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二人で一人の剣姫  作者: 白玖
第二章 白の国の姫
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11 目覚め

「良かった! 本当に良かった!」

「おとうさ、ま……くるし……」


 セラフィナが目を覚ましたと知らせを聞き、セラフィナの父であるこの国の国王、イオランダは全ての 職務をほっぽり出して全速力でセラフィナの部屋に駆けつけ、力いっぱい抱きしめていた。

 少し遅れてやってきたリツィア、シグネ、エドブルガはそんなイオランダを少々呆れた目で見ている。

 そんな中、セラフィナはイオランダの想いの強さを感じ嬉しく思う一方、元から貧弱だったことに加え、長期間の闘病生活により筋肉が衰え切っていたため、イオランダのハグは本気で苦しんでいたのだった。


「父上! このままでは姉さんが再び死んでしまいますよ!」

「おっと、すまんすまん。嬉しすぎてついな」


 エドブルガに制されるとイオランダは我に返りセラフィナは解放された。

 イオランダの反省しながら嬉しそうなその顔は王のそれではなくセラフィナの父親以外の何物でもない。


「だけど姉さんが無事に目を覚ましてくれて良かったよ」

「ああ、何せセラフィナは2ヶ月以上も目を覚まさなかったからな」

「ええ、もう一生目覚めないのかもって思ってましたよ」

「にか……!?」


 皆の説明によると、セラフィナは偽医者に毒を盛られて血を吐いてから2ヶ月以上も眠り続けていたのとのことだった。

 そのせいで声が上手く出せず、筋肉もセラフィナの記憶よりも更に衰えていたのだ。

 セラフィナは2ヶ月も眠っていたことには当然驚いたが、それ以上に衝撃的な情報があった。

 大臣のボーミアと医者がセラフィナに毒を盛って殺そうとしたことと、セラフィナがそれを告発して医者を物理的に撃退したということである。


「本当にすまなかった。私たちがもっと早く気付いていればこんなことにはならなかったというのに……」

「そん、な……ばかな……」

「信じられない気持ちは分かる。今まで国の為に身を粉にして働いてくれたボーミアがセラフィナを殺そうとするなどとは……」

「そこじゃ、なくて……」


 セラフィナは上手く喋れないため、自身の疑問を正しく伝えることが出来なかった。

 毒を盛られていたことなど初耳であり、それを告発することなど出来ないはずなのだ。

 更に虚弱で貧弱なことに定評のある自分が大の大人を物理的に撃退するなど姿など想像も出来なかった。


 全く身に覚えがない。

 しかし何故かその想像も出来ない光景をどこかで見たような気がしたのだ。

 セラフィナは記憶力に相当自信があり、そんな案衝撃的な光景なら間違いなく忘れないはずなのだが、いくら頭を捻っても思い出すことが出来なかった。


「姫様、お食事をお持ちしました」

「ありが、と」

「キテラ、ご苦労」


 セラフィナが悩んでいるとキテラがおかゆのような料理を運んできた。

 この2ヶ月間、磨り潰したり液体状にした食べ物を無理やり喉奥へ突っ込まれながら栄養を取っていたセラフィナには固形物は無理だろうとのことだ。

 

「さあ、ここはキテラに任せるとしましょう。セラフィナも大勢に囲まれていては疲れてしまいますし、皆もやらなければならないことを残しているのでしょう?」

「そうだな。セラフィナ、今はゆっくり体を休めなさい。キテラ、セラフィナのことを頼んだぞ」

「任されました」

「早く元気になれよ」

「姉さん、また後でね」


 リツィアに言われセラフィナとキテラ以外は部屋を後にし、セラフィナは人心地付いたように息を吐いた。

 今のセラフィナには家族との団欒を楽しむだけの体力すらないのだ。

 更には衰えた筋力は食事のためのスプーンを持つことすら困難にさせていた。

 何度か溢してはキテラに拭いてもらい、時間をかけて何とか完食すると、少しだけ体に元気が戻り、顎と喉を使用したことによってようやく普通に声が出るようになっていた。


「ごちそうさまでした。キテラ、幾つか聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」

「なんでしょうか」

「今年の魔術コンテストってどうなったの?」

「最初に確認することがそれですか」


 セラフィナ自身ももっと先に聞かないといけないことがあるのは分かっていたが、魔術コンテストがどうなったかが分からないことが一番モヤモヤした気分にさせるので早々に確認したかったのだ。


