6 新たなる世界
『ここが異世界、アステリアか』
モトキが辿り着いた場所は大きな街の入り口だった。
レンガ造りの建物が立ち並び、道も綺麗に舗装された石畳、街をぐるりと囲む高い都市壁、街の奥には大きな城が見える。
『おー、綺麗な街だな。何かの映画で見たイギリスのロンドンみたいだ。バンさんもいいところに送ってくれたな』
街中の人通りは中々多く賑わっており、笑顔や笑い声も多く見て取れ、まさしく平和な世界である。
人々の髪と瞳の色は多種多様にカラフルだが、それ以外はモトキの知る人間と同じ姿をしている。
モトキは日本から出たことがなかったため、外国を思わせるその街並みに心躍らせていた。
『ほら、イサオキ、エア、あのでっかい城とか特に凄い――』
こんな素敵な場所にモトキが1人で来るなどありえない。
来るとしたら必ず大好きな弟と妹と一緒に来ているはずなのだ。
しかし振り返り声をかけても、そこに本来いるはずの2人はいなかった。
モトキは2人と死別したことを改めて実感すると、先程まで踊っていた心は、一転どん底まで落ちて行った。
『もう死にたい……』
既に死んでいる。
だがモトキはこの世界で生きていかなければならない。
それがバンとの約束であるからだ。
『はぁ……モチベーション0だけど頑張らないと。どんな家の子として生まれ変わるのがいいかな』
現在のモトキは魂の管理所にいた時と同様に肉体はなく魂だけの状態、所謂幽霊になっていた。
足がないため歩くことは出来ないが、地面から少し浮いて移動することが出来る。
当然周りの人々にはモトキの存在は見えず、一切干渉することは出来ない。
逆にモトキからは見聞きすることが出来でき、一つだけ干渉することが出来る。
それは生まれ変わる肉体を選び、宿ることである。
バンから説明された転生する方法とは、妊婦を見つけて、そのお腹の中に入り込み、胎児に自分の魂を宿らせ、その後無事出産されれば生まれ変われるとのことだった。
注意点として、出産間近の場合は既に別の魂が宿っている場合があり、その体に入ると2つの魂が1つに融合してしまうか、どちらかが消滅してしまう。
どちらにしても魂の総数が1つ減ってしまうため、絶対にやらないでくれと再三釘を刺されていた。
そしてタイムリミットは2日である。
本来の魂が生まれ変わる肉体を見つけるのには年単位の時間がかかることもあるが、モトキの魂は損傷しているため、2日以内に肉体を見つけないと消滅してしまうとのことだった。
もっとも、浄化されてただ漂っている魂と違い、モトキは記憶を持って自分の意思で動けるので、それほど難しいことではないらしい。
『俺の魂が治るまで何年くらいかかるかは分からないけど、50年も生きれば十分だろ。バンさんから貰った加護のおかげで病死はしないはずだから気を付けるのは餓死と事故死と他殺かな? とりあえず貧乏な家は避けよう。事故死はある程度仕方がないけど、他殺される可能性はどう生きて行けば下がるかな?』
モトキが街の奥へと歩みを進めていくと民家の他に多種多様な店が並んでいる。
食品を扱っている店には見たことのない野菜や果物、葉っぱや瓶詰の液体を売っている道具屋、銃刀法など知ったことかと抜身の刃物を並べている武器屋、その数々がここは異世界だと主張していた。
『商人か。俺の世界の知識を活かして画期的な商品を作りまくれば金銭で困ることはなさそうだけど……』
モトキは自分が商人の子として育った姿を想像し始めた。
幼少の頃より年齢不相応の知恵と発想力を持っていた新生モトキは、今までどこにもなかった画期的な道具を作り、それを父が売れるかも思い量産し店に並べると案の定大ヒット。
それを皮切りに新生モトキは次々とヒット商品を生み出し店は大繁盛。
しかし店が儲かるようになるということは、他の店が儲からなくなるということでもある。
商売敵に恨みを買い新生モトキはなんやかんやあって十代前半で命を落とすのであった。
