凹みが多数ある。


 この状況で疲弊こそしているが、全員大きな怪我もなく生存したのは、幸運だったとしか言いようがない。

 そして飛行船が墜落しなかったのは、奇跡としか言いようがないだろう。


「セラフィナさんとソフィアさんは大丈夫ですの?」

「はい、2人とも魔力の枯渇で眠っているだけですから」


 魔力枯渇と肉体疲労、そして極度の緊張状態からの精神的疲労。

 それらの条件が合わさり、2人ともグッスリだ。


 アンネリーゼは、カリンから事の経緯を聞いた。

 アラビスの事は、ふんわりした言い方で誤魔化している。

 しかし護衛騎士であるアラビスの話を露骨に避けていることから、首謀者が誰なのかを察してしまった。


(やっぱりあれは……)


 気付きはしたが、それを口にすることはなかった。

 自分の護衛騎士の不始末に加え、皆に多大な迷惑を掛けてしまった罪悪感から、これ以上気を遣わせたくなかったのだ。


「改めてお礼を言わせていただきます。助けて頂きありがとうございます」

「お礼ならお姫様達に。私はお姫様の護衛に付いて来ただけですから」

「馬車を襲われたのは、俺達も同じだからな」

「俺はセラフィナに頼まれたから。友達を助けるのに協力してほしいと」

「ええ、2人には後程必ず。それでもあなた達に感謝しない理由にはなりませんわ」


 アンネリーゼは、深々と頭を下げる。


「何にしても、これならキテラさんに、あんまり怒られずに済みそうです」

「ああ、早く帰って――」

「あとは飛行船を操縦している奴ですわね」

「「「え?」」」


 飛行船に限らないが、この世界の乗り物に自動操縦の機能など付いていない。

 ならば当然操縦席には、パイロットが乗っているはずだ。


「そいつは間違いなく、誘拐犯の一味でしょう?」

「も、勿論ですよ!」

「あ、ああ! 事件はまだ終わってないぜ!」

(気付かなかったのは俺だけか……)


 極限状態だったこともあり、眠っているセラフィナ達を含め、誰も気にしていなかったのだ。

 そもそも飛行船のコントロールを奪わなければ、無色の大陸に戻ることが出来ない。

 武器を失ったカリンは、セラフィナとソフィアと共に残り、他の3人が奥へ進むことになった。


「アルステーデ」

「なんだ?」

「さっきはごめんなさい」

「……いつのことだ?」

「王闘の後の事ですわ。セラフィナを傷付けたことを責めたでしょう。そのことを謝っていませんでしたので」

「気にしてない」

「わたくしが気になったのです。確かに謝りましたわよ」

「分かった」


 距離的に考えて、飛行船の先端にあると思わしき部屋。

 カリストが先頭に立ちドアを開けると、操縦席に座る白と黒が入り混じった頭が見えた。

 まるで子供のような身長だ。


「ん? 青の騎士か?」


 カリスト達の気配に気付き、振り向いたのは、やはり子供だった。

 セラフィナ達とそれほど変わりない年齢の少年。

 しかしただの少年ではない。

 その結膜は、魔人化したアラビスと同じく黒いのだ。

 そして人間にはない異形の部位、背中に鳥の様な羽が生えていた。


「また魔人か!」

「こんな子供が魔人!?」


 3人は臨戦態勢に入る。

 しかし少年は、椅子に座ったまま、やる気のなさそうな顔で3人を見ている。

 魔人だと言うのに、先程のアラビスのような威圧感は、まるで感じられない。


「また、か。つまり僕の他の魔人に会ったってことか。そしてそれを退けてきた」

「そうだ」

「お前達が凄かったのか、青の騎士が脆かったのか。何にしても神器なしの人間に勝てないんじゃ、失敗作だったとしか言いようがないな」


 少年は、宙に黒い穴を作り出すと、そこに腕を入れる。

 腕を引き抜くと、そこにはアラビスが胸に突き刺した、黒い半透明の鉱石が握られていた。


「それは何ですの?」

「これを体内に埋め込むと、疑似的な魔人になれるんだ。僕の実験に付き合ってくれるならあげるけど、欲しい?」

「それでアラビスをかどわかしたという事ですか……」

「アンネリーゼ姫……」

「ごめんなさい、気付いていましたわ。でも大丈夫です」


 アンネリーゼは、真っ直ぐ少年を見据える。


「かどわかすって……。僕はこの結晶を渡しただけだ。その後の行動を、縛りも矯正もしてない。飛行船を操縦してたのは、人手が足りないというから手を貸しただけ。彼の行動は、全て彼の意思によるものだ」

