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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第一章 元気という名の軌跡
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2 ミタカ モトキ

「あぁ、今日も生き延びたのか……」


 真っ白な部屋の真っ白なベッドの上で1人の男性、ミタカ モトキは眠りから目を覚ます。

 痩せこけた体に青白く不健康そうな肌色、栄養は腕に刺さった点滴で賄うようになって久しい。

 それらの全ては彼の体調の悪さを表している。

 そこは彼専用の病室だ。


「今……何時?」


 窓から見える太陽の位置はだいぶ高くなっている。

 少なくても多くの入院患者が起きるであろう時間はとっくに過ぎていることは確かだ。

 モトキは時間を確認するため体を起こそうとするが、辛うじて動いた右腕以外は碌に力が入らず起き上がれない。


「ふぅ……いい加減限界だな。せっかく父さんと母さんが「元気」と書いて「モトキ」と読む名前を付けてくれたっていうのに……。草葉の陰でガッカリしてるんだろうなぁ……」


 その名前は亡き両親が文字通り元気に育ってほしいと言う願いを込められて付けられた名前である。

 だというのに今のモトキはベッドから起き上がることすら出来ず、ただ生きているだけで全身を苦痛が襲う、元気とは程遠い状態だ。


 彼の体は癌に侵されていた。

 発見が遅れたことで気付いた時には既に全身に転移しており手の施しようのない状態だ。

 もはや彼の命はいつ尽きても不思議ではない。


「2人を残して先に逝くのは心が痛いけど、このまま生き続けて無駄な治療費で家計を圧迫したくないな……よし、死ぬか」


 そう決意するとモトキは息をすることを止める。

 意識を失っては無意識に呼吸をしてしまうため、死ぬ直前まで意識をはっきりさせる必要がある。


(くそ、意識がぼんやりしてきたな……。だけどここで気絶したら死ねない! 気をしっかり持て! 俺はあいつ等の為なら死ねるはずだ!)


