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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第一章 元気という名の軌跡
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3 不治の病の治し方

 イサオキはモトキの外出許可を取り、モトキを車椅子に乗せ病院の外に出た。

 季節は秋になったばかりで天気は晴れ、中々に過ごしやすい陽気と久しぶりの外出でモトキは清々しい気分になった。

 これから起こることを考えなければもっと気分がよくなっていたことだろう。


「イサオキ、エアが言ってたことってどう思う?」

「本当だとしたら確かに僕のプレゼントより凄い。まず不可能だとも思っているがな」

「そうだよなぁ……」


 エアの誕生日プレゼントはモトキの病気を治すこと。

 その為の準備があるらしくイサオキにとある場所への地図を渡し、エアは一足先にその場所へ行っているそうだ。

 しかし現代医学が手も足も出ない不治の病をただの女子中学生が治すなど、少し考えればそんなこと不可能だと分かる。


「現代医学で治せない病気を治す方法か……」

「魔術とか呪いとかオカルト系の方法じゃないか? それらしい本を持っていたし」

「俺、どんなプレゼントを貰っても全力で喜べる自信があったんだけど、それは流石に反応に困るよ」


 モトキは変な儀式を行ったり、妙な薬を飲まされることを危惧していた。

 それがどんなに常識外れなことだったとしても、エアに頼まれたら間違いなく断らない自信があるからだ。

 もしそれで病状が悪化して死んだりしたら流石にやるせない。


「イサオキ、俺に何かあったらエアのこと頼んだぞ」

「何もないようにするのが僕の仕事だ。だがエアのことは心配いらない。僕もエアの兄だ」

「うん、そうだな」


 病院から10分ほど、不安を拭いながら進んだ場所には古い倉庫があった。

 しばらく使われていなかったようで机や棚の上に埃が積もっている。

しかし地面の一角だけは掃除してあり、一足先に来ていたエアが魔法陣のようなものを書いていた。

 血のように真っ赤な液体を使って……。


「予想以上に本格的なオカルトだな」

「あっ、もう来ちゃったの? もうちょっとで出来るから待ってて」

「エ、エア、その魔法陣らしきものを描くのに使ってる液体って……」

「トマトジュースだよ、魔導書には血って書いてたけど、よく代用品に使われるらしいからこれでいけるでしょ」


 モトキはエアなら自分の為なら血液くらい普通に用意しかねないと思っていたのでホッと胸を撫で下ろす。

 しかし本来血液を使用するような怪しげな儀式に参加させられることに気付くと、何も安心できる状況ではなかった。


「エア、魔導書とは何のことだ?」

「これのことだよ。この間、古本屋で見つけたの」


 エアは鞄から先ほどの本を取り出し自信満々に見せつけてきた。

 ボロボロだが作りはしっかりしており、表紙には見たことのない文字でタイトルらしきものが書いてあり、確かにいかにも魔導書といった感じの本だ。

 モトキとイサオキはそれを胡散臭いものを見る目で見ている。


「2人とも信じてないよね?」

「エアが信じてって言うなら頑張って信じる」

「兄さんはもっと自分の意思で考えろ。エア、まさかそんなものを本物の魔導書だと信じてるのか?」

「もちろん」


 エアはイサオキの反応が想定内だったようで、魔導書のとあるページを開き見せてきた。

 そこには表紙と同じく見たことのない文字と魔法陣のようなものが書かれた挿絵がある。

 トマトジュースで書いている魔法陣と同じものだ。


「2人にはここに書かれてることが読める?」

「こんなの読めるはずがないだろう」

「さっぱり、これってどこの国の文字なんだ?」

「だよね、私にも読めなかったよ。でも私には書いてる内容が理解できるの」


 モトキはエアの言っていることが理解できず、イサオキはエアの頭が可笑しくなってしまったんじゃないかと疑い出した。


「私にも何で内容が理解できるのか分からない。でも分からないからこそこれは本物の魔導書なんじゃないかって信じられる理由なの」

「なら本当に本物なのかも」

「正気か、兄さん」

「だってエアが俺達にこんな嘘を付く理由がないし」

「私は生まれてこの方、2人に嘘を付いたことはないって断言できるよ」

「そうだな……」


 事実故にそう言われてはイサオキも強く反論することは出来ない。

 イサオキは渋々エアの言っていることを信じることにした。


「それで、そこにはなんて書いてあるんだ?」

「うん、ちょっと長くなるけどよく聞いてね」


 エアは一旦作業を中断して魔導書を読み始めた。

 その言葉は一切の淀みなく、本当に読めている様にしか見えない。


 古めかしい言い回しで小難しいことを長々と読んでいるが要約すると「こことは違う世界で昔、凄い力を持った魔王が魔人と魔獣を手下にして世界征服を目論んだが、それを快く思わなかった2人の神様にやられて封印された」ということのことだった。