「1週間前に終了しました」

「やっぱりかぁ……」


 分かっていたことだがそれでも酷くガッカリした。

 皆の言う2ヶ月が勘違いでズレていたという僅か過ぎる希望はあっさり打ち砕かれたのだ。

 そもそも時間があってもこんな弱り切った体で別の大陸まで行きたいと言っても許可が出ないだろう。


「ごめんなさい。キテラにも散々付き合ってもらったのに無駄にしちゃって」

「姫様が生きていれば何度でも機会はあります。また来年頑張りましょう。もちろん私もお付き合いします」

「……ありがとう」


 セラフィナはまだ少し申し訳ない気持ちがあったが、それでも感謝の意を込めてキテラに笑顔でお礼を言った。

 そしてこれからも魔術研究に付き合ってくれるという言葉に嬉しさを感じたのだ。

 セラフィナは自分の心が軽くなるのを感じると、重たい話題について考えだした。


「キテラ、ボーミアとお医者様はどうして私に毒を盛ったのかしら?」


 当然の疑問だった。

 王族故に誰かに命を狙われる理由など幾らでも思いついたが、それでも王族の中で最も存在価値の低いであろう自分がピンポイントで狙われるのは納得がいかない。

 それ相応の理由があって然るべきなのだ。

 キテラは少し考えると真剣な顔をし、セラフィナの方へと向き直る。


「まずボーミア元大臣と偽医者及びその助手は既に亡くなっています」

「そう……王族を殺そうとしたなら当然ね」

「いいえ、3人は自決したのです」


 セラフィナは一瞬驚きの表情を見せたがすぐに落ち着きを取り戻した。

 少し考えればそれほど意外なことではないと気付いたのだ。


「3人はあの後投獄され、姫様暗殺の取り調べの準備を進めていました。ところが少し目を離した隙に隠し持っていた毒薬を飲んだそうです」

「それって……本当に自決なの?」

「口封じに殺された可能性もありますね。もちろん本当に自決した可能性もあります。どちらにしても知られては都合の悪い情報と人物がいるのでしょう」

「そうでしょうね。あの3人の個人的な事情で一国の姫を暗殺なんてハイリスクなことをするとは思えないもの」


 まず間違いなく裏で糸を引いている人物がいるのは明らかである。

 そうでなかったとしたらそこまでのリスクを負ってでも殺したいと思っていたことになってしまうのだ。

 セラフィナは他人にそこまで嫌われているとは思っておらず、また思いたくもなかった。


「その情報と人物について何か分かったことは?」

「すぐに大規模な捜査チームが編成されましたが今のところ成果無しですね」

「そう……」


 セラフィナは専門家でも分からないなら自分がいくら頭を回しても無駄だろうとそれ以上深く聞くことは止め、それより自分でなければ解き明かせないであろう問題の方に頭を回すことにした。


「私がお医者様を――あの人はとても医者とは言い難い存在だったし、様付けするのもおかしいわよね。何て呼べばいいかしら?」

「あの屑のことでしたら姫様が呼んでいた偽医者でよろしいかと。皆もそう呼んでいますし」

「……そうだったわね。そうするわ」


 セラフィナは適当に肯定したが全く身に覚えがなかった。

 それに「偽医者」などと呼び方も自分のセンスと掛け離れているように感じたのだ。


(私なら「この屑」とか「ゴミ野郎」とか、余裕がない状況でも「こいつ」呼ばわりするわね)


 セラフィナの中では「偽医者」と言う呼び方はかなり優しいものであり、自分を殺そうとした相手には相応しいものではなかった。


「それでその偽医者を私がどうやって撃退したのか、当時の状況を詳しく教えて。どうも記憶が曖昧なのよ」

「はい。私達が駆け付けた時には、姫様は偽医者の肩に跨り、左手で偽医者の目を覆い隠し、ペンを首元に突き付けていました」

(それって本当に私!?)


 まず相手同意がない状況で肩に跨るなど、それより高い位置から飛び掛かるしかない。

 床からでは届かないので踏み台が必要となり、偽医者に一番近い机からでは間違いなく気付かれる。

 ベッドからは1メートル以上距離があり、これも届かない。

 仮に跨れたとしても、その後も反撃の隙を与えないように素早く押さえつける必要がある。

 しかしそんな暗殺者の様な機敏な動きを、運動音痴の自分に出来るはずがない。


(信じられる情報が何一つないわ……。そもそも自分で捕まえる必要がないわ。偽医者が帰った後に告発して、兵に捕らえさせた方が遥かに安全で確実だし)


 とても信じられないことばかりだが、何かの間違いで出来てしまったのかもしれないと、とりあえずこの話は横に置いておくことにした。

 しかしどういう理屈を捏ねても納得しようのないことが1つある。


「私に盛られていた毒はどこにいったの?」


 現在、セラフィナの肉体は衰え切っているため相当鈍っており、長時間眠っていたため間接から音が鳴り止まないが、それ以外には特に不調を感じていない。

 むしろすっきりした気分だった。


「それが不思議な話なのですが。姫様の体の中からは確かに毒物が検出されましたが、それによる体の異常は何一つ見つからなかったそうなのです」

「でも私は確かにずっと体調が悪かったわ。仮病なんかじゃないわよ?」

「もちろんです。ですから偽医者を捕まえることにより、姫様の体にその毒に対する抗体ができたのでは、という結論に達しました」

「達さないでよ! ありえないでしょ!?」


 もはや皆で自分のことを騙しているとしか思えない。

 しかし自分の衰えた体に、以前より大きくなっているリツィアのお腹などから信じるしかなかった。 


「それと私は気付かなかったのですが、何人かは姫様の右目が白く光っていたと話していました。あと気絶する際に「もとき」と呟いていたと」

「見事に心当たりがないわ……」


 セラフィナは研究者を目指している身の為、分からないことをそのまま放置することに対して気が引けた。

しかし世の中にはいくら考えても分からない摩訶不思議なことがあるのも事実である。

そう強引に納得し、考えることを諦めた。


「結局何も分からなかったけど、私は死なないで済んだ! この私にとって都合のいい超常現象に今はただ感謝しましょう! そしてこの感謝の気持ちを来年の魔術コンテストにぶつけてやるわ!」


 そう言うとセラフィナはベッドから起き上がり机に向かおうとした。

 しかし体が衰え切っているため、歩くどころか立つことすらままならなかった。


「姫様。しばらく研究は控えて体を鍛えましょう」

「運動!? やだー!」


 勉強が大好きで運動が大嫌いであるセラフィナにとって地獄のような日々が始まった。


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