『危険すぎる! 立場不相応に目立つ行為は控えないと……』
次に目に留まったのは酒場のような店だった。
中を覗くと武器を持った体格のいい若者が大勢おり、彼等は壁に貼っている紙を吟味し、それを受付に持っていき何か依頼を受けているようだ。
『売ってる武器の需要はここか。看板の字は読めないけどたぶん冒険者ギルドって奴だな。この世界ってモンスターとかいるのかもしれないな』
モトキはイサオキとエアを危険から守るために護身術を習得していた。
山から下りてきたヒグマを素手で無力化したのは地元ではちょっとした伝説だ。
モトキは冒険者となった姿を想像し始めた。
生前習得した護身術と神の加護で病気知らずの元気いっぱい新生モトキ。
彼は幼少の頃より将来のことを見定めており、そのために体を鍛えることに余念がなかった。
そして成人し冒険者となった新生モトキは、新人とは思えない強さで大活躍し、早々に頭角を現す。
それを快く思わない先輩冒険者になんやかんやあって殺されそうになるが返り討ちにし、更に評価を上げることになる。
しかし実力に対して経験の乏しかった新生モトキは、強力なモンスターとの戦いで対処の仕方を間違え、十代後半で命を落とすのであった。
『異世界の成人は二十歳より前っていう俺の勝手なイメージ。冒険者とか絶対長生きできない職業だよな……』
バンの説明では普段はとても穏やかで平和な世界とのことだったが、他は既に人類が絶滅していたり、宇宙人から侵略を受けていたり、ジェラシックワールドだったりする世界であるのが前提である。
それ未満の脅威は普段からあっても不思議ではない。
『そもそも前世では魔王に殺されるってありえない死に方したんだし、そういう危険が待ち構えてるのを前提に考えた方がいいよな』
モトキはギルドを後にして更に進んでいくと、街の中心にある広場へとたどり着いた。
そこにある大きな噴水の前で派手な格好をした男達が手から火や水を出しながら芸をしている。
それを見ていた観客は芸に区切りがつくと拍手をし、芸人の前に逆さにして置いてある帽子にお金らしきものを投げ入れている。
『ガチで種も仕掛けもなかったな。これが魔法って奴なのか?』
バン曰くこの世界には電気が存在せず、代わりに「魔」と呼ばれる別種のエネルギーが存在するらしいのだ。
モトキは観客より更に近く、それこそ芸人達に触れる距離で前から後ろから芸を観察していたが仕込みの類は何も見つからなかった。
『あの人達の魅せ方もあるだろうけど、メインはあの魔法だよな。あんなにウケてるってことは、ひょっとして魔法って珍しいものなのかも』
モトキは自分にも魔法が使える前提で育った姿を想像し始めた。
しかし魔法に対する知識が今し方見たライターと如雨露だけでは、目の前の芸人達と似たようなことしか思いつかない。
魔法に対して特別な知識があるわけではないのに魔法芸人になった新生モトキ。
結果、どこにでもいる一山いくらの芸人として、その日の食べ物すらままならない日々を送る。
それからなんやかんやあって三十代半ば飢えで命を落とすのであった。
『もちろん大成功を収める可能性もあるけど、異世界の知識って人生の圧倒的アドバンテージがあるのにそんなリスクの高い道を行く理由が――いや、そもそも前提から間違ってるのかもしれない』
広場より更に奥の方には、先ほどまで見てきた家より遥かに大きく立派な屋敷が幾つか見えた。
そこはこの街の富裕層、所謂貴族達の家である。
『そもそも大成功する必要ないよな。元から裕福な家に生まれればいいんだから』
モトキは自分が貴族の家の子になった姿を想像し始めた。
街で評判の悪徳貴族の家に生まれた新生モトキは、父が悪いことをやっていることを知りながら何も行動を起こさずに月日を重ねて行く。
しかしある日、父の悪事が白日の下に晒され家と財産と地位を失い、それからなんやかんやあって一家無理心中により十代半ば命を落とすのであった。
『何で貴族=悪徳って前提で想像した、俺。真っ当に生きてる家の方が圧倒的に多いだろ……』
