5 選択
『転生先の世界と生き抜くための神の加護……ですか』
「うむ、ここから行くことの世界は4つあるんじゃが、中には命の危険が多い世界もある。魂の損傷を修復するには年単位の時間が必要で、修復を終える前に再び命を落とすようなことがあれば今よりも酷い状態、最悪魂が消滅しかねんのじゃ」
モトキは生前住んでいた世界のことを思い出す。
地球の日本は戦争もなく食べ物も豊で平和な国だった。
しかし中にはそうではない国も多く存在し、簡単に命が失われる状況も多々ある。
それを考えると確かにこの選択は重要なものであろう。
『それはなるべく安全な世界を選んだ方がいいですね。神の加護というのは?』
「ワシの力の一端をお主の魂に付加させることで、本来の法則から逸脱した力を使用できるようにするんじゃ。少しでも死ぬ確率を下げるためにのう。お主が思っている以上にお主の状態は深刻なんじゃよ」
そう言われてもモトキはいまいち事の重大さが理解できなかった。
しかし自分の死すら差ほど重大だと思えないのに、自分の魂の状態を深刻に捉えろと言うのも難しい話である。
だが自分の為にこれだけ尽くしてくれるのはありがたい話である。
『ご親切にありがとうございます。けど何で神の加護? バンさん、神様じゃないんですよね?』
「その方が凄い力っぽいじゃろ?」
考えるな感じろ、と言うやつだ。
なのでモトキもそれ以上深く考えないことにした。
「まずは転生先の世界を決めるとしよう。まずは第一世界「カー」。環境の悪化で人類が絶滅した世界じゃ。今は突然変異した屈強な新生命体が少数だが細々と暮らしておる」
『そこに転生して、生きられますかね、俺!?』
「お主もその新生命体として転生するから問題ないじゃろう。何もないところじゃが争いもないため命の危険は低い」
魂を修復するならもってこいの世界だが、できるなら選びたくない世界である。
「第二世界「地球」。お主が元居た世界じゃな」
『あ、元の世界に戻ることもできるんですね。と言っても最低でも300年以上経ってるからほぼ別物ですよね』
「確か2000年は経ってないはずじゃ。今は人類と反旗を翻したAI搭載ロボットとの戦争の真っ最中で、4つの中で一番発展しているが一番危険じゃな」
完全に別物になっていた。
魂の修復を考えれば選びたくとも選べない。
「第三世界「アステリア」。普段はとても穏やかで平和な世界で一見良さそうじゃが、数百年おきに人類の天敵が現れる。これに巻き込まれると神の加護とか殆ど役に立たず死ぬ」
『何そのデストラップ!』
運が悪いと地球より危険なギャンブル性の高い世界である。
「第四世界。お主の世界で言うジュラ紀や白亜紀、恐竜が地上を支配している時代じゃな。知的生命体が誕生してないから名前はまだない」
『俺、恐竜になるんですか?』
「そうじゃな。人並みの知能を持った恐竜なんて他にいないじゃろうからお主の天下じゃぞ。ワシの一押し」
『ここが一押し!?』
確かに他の世界は、揃って禄でもない世界ばかりである。
しかし他の知的生命体が居ない世界でまともな精神を保てるかは疑問である。
もっともモトキの精神が正常かどうかは定かではないが。
「さて、どの世界がよいかのう?」
『イサオキと同じ世界でお願いします』
「結局そこに戻ってくるのか……」
いくらモトキにとって第二の生が魂を修復するための過程でしかないとはいえ、最低限の安全と人間らしい生活は欲しかった。
しかしどの世界も一長一短あり、欲しいもののどちらかが欠けている。
なのでイサオキの選択に便乗するのは割と無難な選択である。
それがイサオキのすぐ後ならば……。
「イサオキが転生したのは300年前じゃ。当時と今じゃ世界の情勢がまるで違うから参考にならんと思うが……」
『自分で考えた上でイサオキと同じ世界を選びました』
これは重要な選択である。
重要だからこそイサオキの存在は無視できない。