「途中から明らかに正気じゃなかったが?」 

「魔人の力に耐えられなかったんだな。今後の課題だ」


 あくまでこれは、アラビスが計画したものだという事だ。

 アンネリーゼは、自分の爪が刺さりそうなほど、強く手を握った。


「海竜については? あいつは海竜の出現に合わせて事に及んだみたいだが?」

「僕は、さっき言ったこと以外には関与してない。強い人間に、この結晶を取り込んでもらいたかっただけだ」


 少年は体を伸ばすと、椅子から立ち上がった。

 先程より大きな黒い穴を作り、そこに入り込もうとする。


「待ちなさい!」

「なんだ、これ以上話すことはないぞ? それとも戦う気か? 僕は青の騎士より強いぞ?」


 とてもそうは見えなかった。

 魔人と化したアラビスの力は、人類の天敵と言って申し分ないものだった。

 一方少年は、纏っている気配からも、佇まいからも、強さを欠片も感じない。


 それでもアラビスより強いという言葉が、どうしようもなく真実だと分かってしまう。

 頭ではなく、心でもなく、魂がそう叫んでいる。


「……わたくしの名前はアンネリーゼ・エルブルースですわ。あなたは?」

「魔人:ファミリア。アルタイル・トライホーク」

「忘れませんわ」

「僕は人間の名前とか覚える気がないんだ。悪いな」


 そう言って、アルタイルと名乗る魔人は、黒い穴の中に入っていく。

 アンネリーゼ達は、それをただ見ていることしかできなかった。


「逃げられたか」

「逃がしてもらったじゃないのか?」

「眼中になかっただけなのかもしれませんわね」


 それでも全員が生存することが出来た。

 飛行船の操縦席を奪取したことで、無色の大陸まで戻ることが出来る。


「……とりあえず帰るぞ」

「ええ。ところで誰が操縦しますの?」

「……」


 飛行船は、青の国の最新技術である。

 この場にも、広間で待機しているセラフィナ達にも、動かした経験などあるはずがなかった。


「飛んでたって船なんだろ? なら似たようなもんだろ」

「あっ!」


 そう言ってオルキスは舵を取る。

 一見無茶に思えたが、以外にも飛行船は安定しながら進路を変えた。


「ほら、意外と何とかなるもんだろ?」

「本当に意外ですわ……」

「問題は現在地が分からないことだな」

「ああ、とりあえず180度旋回したが、ここまで真っ直ぐ進んだか分からないからな」


 無色の大陸の大きさは、東京都の1.5倍程度の大きさしかないしかない。

 下手をすれば通り過ぎてしまうだろう。

 そして海の真ん中で燃料が尽きたりしたら目も当てられない。


「後は運任せだな。ここは俺に任せて、姫達の様子を見てくれ」

「分かりましたわ」


 アンネリーゼは、セラフィナ達の下に戻ることにした。

 アルステーデもそれに続く。


「……大丈夫か」

「さっきも言いましたわ。大丈夫ですわ」


 アンネリーゼは、欠片も気にしている様子がない。

 それでもアルステーデは、納得しなかった。


「思う所があったから、あの魔人に食って掛かったんじゃないのか?」

「人類の天敵である魔人の情報を、少しでも多く手にいれる為ですわ」

「……」

「……アラビスは、はっきり言って鬱陶しく思っていましたわ」

「そうか」

「城の内外を問わず、どこに行くにも付いてきて、いちいち自分の存在をアピールして、その度に股間に魔術をぶち込んでやりましたわ」

「そうか」

「それでも……解雇するほど嫌いでもありませんでしたわ」

「君は強いんだな」


 アンネリーゼは立ち止った。

 顔を俯かせて、アルステーデからは見えないようにする。


「先に行きなさい」

「分かった」


 アルステーデは、足早にその場を立ち去った。

 強がりな少女の、弱さを誰にも聞かれないように。


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