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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第四章 魔術の祭典
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36 美しき隻腕

「ここが海ね!」

『海だな!』


 セラフィナの眼前に広がるのは、果ての見えない青い海と、どこまでも広がる青い空。

 香るのは潮の匂い、聞こえるのは波の音。

 巣の全てが初めての体験であり、セラフィナは眼を輝かせている。


 モトキがセラフィナに宿ってから1年と少し。

 9歳となったセラフィナは、城を離れ、白の国の最東端にある港町「コルネリウス」に来ていた。

 目指すは白の大陸の東に存在する無色の大陸。

 そしてそこで行われる、魔術コンテストに参加することである。


「本命はまだこれからだというのに、既に満足感が凄まじいわ」

『リツィアさんには感謝しないとな』


 たびたび命の危機に見舞われるセラフィナを国外に出すことに反対する者は多かった。

 特にイオランダは、セラフィナが心配で仕方がなかったようだ。

 しかしリツィアが根気強く説得してくれたおかげで、何とか外出の許可を貰えたのだった。


「お姫様、楽しそうですね」

「汽車といい、海といい、姫さんには初めて見るものばかり。研究者なら脳が疼いて仕方がないってもんだ」

「いくら姫様でも、初めて海を見て純粋に感動する感受性くらい持ち合わせています。いくら姫様でも」


 セラフィナに付き添うのは、傍付きメイドのキテラと、新米護衛騎士のカリン。

 そして同行者として白の国の魔術顧問であるオルキスだ。


 カリンは努力の甲斐もあって、リツィアとの約束の期日以内に騎士試験を受けて、見事合格した。

 もっともセラフィナが出した条件である、フラマリオ相当の実力を身に着けるまでは至らなかった。

 それでも護衛騎士になれたのは、誘拐事件の際に貢献したことを考慮して、セラフィナが甘く評価した為である。


 セラフィナが皆のいる所より高い場所から海を堪能し終えると上機嫌で戻り、キテラの差している大き目の日傘の下に入った。


「あぁ、今私の頭が活性化しているのが分かるわ! 早く宿に行きましょう! 頭の中の術式を開放しないと!」

「おぅ……。キテラさんが2度念押ししたというのに……」

「姫様……」

「はははっ、姫さんはいつだって姫さんってことだ」

「え? ひょっとして私、呆れられている?」

『セラフィナはそれでいいと思うよ』

「馬鹿にされている!?」


 セラフィナは基本的には以前と同じである。

 しかし誘拐事件を機に、難しい顔をする機会が減り、雰囲気も少し明るくなっていた。


「お姫様! せっかくの海ですよ! 初めての海ですよ! 天気良し! 気温高し! ここまで揃ったら、やることは1つしかないです!」

「ま、魔術研究?」

「海に入るんですよ! 泳ぐんですよ!」


 運動嫌いのセラフィナにそのような発想はない。

 天気が良く、気温が高い状況で、あえて運動するなど正気の沙汰とは思えなかった。


 海について熱く語るカリンと、それを肯定するように頷いているキテラ。

 この場でセラフィナの味方をしてくれるのは、同じインドアで魔術研究者のオルキスだけであろう。


「オル――」

「それじゃあ後は若いもんだけで楽しんでくれ! ワシはその辺を散歩してるから!」


 そう言ってオルキスは、逸早くその場から離脱した。

 海ではしゃぐ様な年齢でもないし、若い女性ばかりの場に、男1人でいるのは居心地が悪かったのだろう。


「……モトキ、泳ぐの好き?」

『楽しんでくるといい』


 モトキに助けを求めるが、彼もカリン達と同意見のようだ。

 モトキは好きな相手を甘やかしこそするが、相手の為にならないことはしない。

 右腕を失ってから、剣の稽古をする時間は減り、ここ最近は魔術コンテストの為にと殆ど部屋に籠りっぱなしだった。

 要するに皆、少しは運動しろと言っているのである。


 しかし全員が敵になろうと、それで折れるほど、セラフィナの運動嫌いは生易しいものではない。


「王族である私が、一般人がひしめき合う場所に出たりしたら、無用な混乱を招くわ!」

「え? バレるはずないじゃないですか」

「馬車の中でも汽車の中でも、一般人の輪の中に積極的に混ざって居たではないですか」


 一瞬で論破された。


 セラフィナは、カラコンの魔術で眼の色を変えている。

 加えて地竜を倒したことにより、セラフィナの存在は認知されるようになったが、元の知名度が皆無で、竜殺しの情報が独り歩きした結果、世間一般のセラフィナのイメージは、かなりゴツイものとなっていた。