それがミタカ モトキという人間の性質なのである。
「仕方がないのう……。イサオキが選んだのは第三世界「アステリア」じゃ」
『デストラップの世界か……。じゃあそこでお願いします』
安全性と生活のバランスを考えれば悪くない選択だと思った。
あとは人類の天敵とやらに遭遇しないことを期待するしかない。
「承った。ではこの世界の詳しい説明は後にして神の加護を決めるとしよう」
『ちなみに――』
「イサオキに授けた加護については話せん。お主には秘密にするようにと口止めされている」
『むっ……』
先手を打たれてしまった。
それ自体はいいのだが、その返答は予想外のものであった。
自分で考えるように言われるならまだしも、イサオキにあらかじめ釘を刺されるとは思わなかったのだ。
そんなことをする理由が分からない。
『なんでイサオキはそんなことを言ったんでしょうか?』
「お主に知られたくないのじゃろうから、あまり詮索するでない。今は自分が欲しい加護を考えるのじゃ。できる限り聞き入れよう」
モトキは納得できなかったが、イサオキなら自分では及びも付かないような考えがあるのだろうと思い、それ以上の追及はしなかった。
仕方なくモトキは自分の欲しい加護を考え出した。
しかしモトキにとって大事なことは考えるまでもなくとっくに決まっている。
『イサオキとエアが転生した先で幸せになる加護、っていうのは出来ますか?』
「それはお主に与えるという範疇を超えておるわ。そもそもお主が転生先で生き抜きやすくするためだと言ったじゃろうが」
駄目元で言った加護は案の定却下されてしまう。
改めて自分の欲しい加護を考え出したが何も思い浮かばなかった。
基本的にモトキの世界はイサオキとエアを中心に回っているのだからそれも仕方がない。
それでも平時であったのならまだ少しは思い付いただろうが、さっきまで――実際には2000年近く前だが、死ぬための心の準備をしていたため、欲しいものなど思いつくはずがない。
そこで発想を変えることにした。
(イサオキとエアなら俺に何を与えたら一番喜ぶと思う?)
思い出すのは自分の誕生日。
エアがモトキに渡したかった誕生日プレゼント。
それは魔王なんかでは断じてなかった。
『俺の病気を治す……俺に健康で丈夫で元気な体になる加護をください』
転生した先でまた不治の病に侵されるとは限らない。
それでもモトキの中にはそれしか残っていなかった。
「ふむ、言い忘れておったが転生先の世界の言葉を理解する加護と、病気にかかり辛くなる加護は必須だと思い、最初から与える予定じゃったから別の――」
『ならもっと健康にしてください、もっと丈夫にしてください、もっと元気にしてください』
「わ、分かった、そこまで言うなら可能な限り健康で丈夫で元気でいられる加護を授けよう」
『ありがとうございます』
バンはこれ以上何を言っても願いを変えないだろと諦め、モトキの望む加護を与えることにした。
その後、転生の際の注意事項を3時間ほど聞き、ようやく転生の準備が整った。
「それではこれからお主の魂をアステリアに送る。とびきり平和で豊かな地域に送るつもりじゃが、どこの世界も絶対安全と断言することは出来ん。くれぐれも早死にせんよう気を付けるんじゃぞ。特に人類の天敵とは決して遭遇しないようにな」
『はい、色々とお世話になりました。ありがとうございます』
モトキがバンにお礼を言うと何もない空間に光り輝く扉が現れた。
扉を開けるとその先には更に4枚の扉があり、その内の1枚が光っている。
恐らくそれがモトキの転生する世界に続く扉なのであろう。
『それでは行ってきます。バンさんもお元気で』
「うむ。頑張るのじゃぞ」
モトキは神に一礼してから扉を潜り異世界へと旅立っていった。
「……すまん、モトキ。せめて次の生では穏やかに――」
そう言うとバンは光の粒となり消えていった。