 この本にはその魔王の軌跡と、封印を解く方法、そして封印を解いた者には人知を超えた力が与えられると記されていたのだ。


「いや、もう……なんて言ったらいいか分からん」

「要するに魔王に俺の病気を治してもらおうってわけか」

「そういうこと」


 先ほどまで何とか好意的に受け止めていたモトキの表情が一気に渋くなった。


「本には魔王の封印を解いたら願いを叶えてくれるなんて書いてないし、仮に叶えてくれたとしても代償が必要だったりするパターンじゃないか? 俺はエアにそんな危ないことはして欲しくない」


 例えば自分の体を治すための代償として健康になった際の自分の寿命を寄越せと言われたら、半分だろうが九割だろうが喜んで差し出すが、もしイサオキとエアの寿命を寄越せと言われたら、それが例え1割だろうと0.1パーセントだろうと受け入れることはできなかった。

 モトキにとって2人の安全は自分の命より遥かに重いのだ。


「俺はそこまでして病気を治したいなんて……長生きしたいなんて思わない」

「私が生きて欲しいの!」


 エアは声を荒らげて叫んだ。

 怒りと悲しみの入り混じった表情でモトキを睨みつけている。

 普段見せないような強い怒りの表情と声に、モトキとイサオキは面食らってしまった。

 それからしばらく沈黙が流れ後に、エアは無言で儀式を再開しだした。


「まあ僕もエアと同意見だ」

「うん、俺は間違いなく地上最低の生き物だ……」

「いや、そこまでは言ってない」

「ごめんエア! 全面的に俺が悪いけど、俺は意見を変えることは出来ない!」

「そこは少しでも妥協しろ」


 妥協は出来なかった。

 自分の事よりイサオキとエアのことが大事というのは、モトキを構成する全てであり、これを違えたることはモトキにとって死ぬよりも辛いことだからだ。


「ううん、私こそ怒鳴っちゃってごめんなさい。モト兄の気持ちは分かってるし嬉しいけど、私も意見を変えることは出来ないから」

「そうだろうと思った」


 問題は何も解決してないが、とりあえず2人は仲直りした。

 お互いに相手のことが好き過ぎるため、不仲な状態を1秒でも早く終わらせたかったからだ。


「まあ、本当に危ないことになったら僕が2人を守るから心配するな」


 イサオキは決して肉体的には優れてはいないが、天才である彼の頭脳はどんな危険な状況でも切り抜けることができる。

 今までそんな状況に陥ったことはないため、実際できるかどうかは定かではないが、モトキとエアからはそう信頼されていた。


「イサ兄がこう言ってるんだし大丈夫だよ」

「そう言われると、イサオキが異世界の魔王程度に負けるとは思えないな」

「自分で言っといて何だが、あんまり過剰に妄信するなよ」


 エアは胸のつかえが取れ、先ほどより足取り軽く儀式の準備を再開した。

儀式に必要なものは、血で書いた魔法陣、封印解除の呪文、そして星の力を溜め込んだ魔石である。

 この魔石は宝石に満月の光を100回以上当てることで作れると魔導書には記されていた。


 月の周期は一ヶ月程なので単純計算で8年以上かかる。

 モトキはそんなものをいったいどうやって用意するのかと考えていると、エアが鞄から握り拳ほど大きさの石を取り出した。


「その黒い石はなんだ?」

「石炭、ダイヤモンドと成分が一緒だからいけると思う」


 この石炭を箱に入れ、満月の光が当たる場所で100回蓋を開け閉めすることで魔石を作り上げたのである。

 魔導書には100回と記されており、100日分必要とは一言も書いていないので間違ってはいなかった。


(これ、魔導書が本物だとしても、封印解けないだろ……)


 それから3分ほどで全ての準備が完了し、いよいよ魔王の封印を解く儀式が始まった。

 呪文は発音がとても難しいものなので途中で間違わないよう、エアが事前にスマートフォンに録音したものを使用した。


「ヌゥアントゥアラー、クゥアントゥアラー、イークァス、ヨウリャックァー」


 スマートフォンから呪文が流れると、トマトジュースの魔法陣が発光しだし、石炭の魔石を中心に渦を描き出した。


「来た!」

「トマトジュースと石炭と録音なのに!?」

「馬鹿な!」


 とても信じられなかったがモトキとイサオキは目の前の不思議現象に驚きを隠せなかった。

室内だというのに風が吹き出し、魔石が光を放ち、室内が煙で覆いつくされていく。

 そして魔石が人期は強い光を放つと大きな音とともに煙が四散した。


「げほっげほっ!」

「やった成功だよ!」

「こいつが……」


 煙が晴れ、魔石があった場所にはボロボロの黒いローブを纏った長い灰色の髪の男が立っていた。

 一見普通の人間に見えるが、その虹彩は血のように赤く、白目は闇のように深い黒色とありえない色をしている。

 そして体に重く圧し掛かる謎の威圧感が、3人の危機感を煽る。


 とにかく目の前の存在は普通でないことは確かだった。


「あなたが……封印された異世界の魔王?」

「魔王……そうだ、我は魔王トラック・プレアデス。魔人達を統らなくては……」

「やった! 本当に魔王だよ!」

「大丈夫なのか……」


 復活したばかりのせいか魔王の表情は虚ろで、その声はたどたどしい。

 本当に魔王が出て来たことでエアは大喜びし、イサオキは魔王の一挙一動を注視し、モトキは本当に願いを叶えてくれるのか、叶えてくれたとしても見返りに何を要求されるのかが心配で仕方がなかった。