 小柄で華奢で貧弱でインドアのセラフィナとは、まず間違いなく結びつかないのである。


 更にここまでの道中。

 セラフィナと同じ馬車や汽車に乗っているのは、当然セラフィナと同じ場所を目指す者達だ。

 その中に魔術研究者が多いのも、また当然の事だろう。

 そして魔術について語り合っている場に、つい自分も加わりたくなってしまったのだ。


 実際に加わったが、誰1人として、セラフィナが王女だと気付く者はいなかった。

 それより守護騎士として、常に帯刀しながら、セラフィナの傍で黙っていたカリンの方が、よっぽど目立っていただろう。



「大丈夫です。きっと楽しいですよ」

「それは元から楽しめる人の意見よ! もう……ちょっとだけだからね」

「姫様に似合う水着は事前に用意してあります」


 セラフィナが折れると水着に着替える為、宿に連れていかれた。


「大変お似合いですよ。私が選んだものなので当然ですが」

「可愛いですよ、お姫様」


 セラフィナが着せられたのは、ワンピース状の水着だ。

 それほど露出度が高いものではないが、初めての水着だというのに、セラフィナは特に恥ずかしがる様子はない。

 セラフィナの羞恥心は、もはや有って無い様なものだ。


『可愛いぞ、セラフィナ』

「……ありがとう」


 モトキに褒められると少し照れ臭い様だ。

 誘拐事件の後の告白から、モトキはセラフィナをよく可愛いと褒めるようになった。

 それが恋愛的感情から来る言葉なのかは怪しいが、それは決してお世辞ではなく本音の為、多少なりとも心に響くものがあるのだ。


「え? 外しちゃうのですか?」

「だって邪魔じゃない」


 そう言うとセラフィナは、右腕を二の腕あたりから外す。

 それはパッと見は本物の腕にしか見えないが、実際は引っ掛けているだけのただの飾りである。

 木製で、特に動くような機能はなく、中身は空洞となっており、セラフィナでも付け続けられるほど軽いものだ。

 しかしデッドウェイトであることには変わらず、動かない腕など邪魔でしかないので、出来るだけ外していたいのである。


「お姫様がいいなら止めないですが、目立つですよ?」

「姫と認識されてないのなら、他の国民にどう思われようが気にしないわ。私よりカリンの方が目立っているわよ。沈まないの?」

「このくらいへっちゃらです!」


 カリンは水着を着ながら背中に剣を背負っている。

 地竜の骨より削り出した、錆びる心配のない刀身。

 高い強度を誇るが、重量も通常の剣より遥かに重い代物だ。

 守護騎士であるカリンは、常にセラフィナの傍で守れるよう備える必要があるが、これを持って海の中に入るのは無謀に思えた。


「ほらこの通り全然平気です」


 杞憂だった。

 カリンは剣を背負ったまま、見事な泳ぎを披露してみせたのだ。


「ささっ、お姫様も!」

「つ、冷たい!」


 カリンはセラフィナの手を取り、海の中へ連れ込む。

 海どころかプールにも入ったことのないセラフィナにとって、大量の水の中に入ることも初めての経験だ。

 セラフィナは、おっかなびっくり海の深いところへ進んでいったが、下半身が浸かるようになる頃には、未知なる体験に興奮を覚えるようになった。


「しょっぱい! これが海水! この膨大な水の全てが塩水! 凄いわ! まるで圧倒的な存在に抱き込まれているよう!」

「そう! これが海です! お姫様にも海の楽しさが分かって来たようですね!」

「泳ぐのよね? 水に浮くのよね? 私に出来るかしら?」

「出来ますとも!」


 沈んだ。


「カリンの嘘吐き……」

「練習ですよ! 練習すればお姫様もすぐに泳げる様になるです!」

「練習……運動は嫌だけど、水に浮く体験は経験しておきたい……。教えてくれる」

「もちろんです! このカリンにお任せです!」


 セラフィナはカリンに手を引かれながら泳ぎの練習をすることにした。

 モトキとキテラは、それを微笑ましそうに見守っている。

 すると周囲がセラフィナに視線を向けていることに気が付いた。


 皆が見ているのは、セラフィナの失われた右腕。

魔獣という危険な生物が存在する世界で、手足を失う人は決して少なくはない。

 しかしセラフィナのような幼い少女が腕を失っている痛ましい姿を見ると、どうしても奇異や同情的な目で見てしまうのだ。



 当のセラフィナはそんなことを意に介していないし、キテラとカリンもそれは仕方のないことだと受け入れている。

 しかしモトキだけは違った。

