41 誘拐・セカンド
『天気良し! 風弱し! 絶好の魔術日和ね!』
「セラフィナの晴れ舞台にはぴったりだな」
魔術コンテストの当日。
申し分ない天候に、セラフィナのコンディションは最高潮だった。
モトキも気合を入れてセラフィナの髪を結っている。
「姫様、お着替えをお持ちしました」
「もう髪を終わらせたんですか? 相変わらず早いですね」
「上手いものでしょ」
左手だけしかないことなど、まったく意に介さない手際の良さだ。
モトキは姫という立場上控えているが、いつかキテラとカリンの髪も弄ろうとチャンスを窺っていた。
セラフィナは、キテラとカリンに手伝ってもらいながら、コンテスト様に用意したドレスに着替える。
パレードの時のような派手なものではなく、年相応の可愛らしいお洒落着だ。
「おい馬鹿! やめろ!」
「退け! ここに居るのは分かってるんだ!」
部屋の外から慌ただしい声が聞こえると、扉を突き破ってカリストと、それを止めようとしたオルキスが入ってきた。
カリンは即座に剣を抜き、カリストに切りかかる。
カリストはそれを自分の剣で受け止めて、カリンを払いのける。
オルキスはキテラに頬にビンタをされていた。
「俺は止めようとしたんだが!?」
「姫様の着替えを覗いたことには変わりません」
「その通りです! お姫様を辱めてただで済むと思うなです!」
「子供の着替えなんぞ、見てもなんも感じんわ!」
当のセラフィナは、一切恥ずかしがる様子はなく、1人で着替えを終わらせていた。
モトキもこれに言及するとロリコン疑惑が増すのではないかと思い、言いたいことを飲み込んだ。
「それより姫はどこだ!」
「ソフィア? 昨日カフェで別れてから会って無いわよ?」
「嘘をつくな! ついさっき会ったばかりだろうが」
「ついさっき?」
「姫様は昨夜からこの宿を1歩も外出していません。そうよね、カリン」
「はいです。お姫様には常に私かキテラさんのどちらかが一緒でした。それこそお風呂やお手洗いの時も」
「そんな訳が――」
どうにも話が噛み合わない。
ただカリストが酷く焦っているのは確かだ。
そしてソフィアの身に何かがあったことも。
「落ち着いて。話の流れからソフィアがいなくなったのでしょ? なら私達も探すのに協力するわ」
「そうだな。とりあえず現場に行ってみよう。道すがら事情を詳しく話して」
「ああ、こっちだ」
「私は憲兵に知らせてきます」
そう言って別行動をすることにしたキテラ以外は、カリストと共に誘拐現場に向かうことにした。
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それは十数分前の事。
ソフィアとカリストがコンテストの会場に向かう途中、知ってる声に呼び止められたのだ。
「ソフィア。ソフィア」
「え? セラフィナ? どこ?」
「こっちよ。ここの建物の間。お願い、こっち来て」
「どうしたの?」
「あ、ソフィア1人出来て。男の人に見られたくないの」
そう言って、ソフィアと一緒に路地裏に近付こうとしたカリストを制止した。
昨日の一軒でセラフィナを信用できる相手だと認識していたこと。
そして男性に見られたくないことから、恐らくデリケートな問題なのだろうと、ソフィアはカリストに待つように指示し、1人で路地裏に入ってしまったのだ。
すると屋根の上から大きな鉄屑が落下し、路地裏への道を塞いでしまった。
カリストは慌てて鉄屑を退かすが、既にそこにはソフィアの姿はなかったのだ。
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カリストの説明を聞きながら向かった現場には、確かに上から重いものが落ちた跡と、散乱した鉄屑があった。
路地裏は一本道で、その先は開けた通りに繋がっており、馬車も走っている。
「それって本当に私の声だったの?」
「もちろんだ。どちらかだけなら、2人揃って聞き間違えるはずがないだろ」
「そうよね……」
カリストの言うことが全て真実だとしたら、犯人はセラフィナか、セラフィナと同じ声を持つものとなる。
しかしソフィアとは昨日であったばかりだというのに、都合よくセラフィナと同じ声を用意できるとは考えにくい。
『声を変える魔術でセラフィナのふりをしていたとか』
「姿を現さなかったことから可能性はある、だけど……」
声を変えるには、喉の内側を対象に魔術を使うことになる。
喉は眼ほどではないが、かなりデリケートな部位で、魔術を行使するには危険が伴う。
その為、まだ一般的には実用化されていない魔術で、使えるとしたらセラフィナのカラコンのように、魔術研究者が独自に開発するしかない。
「犯人は恐らく魔術研究者だけど、コンテストの直前に誘拐事件なんて起こす? 下手をしたら参加出来なくなってしまうじゃない」
「いや、金色の瞳の価値を考えたら、コンテストよりそっちを優先する人は、いても不思議じゃないですよ」
魔術コンテストの事をとても重要視しているセラフィナには理解出来なかった。
しかし皆もカリンの意見に同意している為、そういうこともあるのだという前提で話を進めることにした。
「この際犯人の手口なんてどうでもいい! 重要なのは姫が今どこにいるかだ!」
「その通りね。どこかに隠れ潜んでいるのか、船で海に逃げるのか……」