 魔王はモトキ達3人を一瞥した後、エアの方に向き直った。


「なるほど……我を解き放ったのは小娘、貴様か」

「ヒメガミ エアです、魔王トラック・プレアデス」


 魔王はどうやら呪文の声の主であるエアが封印を解いた者と認識したようだ。

 モトキとイサオキはとりあえずエアに任せようと、その場から少し下がり黙って見守ることにした。


「あなたに叶えて欲しい願いがあり、封印を解かせてもらいました」

「願い……そうだ、それが我の責任……。我に何を求める……。叶える……」

「本当! じゃあ私の願いは――」


 エアが願いを言おうとすると、魔王の背後から2本の黒い帯が伸び、モトキとイサオキに高速で向かってきた。


「なっ――」

「ちっ!」


 イサオキはモトキを車椅子ごと蹴り飛ばし帯を回避すると、床に落ちていたトマトジュースの瓶を魔王の顔に向かって投げつける。

 魔王の視界を奪うとエアの下に駆け寄り腕を掴む。


「エア! 逃げるぞ!」


 エアは突然の事態に放心していたが、イサオキの声で我に返るとモトキの下に駆け寄り、肩に担ぎ、倉庫の出口まで走る。

 幸いと言っていいのかモトキは闘病生活で体重がかなり落ちていたためすんなりと運ぶことができた。


「ごめんなさい! モト兄の言った通り危険だった!」

「悪い! どう考えても足手まといだ!」

「後にしろ! 今はとにかく奴から離れ――がはっ!」


 魔王の伸ばした帯が背後からイサオキの胸を刺し貫いた。

 イサオキは血を吐き、その場に倒れこむ。

 そしてイサオキに支えられていたモトキ、モトキを支えていたエアもバランスを崩し共に倒れこんだ。


「イサオキ!」

「いや……いやぁあああああ!」


 イサオキは心臓を潰されており、どう見ても致命傷だ。

 エアの絶叫が辺りに響き、モトキは絶望的な表情でイサオキを見ている。


(イサオキが死ぬ。なんで……死ぬのは俺のはずだ。死ぬのは俺だけでいい……)

「我は……人間を……」


 魔王がゆっくりと3人の下へ近づいてくる。

 エアは気が動転して動くことができない。

 もはや逃げることは叶わない状況は、モトキに最後の決断を迫った。


(今の俺にできること――いや、やらなくちゃいけないことはなんだ)


 イサオキはもう助からない。

 なら望むのはエアの生存ただ一つだ。

 その決断がモトキの脳のリミッターを外し、彼の全力を引き出した。

 モトキは右腕の力を振り絞り、魔王に向かって跳躍した。


 モトキは魔王にしがみ付くと、イサオキから送られた音楽プレイヤーのイヤホンコードを魔王の首に巻き付ける。

 そのまま魔王の肩から背後に回り落下することで、全体重で魔王の首を絞めつけた。

 逃げられないこの状況でエアを助けるには魔王を倒すしかないのだ。


「うおぉおおおおお!」


 ギリギリと魔王の首を絞めつけていくが、当の魔王は微動だにしない。

 それでも諦めず首を絞め、叫び続けたが突如として声が出なくなった。

 状況が理解できずにいると世界は回転し、気付くと目の前には魔王の足元があった。


「……?」


 自分のことに鈍感故に痛みに気付かなかった。

 魔王の帯によりモトキの首は切断され、地面に転がっているのだ。

 モトキは魔王の足の向こうにいるエアの絶望的な表情と自分を呼ぶ叫び声で、ようやく自分に起こった事態を理解した。


(そうか、俺は首が……。ああ、エアが泣いている……イサオキもあんなに血が……)


 モトキは2人に向かって手を伸ばそうとしたが、頭と体が離れた状態では最早指一本も動かすことが出来ず、ただただ2人を見ることしかできなかった。


(俺は2人の兄なのに何もできなかったな、ごめん……)


 モトキの視界は徐々に狭くなっていき、自身の死が迫ってくるのを感じた。


(まさか病気以外で、しかも異世界の魔王で死ぬとは思わなかった……)


 モトキの視界は暗闇に飲まれ、意識も希薄になっていった。


(イサオキ……エア……)


 モトキの命はそこで尽き果てた。



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