 モトキが顔を真っ赤にしながら全力で酸欠と戦っている最中、ドドドと何かが迫ってくる音が聞こえてきた。

 いよいよあの世からのお迎えが来たかと思っていると、突如として病室の窓を突き破って、学生服を身に纏った少女が入ってきた。

 モトキは突然のことに呼吸をしそうになったが何とか堪える。

 少女はそんなモトキを見ると胸倉を掴み上げ、お互いの唇を合わせ、無理やりモトキの体内に酸素を送り込んだ。


「げほっ! げほっ! な、何をするんだエア!」

「それはこっちの台詞よ! 何ありえない方法で死のうとしてるのよ、モト兄!」


 エアと呼ばれた少女はモトキの両肩を掴み、前後に揺さぶりながら問い詰める。

 ミタカ エア。

 モトキの6歳年下の妹である。


「ちょっ……待……っ!」

「なんで死のうとしたの!? モト兄が死んだら私泣くよ! 泣きすぎてミイラになるよ!」

「エア、それくらいにしろ」


 病室に入ってきた白衣を身に纏った少年がエアを制止する。

 その恰好は医者そのものであったが、若いを通り越してまだ幼さを感じるその容姿はとても医者には見えない。


「兄さんは癌のせいで動くたびに激痛が走っている可能性がある。病人には優しくしろ」

「あっ! ご、ごめん、モト兄……大丈夫?」

「それは別にいいけど……可能性があるってなんだよ。普通に痛いわ」

「だったら少しは声なり表情なりに出せ、まったく」


 彼はわずか16歳で医大を卒業し、異例の若さで医者となった天才。

 ミタカ イサオキ。

 モトキの3歳年下の弟である。


「兄さんに僅かでも苦しそうな素振りがあれば、天才である僕が瞬時に病名まで見抜けたというのに」

「悪い……」


 モトキは今まで両親に代わり、2人を立派に育てるために努めてきた。

 まだ幼かった頃の彼にそれは大変困難なことであり、まともな精神では成し遂げられなかったであろう。


 だから彼は狂うしかなかった。

 愛しい弟と妹への「愛」に狂うことであらゆる困難を意に返さなくなっていった。

 そんなことを10年以上続けてきた彼は、自身の苦しみにすっかり鈍感になってしまったのだ。

 例えそれが自身の命を脅かす大病であったとしても。


「けど手遅れになったものは仕方がない。生きてても苦しいだけだし俺の為を思うならさっさと安楽死させてくれ」

「僕が兄さんの担当医である限り簡単に死なせる気はない」


 モトキの願いはあっさりと却下された。

 エアもイサオキに同意しており、この場にモトキの味方はいない。

 もっとも2人はモトキを助けようとしているので、モトキの敵は彼自身であるが。


「そもそも手遅れでもない。天才の僕が近いうちに癌の特効薬を開発する。そうすれば兄さんは助かる」

「いやいや、俺の体の状態分かってるだろ? 癌が転移しまくって、体の7割以上が癌細胞なんだぞ?」


 それは先日、世界一癌細胞の割合が多い人間としてギネスに載るほどだ。

 多くの医者が「なんで死なないんだ?」「本当に人間かと?」「もう新たな生命体だろ」と匙を空中乱舞させた。

 そんなモトキを治すことなどいくら天才であるイサオキでも不可能であろう。


「癌細胞がなくなったら、俺の体の残り3割切るんだ。どう足掻いたって死ぬだろ」

「僕は天才だ。何とかする」


 具体案はなかった。

 しかしイサオキにはモトキの生を諦める選択肢はない。


 モトキは2人にとって兄であり、親代わりでもあり、そして自分たちを世界一愛してくれる存在である。

 そんなモトキの愛によって育った2人にとって、彼の命はこの世界の何よりも重いのだ。


「モト兄、何でそんなに死にたがってるの? まだこの世に未練もいっぱいあるでしょ?」

「そうだな……2人それぞれ家庭を持って独り立ちするのを見届けないと安心して死ねない。甥っ子や姪っ子の世話を焼いたりもしたい」

「そうでしょ、だから――」

「けど俺にはもう何もできない。だから残念だけどもういいんだ。ありがとう」


 そう言うとモトキは辛うじて動く右腕をエアの頭の方に伸ばし、優しく撫でた。

 それは今のモトキにとって精いっぱいの感謝の証である。

 それが限界なのだ。


 モトキにとって2人に何もしてやることのできない自分に価値はなく、無理に生き続けることに意味を見出せない。

 しかし今まで頑張りの甲斐もあり、立派に育った2人を見てモトキはそれなりに満足している。

 故にモトキの表情は穏やかなものであった。


 そんなモトキを見てエアは言葉が出なかった。

 悲しみと悔しさの入り混じった顔をし、打ち震えている。


 そんな2人を見てイサオキは大きなため息を付くと、こうなることは分かっていたと言いたげな顔で不敵に笑った。


「兄さん、今日が何の日か知っているか?」

「今日って何かの記念日だっけ?」


 モトキは一瞬考えたが、そもそも今日が何日かすら分からなかった。

 長い入院生活でモトキの日付感覚はすっかり狂っていたのだ。


 対してエアはイサオキの意図にすぐに気付くと、イサオキ同様不敵な笑顔をモトキに向けた。

 イサオキとエアはアイコンタクトで合図をし、タイミングを合わせて大きく息を吸う。


「「ハッピーバースデー、モトキ」」


 2人の祝福の言葉を聞き、モトキはようやく今日が何の日なのかに気付いた。

 そう、今日はモトキの20回目の誕生日。