「とにかく情報集だ。この辺でソフィアの姫さんか怪しい奴を見てないか聞いて回るぞ」
セラフィナ達は手分けをして、周囲の人から話を聞いて回る。
しかしそこは人の流れが速い通りだった為、当時の事を見ていた人は誰もいなかった。
「くそっ! くそっ! どこに行ったんだ姫ー!」
「ちょっ! やめるですよ!」
カリストはどうしようもない焦りを、自分の頭を壁に打ち付けることで晴らそうとしている。
カリンはカリストを心配して止めるが、明らかに壁の方がダメージが大きかった。
「いたぞ! 目撃者!」
「本当か!? って――」
モトキは猫を抱えて走ってきた。
当時の事を見ていた人は誰もいなかったが、人以外には1匹だけいたのだ。
「お前、猫って……ふざけてるのか!?」
「大真面目に動物と意思の疎通が出来るんだ。でも分かったのは、大急ぎで走っていく馬車が東の方へ行ったことだけだけど」
「東ですか……けど、それだけじゃどうにも――」
「あらぁ、オルキスさんじゃないですかぁ」
「あんたは!」
セラフィナ達が焦っている中、場に似つかわしくない、おっとりとした声の女性が声をかけてきた。
20歳前後の薄紫色の髪の女性だ。
声を掛けられたオルキスは驚いていたが、すぐに何かに気付くと口角を上げる。
「お久しぶりです、こんな所で何をしてるんですかぁ?」
「おい! あんた人探しの魔術を使えたよな! 力を貸してくれ!」
「そうなのか!? 頼む! うちの姫を助けてくれ」
「使えますねぇ。でも、もう行かないと、コンテストの受付が終わっちゃいますよぉ?」
ソフィアを探すのに夢中で、既に1時間以上経っていた。
コンテストの参加はセラフィナにとっての夢である。
その為に今まで頑張ってきたのだ。
「あなたも魔術研究者なんですね? それども無理を承知でお願いします! 私の友達――になる予定の子が誘拐されてしまって……」
それでも今はソフィアの身の安全が最優先だった。
薄紫の女性はセラフィナと同じ高さまで屈むと、セラフィナの顔をじっと見つめる。
「あら、素敵な魔術ねぇ。あなたも魔術研究者なの? ひょっとしてあなたのお友達も?」
「は、はい」
セラフィナは驚愕した。
セラフィナが使っている魔術、つまりカラコンを見破ったのだ。
「そう。なら、おねーさん頑張っちゃうわよぉ」
「本当か!?」
「恩に着る!」
「未来ある若き魔術研究者の為だものねぇ。分かってることと、その子の特徴を教えてぇ」
カリストが説明しようとしたが、だいぶ主観が入っており、分かり辛かった為、代わりにオルキスが説明した。
ソフィアの身分や金色の瞳については伏せている。
「9歳の女の子、1時間ちょっと前、東……みんなコンテスト会場に向かってるし、大丈夫かなぁ」
「たったそれだけで!?」
「たぶんねぇ。駄目だったらごめんなさい」
女性は目を瞑り、東に向かって両腕を広げて、大きく息を吸う。
体全体に刻まれた術式が緑色に輝くと、目を見開き、キースペルを唱える。
「エアリード!」
東の方から突風が吹くと、薄紫の女性の体に吸い込まれていく。
風に刻まれた情報が、薄紫の女性の頭の中に流れ込み、1時間前の出来事を読み取る。
「見つけたぁ。馬車を捨てて、小舟で海に出る所みたいねぇ」
「よし、詳しい場所を教えてくれ! すぐに――」
「間に合わないわよぉ。辿り着いた頃には水平線の向こうねぇ」
誘拐犯は1時間以上先行しているのだ。
普通に追いかけても間に合うはずがなかった。
「死んでも追いつく! だから――」
「私なら追い付けるけど、私弱いからぁ……。んー、あなたは強い?」
薄紫の女性はセラフィナに問いかける。
連れて行くから、誘拐犯を倒すのを任せたいと言っているのだ。
『……正直俺にとってソフィアちゃんは、セラフィナを危険に晒してまで助けたい相手じゃない』
「……」
『けどセラフィナの望む未来を切り開くのが、剣たる俺の願いだ』
「竜種を倒したことがあります」
「まぁ、凄いわぁ。それじゃあ一緒に行きましょう。あら軽い」
そう言って薄紫の女性はセラフィナを抱え上げた。
「待て! 連れて行くなら俺を――」
「大人は重くて運べないわぁ」
「なら私を――」
「あなたは筋肉が重そうねぇ」
この場で薄紫の女性が運べるのはセラフィナだけの様だ。
カリストは悔しそうな顔をすると、セラフィナの方に向き直り、自分の頭を地面に叩きつける。
「白の姫! あんたにこんなことを頼むのは筋違いだと思うが頼む! うちの姫を助けてくれ!」
「私もソフィアを助けたいわ。任せておいて」
セラフィナは即答した。
そもそも誘拐犯がセラフィナと偽って犯行に及んだのなら、無関係ともいえないのだ。
「待つです! どんな危険があるか分からないのに、行かせる訳にはいかないです! それに会ったばかりの人にお姫様を預けるなんて!」
「他に方法がないのなら仕方がないわ」
「ならせめて剣を――」
『まだ十全に使いこなせないから、素手の方が強いな』
「いらないわ。お願いします」
「はぁい」
薄紫の女性は全身に風を纏うと宙に浮き、そのまま東の空に飛んで行った。
「飛行魔術……確か魔力が馬鹿みたいに必要って……。何者ですか、あの人」
「化け物だよ。まあ、信用できる奴だから、そこは心配するな」
「姫を頼んだぞー!」