これは今までモトキが見てきたアニメ・ドラマ・映画・漫画・小説に出てくる貴族の悪徳率が妙に高かったためで、理由は大抵そう言った娯楽の供給元であるエアの趣味である。
そのため頭では偏見だと分かってはいても、刷り込まれた貴族は悪徳というイメージを拭うことは出来なかった。
だからと言って2日というタイムリミットがあるのに、その貴族が良い貴族なのか悪い貴族なのかを悠長に見定めている余裕はない。
『……いや、そんな半端な金持ちで周りから恨み買ってそうな家より、もっと良いのがあるな』
モトキは貴族の家より更に奥、街の最奥にある大きな城に目を向けた。
『偏見かもしれないけど王族は貴族と比べてあんまり悪徳なイメージがないし、身辺警護してくれる人もいるだろうからだいぶ安全じゃないかな?』
もちろん早死にするイメージも湧かないわけではなかった。
一番心配なのは兄弟姉妹との権力争いに巻き込まれ、なんやかんやあって死ぬことである。
『狙うなら兄や姉がいっぱいいて、王位継承権が低い子だな。別に王様にはなりたくないし』
しかし、現在そんな都合のいい立場の子を妊娠している人がいるかは完全に運である。
そもそも妊娠してない可能性もかなり高いのだ。
モトキもそれは分かっており、選択肢の1つに成れば儲けくらいの気持ちで城の方へ向かっていった。
『おー、近くで見るとより凄いな』
辿り着いた城はモトキの知る大きな建築物、学校や病院よりも遥かに大きく立派で、圧倒的な存在感を放っていた。
城の周りは水堀で囲まれており、街と城は大きな橋によって繋がれている。
橋の前には2人の槍を携えた兵士が門番として立っており、モトキは聞こえていないが門番に挨拶し橋を渡って行った。
『おじゃましま――あだっ!』
モトキは門をすり抜けて城の中に入ろうとしたが、どういうわけかすり抜けずに顔面を門にぶつけ、鼻を抑えながらその場に蹲った。
しかし落ち着いてみるとぶつかった衝撃こそあったが、痛みは全く感じていないことに気付き立ち上がった。
『なんだこれ? いくら俺が痛みに鈍いからって、こんだけ派手にぶつかって無痛ってことは……。ああ、死んでて体がないから痛覚もないのか。でもこの門なんなんだ? さっきまで人にも物にも触れなかったのに』
確認のため門番や持っている槍に触れようとしたがやはりすり抜け、門だけが特別なのかと思い壁をすり抜けて行こうと試みたが、こちらも同様だった。
ならば飛んで上空から侵入しようと空に向かって思いっ切り体を伸ばすが、今浮いている高さより数センチ刎ねただけだった。
『仕方がない、門が開くまで待ってるか。門番さんこの仕事長いんですか?』
モトキは門番の1人に対して独り言を言いながら門が開くのを待つことにした。
それから1時間ほど経った頃、城の前に馬車が止まりようやく門が開いた。
『なにこれ可愛い!』
モトキは待ちに待った開門より、馬車を引いている動物の方に釘付けとなった。
モトキの常識では馬車を引く動物は馬のように足の速そうなものか牛のように力が強そうなものである。
しかし目の前の馬車を引いているのは、足はあまり長くなく、体も小さ目で、モコモコな白い体毛に覆われた、羊に酷似した生き物だった。
モトキがその羊のような生き物の可愛さとモフモフさに触れたい衝動に駆られ近付いていく。
肉体がないため当然すり抜けてしまう。
『……転生したら必ずモフってやるからな』
モトキが初めて自分の意思で生まれ変わった際の目的を見つけた瞬間である。
気を取り直して城に入れるか確かめようと向き直ると、そこは既に城の中だった。
羊(仮)を撫でようと追いかけているうちに、いつの間にか入城していたのだ。
『とりあえず無事には入れてよかった。よし、あの羊っぽいのをモフる為にも頑張って転生先を見つけるか』
モトキは今までより張り切りながら城の奥へと進んでいった。
『』表記は魂の声です。
普通の人間には聞こえません。