 モトキだけは、セラフィナの右腕がそのように見るものではないと知っているのだ。


『セラフィナ、少し変わって貰ってもいいかな? やりたいことがあるんだ』


 モトキに言われ、セラフィナは体の主導権を渡す。

 かれこれ長い付き合いの為、一々理由を尋ねることもなく即決だ。


『泳いじゃ駄目よ。泳げないことにしないとカリンに教えてもらえなくなるから』

「分かってる。カリン、ちょっとタイム。キテラ、サンダル持ってきて」


 多くの子供がプールで考えたこと。

 ビート板の上に乗れば、水の上に立てるかもしれないという可能性。

 多くのものはそれに挑戦しては敗れて行った。

 しかしモトキはそれを成し遂げたのである。


 実践した理由は勿論、イサオキとエアが溺れた際に、水上を移動できれば役立つかもしれないと思ったからである。

 もっともモトキが本当に習得したかったのは、水上を走る為の技術であり、これはその過程で覚えたものに過ぎない。


 そしてセラフィナには、水上を走るだけの脚力はないが、元から小柄な上に右腕を失ったことで異常に軽い体重と、モトキからお墨付きを貰ったバランス感覚がある。

 それにモトキの経験が合わさることで、ビート板より小さいゴム製のサンダルで、水上に立つことを可能にしたのだった。


『そんな馬鹿な!』


可能にしたのだった。


「す、凄いですよ! お姫様!」

「これは魔術ですか!?」

「まだまだこれから!」


 モトキは水上で歌いながら踊りだす。

 生前、イサオキとエアに聞かせた子守唄で鍛えた歌唱力と、セラフィナの澄んだ声が合わさった美しい歌で人々を引き付ける。

 そして水上歩行と動きの切れに、王族であるセラフィナの優れた容姿が合わさった美しい舞で人々を虜にした。


(セラフィナの右腕は、大切な人を守った名誉の証。大好きな人からの愛情を勝ち取った勝利の証。決して同情されるようなものじゃない!)


 モトキはあえて右腕を強調するように舞う。

 例え目で見えなくとも、心で右腕を見えるように。

 終わった頃には、セラフィナは拍手と歓声に包まれ、モトキは満足気にしている。


(みんな理解したか! セラフィナの右腕は世界一綺麗なんだ!)


                    ・

                    ・

                    ・


「お姫様はたまに、とんでもないことをするですよね。私も修業を積めばできるようになるですか?」

「カリンは筋肉が重いから無理よ。でも足が沈む前にもう片方の足を出すことを繰り返して走る方法なら可能だと思うわ」

「そんな方法が! 頑張るですよ!」


 生前のモトキが実践した方法なので不可能ではないはずだ。


 セラフィナは宿に戻ると、浴室でカリンとキテラに体を洗ってもらっていた。

 右腕がない為、自分の左側が洗いにくいのだ。

 もっとも城でもいつもメイド達が洗ってくれていたので、自分で洗った経験は皆無なのだが。


 セラフィナが浴室から出ると、窓から心地よい夜風が入り込んでくる。

 窓際で体を落ちつけ涼みながら、その日起きたことを思い返していく。


「海、泳ぎ……運動だけど悪くなかったわね」

『そいつは良かった』


 セラフィナは泳ぐことが少し好きになっていた。

 まだ1人で水に浮かぶことは出来ないので、機会があれば今日の練習をしたいと思うほどに。

 そして泳ぐことが出来ないのに、水の上に立てると周囲に思われたことを思い出した。


「私のイメージがどんどん偏ったビックリ人間になっていくわ……」

『偏ってるのは元からだって。……ごめん、やりすぎた』


 あれからセラフィナが奇異や同情的な目で見られることは減った。

 しかし代わりに尊敬や好機の目で見られ、セラフィナとしてはそっちの方が鬱陶しく感じたのだ。

 そのせいで泳ぎの練習に身が入らなかったのだった。


「モトキの気持ちもわかるけど、私が人前に出るたびに、ああいう風に思われるのは仕方のないことよ。そんなの一々相手にしても切りがないわ」

『それでも俺は――』

「一番傍にいるモトキが分かっていてくれるから、それでいいのよ」


 セラフィナの右腕。

 決して未練がないわけではないが、その結果に後悔はない。

 そしてモトキがセラフィナの右腕を誇りに思い続ける限り、セラフィナもそのことを決して忘れたりしない。


 だからそれだけでいいのだ。

 セラフィナにとっての愛の象徴を。


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