 成人となる記念すべき日であったのだ。


「今日は兄さんの誕生日だ。だから当然プレゼントを用意している」

「それを受け取らないでモト兄は死んでいいのかな?」

「なっ!」


 モトキは絶句した。

 愛する弟と妹からの誕生日プレゼントなど、この世界のあらゆる宝石よりも価値があるものである。

 それが相当なゴミでもない限り、喜びで世界から戦争を減らすことすら可能であろう。

 そんなものを貰わずに死ねば心残りとなって真っ直ぐあの世まで行くことはできない。


「頑張って用意したが死に行く兄さんには不要な代物だ。残念だけどこれは処分――」

「限界まで生き抜くと誓うのでプレゼントください!」


 さっきまで死を覚悟していたものと同一人物とは思えないほど元気な声で懇願した。

 実際、今のでモトキの体内のナチュラルキラー細胞が活性化したため、癌細胞が1割ほど消滅したので、体は本当に元気になっていた。


「もう、そこまで言われたらあげないわけにはいかない――あれ?」


 全力で懇願するモトキを見ると、エアは満足そうな顔をしながら鞄を漁ろうとした。

 しかし辺りを見渡してもエアの鞄はどこにも見当たらない。


「ここに来るとき手ぶらだったけど?」

「しまった、学校に置いて来ちゃった! ごめん、取ってくる!」


 そう言うとエアは入ってきたときと同じ窓から飛び出し、猛スピードで走っていった。

 ちなみにここは4階で、窓の外に立てるようなスペースはない。


「相変わらずエアはおっちょこちょいだ。だがそこもエアの愛らしい」

「そこは全面的に同意するけど……なんで学校にいたのに俺が自殺しようとしてるのに気付いたんだろ?」

「けど天才である僕に抜かりはない。ハッピーバースデー、兄さん」


 モトキの疑問をスルーし、イサオキは懐から綺麗に梱包された小さな包みを取り出し、モトキに手渡す。

 するとモトキは満面の笑みを浮かべそれを受け取った。


「ありがとうイサオキ、最高のプレゼントだよ」

「せめて中を確認してから言え」


 この綺麗な包みがプレゼントだと言われても、モトキにとっては至上の喜びである。

 だと言うのにこの包みの中には更なる喜びの品が入っているのだ。


「イサオキ……俺はエアのプレゼントを受け取るまで死ねない。だがこの弱った体でイサオキのプレゼントを開けたら喜びで死んでしまうかも――」

「いいから開けろ」


 そう言われモトキは、右手だけで器用に包みを開いた。

 剥いだ包装紙は一切破ることなく、綺麗に折りたたまれる。

 モトキにとってこの包装紙もイサオキからのプレゼントであり、彼の宝物になるのだ。


 包みの中には片手に収まるサイズの小さな音楽プレイヤーが入っていた。

 最高の音質と大容量のかなり高価な品だ。


「その中には僕が歌った兄さんが好きそうな曲を1000曲ばかり入っている。僕の美声を存分に楽しむといい」


 相当なナルシストでなければ送れない一品である。

 しかも総再生時間70時間越えというとんでもなく手間のかかったこれを用意するには相手が絶対に喜ぶという確信がなければできないことだろう。

 実際イサオキにはモトキが喜ぶという絶対の自信があった。

 現にモトキは泣いて喜んでいる。


「ありがとうイサオキ。これは墓まで持っていくよ」

「残念ながら兄さんが死んだら回収させてもらう。聞き続けたいなら精々長生きすることだな」


 モトキもイサオキが願うなら10年だろうが100年だろうが生きていてあげたいと思っているが、もはや1年生きることも不可能だと確信している。

 だから頑張ると言う曖昧な返事しかすることが出来なかった。


「さすがはイサ兄、いいプレゼントを用意したね」

「あ、おかえりエア」


 いつの間にかエアは病室に戻り、イサオキの後ろに立っていた。

 先ほど飛び出してから3分も経っていない。

 もちろん学校がそんなに近いわけはないが、誰もそれを気にする様子はなかった。


「ただいま。イサ兄のプレゼントも凄かったけど私のプレゼントはもっと凄いんだからね」

「イサオキのよりも!?」

「なんだと!?」


 モトキとイサオキは信じられないと言いたげな顔でエアを見た。

 イサオキのプレゼントは、ベッドの上から動けないモトキにとってこれ以上なく有用で、

それを用意するのにかけた想いと労力もこれでもかというほど伝わってくる代物だ。

 しかしエアはそれよりも凄いと言い切ったのだ。


「馬鹿な、天才である僕が用意したプレゼントの上を行くなど……いったい何を!」

「ふふん、何だと思う? モト兄にとっても一番欲しいもののはずだよ」

「一番欲しいもの? ……なんだろう、特に思いつかないな」


 モトキにとっての一番はイサオキとエアである。

 しかし2人から世界一愛されているモトキにとって、2人は実質モトキのものと言って差し支えない。


 故にモトキに欲しいものなどあるはずがない。

 あるのは失いたくないものである。

 それはエアも重々理解していた。


「私のプレゼントはこれだよ!」


 そういってエアが取り出したのは一冊の古い本である


「私があげるのが健康な体! これでモト兄の病気を治してあげる!」

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